[NEWS] 二人の真祖

○刊ねぎ秘密結社ニュース

※この話は小説「これがおれの人生だ !!」のネタバレを多大に含みます。





「竣工式?」

ねぎ秘密結社幹部会にて、総務部長の奥田早瀬が発した『お願い』に、
幹部一同は目を丸くする。

「今まで支社はいくつも増やしてきたけど、
そんなこといちいちやったことありましたかね?」

このたび、ねぎ秘密結社の前橋支社が開業することになり、
小ぢんまりとしてはいるものの、新しく社屋を建てた。

そしてその前橋支社の支社長が、熱血漢でやる気満々らしく、
支社のスタートをきちんと竣工式を開いて切りたいと申し出てきた。

更に、是非とも本社から特使を派遣して欲しいとのことである。だが…
「竣工式が、月末なんですよね…。どの部署も忙しい時期かと思うので、
厳しいとは思うのですが…どなたか二名ほど」

「社長はどーしたんだよ、社長は」
月末月初も特に関係なさそうな社のトップが行くべきなんじゃね?と
若干面倒くさそうに遠山 満が問う。

「社長は『めんどくさい』の一言で……」
正直、忙しい月末に特に必要性もなさそうなイベントに行くのは内心誰もが、
社長と同じ事を思った。

どうしたものか、と早瀬が頭を抱えていると、意外な人物が名乗りを上げてきた。

「じゃあ、俺行こうかな。うち月末とかあまり関係ないし。」

国際部長の白鳥夜半。
組織の人間としては有能なのだが吸血鬼という特性上、
陽が上っている間は9割方寝ているという彼の立候補に、

その場の一同は若干の不安を覚えた。
「おいおい夜っちゃん、竣工式、午前中だよ?大丈夫かい?」
「新幹線寝過ごして長野まで行ってしまうところが容易に想像付くな…」
夜半と仲の良い幹部たちが容赦なくツッコミを入れる。
信用ないなぁ、まあ仕方ないか。といった感じで頭を掻きながら、静かに提案した。

「特使の人数は二人でしょ。
俺の居眠り防止も兼ねて是非、同伴して欲しい子がいるんだけど」

「……誰?」

まさか自分が指名されるわけないよな、と。
人事部長の瀬上奈津恵は他人事のように問いかけた。












前橋支社竣工式当日、朝5時半。

東京駅で待ち合わせた夜半と奈津恵。
奈津恵は、自分よりも先に夜半が待ち合わせ場所にいたことに、驚愕した。
「よく起きられたわね…!」
「ホント信用ないな。俺遅刻したことなんてないじゃないか、いつも。」
「それにしても、まさか私が指名されるなんて思ってなかったわよ…」
「……………」
「まあ、人事部は月末よりも月初の方が忙しいし、影響ないといえばないけども…」
「……………」
「けど、どうして私を……白鳥さん?」
「……………」
「早速立ったまま寝るなぁ――――――!!」

 スパ――――――ン!!!

奈津恵の十八番、ハリセンが夜半の頬に炸裂する。
無の状態で立っていた夜半は、いとも軽そうに吹き飛ばされた。
「あ痛たたごめんごめん。……ちゃんと持ってきてたんだね。良かった。」
「………?」
夜半は、いつもなら取り出すたびにその存在を鬱陶しがった
奈津恵のハリセンの所在を確認すると、
何故か安心したように起き上がり、
時計を確認した。


「そろそろ行こうか。竣工式、8時からだっけ。早いなぁ。」





ほぼ予定通りに前橋支社に到着し、竣工式に参加。
簡単なセレモニーを経た後、適当にお茶を頂いて終了。
気付けば時刻は午前11時である。

「早っ、もう終わっちゃった。これ午前中にやる意味あったの…?」
「ま、まぁ…いいじゃない。本社から直々に特使が来てくれた、って
前橋支社長もすごく喜んでたじゃない。今後頑張ってくれることを期待しましょう…
……さて、時間も早いしさっさと本社に帰りましょう」

さっさと早めに終わってくれてむしろ助かった、と、
奈津恵は軽やかに駅方面に向かって歩こうとした。

「待って、奈津恵ちゃん」
「何?」
「折角だし、観光していこう」
「は??」
竣工式の間は実に眠そうにしていた夜半が、これからが本番だと言わんばかりに
鞄から小冊子を取り出した。
「群馬の……旅行ガイド……!? あなたまさか最初からそれが目的で!?」
「さぁ行こうか。時間はあるし。群馬名物焼き饅頭食べたい」
「ちょ…ちょ、ちょっと白鳥さん!?」



ちょうど昼食時だったため、とりあえずは二人で普通にランチ。
その後、焼き饅頭に舌鼓を打ち、フラワーパークで花を眺め、
日帰り温泉にまで浸かってしまう。

(な……な、なんなの……これじゃ完全にデートじゃないの……
というか、いつになく行動派だけど……何か、考えでもあるの……?)


気付くと、時間は午後3時。
今から本社に帰れば、ちょうど終業時間といったところか。
「んー………ま、とりあえず東京方面に向かおうか」
夜半は、前橋デートをそこそこ楽しみ満足したのか、突然言い出した。
(……なんで、『帰る』じゃなくて『向かおう』なの……?)
やはり、何かを考えてる。
そう直感した奈津恵は、反論はせずに黙って夜半について行った。


そしてその直感どおり、やはり真っ直ぐ東京に帰るわけではなく。
夜半は突然、途中の熊谷で降りたいと言い出した。
(……待って、確か熊谷って……)
奈津恵は、熊谷という土地に心当たりがあった。





「は~…今日はよく遊んだなぁ」

どこに向かうわけでもなく、二人はたまたま行き着いた公園で足を止めた。
「……そういえば、本社に来る前は熊谷に住んでたのよね、白鳥君。」
「よく覚えてるなぁ」
「覚えてるわよ…埼玉の大学で、あなたと出会ったんだもの」
奈津恵の実家も埼玉である。
実家から通える大学に進学し、そこで夜半と出会った。
その時は、まさかこんな歳になるまで彼との繋がりが続くなんて、思ってもいなかった。



「……ねぇ、今日は楽しかった?」
「ん?楽しかったけど」
「そう……なら良かった。最初は、今日の張り切りっぷりが何なのか分からなかったけど……
……な、何となくだけど……古屋君の件があってから、元気なさそうだったから……
それで、発散でもしたかったのかな、って。」

奈津恵は、少し言いづらそうに、今日の夜半の行動理由の心当たりを呟いてみた。
「なんで、そこで古屋君が出てくるの」
「……だ、だって……古屋君の件は…あなたと同族の…人が、
起こしたことだったでしょう?前に聞いたけど…
あなたの古い知り合いだって話、だったし……」

「まぁ、『奴』が古屋君が俺と繋がりがあるのを知った上で起こしたことだったのなら…
俺のせいだよね。」

「ち、違う!そう言いたいんじゃなくて…」
夜半の気にしている事をつついてしまったか、と焦った奈津恵は慌てて否定しようとする。
そんな奈津恵を見て、夜半は怒りも悲しみも、自嘲もせず、静かに語った。
「俺がいるせいで周りの人間に迷惑が掛かる。
そんな事はもう、とうの昔から分かってるよ。
そして、そんな事をいちいち気にしてたら、
吸血鬼が人間社会で生きていけるわけがないってことも」

「白鳥君………」

血のような夕焼け。
汗ばむくらいの陽気だったのが、夕方になり肌寒いくらいの風が吹く。
懐かしい土地の空と空気が、夜半に、かつて共に暮らしていた女性の事を思い出させる。
「迷惑掛けることは、分かってる。それでも俺は『ここ』にいるって決めた。だから……」
「……だから……?」
「奈津恵ちゃん、伏せて」

え?




言われるがままに、奈津恵は反射的に身体を伏せた。
その瞬間―――――


 キィィィィンン―――― !!!!


誰も居ない公園に、金属同士がぶつかりあったかのような、衝撃音が響く。
「な、何――――」

「とりあえず反射神経は鈍っていないようだな?アレク」







いつの間にか、夜半を挟んだ目の前に…
漆黒のローブを纏った謎の人物が、光り輝く大きな剣で、夜半の腕に斬りかかっていた。
いや、正確には夜半に斬りかかったのではなく――――
「……何故彼女を狙った、レイン」
「私が貴様を斬ったところで何にもならないのは貴様自身が良く分かっておろう。
人を斬ればその血を戴くのみ。我々がそういう生き物だという事すら忘れて腑抜けたか」

漆黒のローブの人物……レインは、『同族』の不甲斐なさに苛立っているのか、
突き立てた剣を握る力を弱めようとはしない。
夜半も、盾にしてる左腕に魔導障壁を張っているので斬られはしないものの、
一歩も動かない。

(もしかして……この人が、古屋君に付いていたっていう吸血鬼の真祖……?)


「古屋君が亡くなってから、陰でコソコソと俺を見張ってるのは分かってたよ。
今日もご丁寧に前橋までついて来ていたようだね。一体何が目的だ?」

「別に。ただ貴様がどの程度人間社会に入り込んで腑抜けたのか、見てみたかったのでね。
人間の女を食いもせずに侍らせて……私には到底理解出来んな。」

「……………」
「人間など、寿命も短い上に愚かな奴ばかり…せめて栄養にしてやらないで
庇ったところで一体なんの得があるというのだ?下らない。」

「言いたいことは大体分かった」



これ以上、同族の説教など自分にとって聞く価値はない。そう見切った夜半は、
左腕で受け止めていた光の刃を右手で思い切り握って、豪快に折った。

「……なっ…… !?」
「久々に会ったから多少は違うのかなって思って様子見たけど、
君が魔導苦手なのは相変わらずなんだね。
硬化魔導掛けた右手一本で折れる魔導剣など、お話にもならないよ。」

「きっ……き、貴様ぁぁああ~~~」
夜半の煽りにブチ切れたレインは、同時に6本の光の剣を出して反撃した。
しかし先ほど刃を折られた後に間を与えたが運の尽きであった。
夜半自身と奈津恵の周りに、超硬度の魔導障壁を張られ、
ものすごいスピードと威力で突き立て、斬りつけようとも通らない。

「君の運動能力は認めるけどね。当たらなければどうということはないよ。」
「お……おのれええええ!!!これだから魔導師は嫌いなのだ……!!
いいかアレク、貴様は人間社会に馴染んで平和に暮らしてるつもりだろうが、
周りの人間にとっては災厄の元でしかないことを忘れるな!」

「もしかして、それに気付かせるために、古屋君に手出ししたのか?」
「ハッ、たまたま物欲しそうにしている男がいたから、戯れついでに血を戴いただけだ。
あっけなく死におって、大した栄養にもならなければ、暇つぶしにもならなかったがな!」


(―――――― !?)

奈津恵は、レインが人一人の命を暇つぶしと言い放った瞬間、
周りの空気がぐっと重くなるような感覚を覚えた。

「奈津恵ちゃん ハリセン 貸して」

すぐ後ろにいた奈津恵にだけ、ようやく聞き取れるくらいの小声で、夜半が呟いた。



「……俺が一番嫌いなのは……」
「!?」
「そうやって己の力に慢心して、弱者を欲望のままに蹂躙する輩だよ。
もう苛つくから今日は消えてくれないか!」

そう声を荒げると、夜半はハリセンを大きく振りかぶって、思い切り一振りした。
ハリセンは自らの魔導障壁を突き破り、虚を衝かれたレインの左頬にクリーンヒットする。

「ぶふぉぁあああっっっ!!!!」

レインは、常識ではありえないほど遠くに吹き飛ばされ、地面に激突した。
その後びくともしなかったが、吸血鬼の真祖が死ぬわけがないので、
そのまま放置して、夜半と奈津恵は帰路へとついた。












帰りの新幹線の中。

「全く…このハリセン、あなたが触れたら火傷するのわかってたわよね?
どういう仕組みなのかわからないけども」

奈津恵は呆れながら、途中の薬局で買った塗り薬を夜半の両手の平に塗って、
包帯をぐるぐると巻く。

「俺に効くってことは奴にも効くってことだからね…
というかすぐ治るから薬も包帯もいらないのに。」

「そんな大火傷見せられて、放っておけるわけがないでしょ。普通の人間なら!」
「普通の人間、か……」


 ”貴様は周りの人間にとっては災厄の元でしかないことを忘れるな ”


ふっと、レインが吐いた言葉が脳裏を横切る。
「白鳥君」
「ん?」
「あいつの…言ってたこと、気にしないで。少なくとも…私は…会社のみんなは、
あなたが災厄の元だなんて、絶対思っていないから。そしてきっと…古屋君も。」

夜半の表情を読み取ったのか、奈津恵は彼に言い聞かせるように力強く告げた。
奈津恵の優しさに素直に感謝すると同時に、夜半は諦めたように目を伏せた。
「まぁ、ああ言われても仕方ないよ。俺達の世界じゃ、狂ってるのは俺の方なんだから。」
「そんな……」
「さっきも言いかけたけど、周りの人間に災厄…
迷惑を掛けているのは、分かってるんだよ。だから……」


夜半は顔を上げて、車窓から見える、この世の人々が灯す生活の明かり…
夜景を見守るように眺めながら、呟いた。




「俺の周りの人達に災いが降りかかるというのなら、
そうなる前に全力で護るって決めてるんだ」







(おわり)






※おまけ。今回の物語の移動経路

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