[小説]愛と青春のボンソワール(1)

小説/本文

ゴーーーーーー…

「はぁ、どうしてこんな事になったのかな………?」
神崎芹子は飛行機でドイツへ行った。
そして今、帰路についていた。

「こんなことって…あるのかしら…」
芹子は、帰国してからも、仕事が手に着かないほど
ボーっとしてしまっていた。
まさに、地に足が着いてない状態だ。

「芹子さん、いったいどうしちゃったのかなあ?」
昼休み、森川みはるが怪訝そうに言う。
片手にはポテトチップスの大袋。
「さあねえ…何聞いても相づちうつだけだしね」
ほっとけばいいのよ、と言わんばかりに
黙々と手作りの弁当をつつく、成沢眞妃。
そこに…

ウワサをすれば、抜け殻状態の芹子の登場である。
「あら、芹子。お昼はもう済んだの?」
「どうしよう…あたし…」
突然、芹子が涙ぐむ。
「えっ、えっ、ど、どうしたの!?芹子さん!!」
突然の出来事に、みはるはうろたえるばかり。
「…どうしたの?芹子。何があったか言ってみなさい」
みはるとは対照的に、眞妃は冷静に対処する。
「きゃーーーーっどーしよーーーーっ!!きゃーーーーーっ!!」
うろたえ通り越してハイテンションになってしまい、回転しながら叫ぶみはる。
「……あんた何星人?……」
さすがの眞妃も顔にタテ線が入っている。

「芹子、一人で悩んでいても仕方が無いわよ。」
「そうよォ!思い切ってこのステキなお兄さんに
どばあーーーーっっと言っちゃいなさいよん♪
ねっ♪せ・り・こ・ちゃ~~ん(はあと)」

突然背後からオカマのハインリヒ(通称ハリー)が現れた。
「女同士の話にいきなり首つっこまないでちょうだい!!
誰がステキなお兄さんよ!!このカマオトコ!!」

ハリーの腹に眞妃の鉄拳が炸裂!
「いや~~ん!!眞妃ちゃんヤメテーー」
「ま…眞妃ちゃん…(汗)」
さすがのみはるも眞妃の鉄拳にビビリが入っている。
「なーんだ、お前ら、何遊んでんだ?」
そこに、遠山 満が現れた。

「!!!」
突然、芹子の様子がおかしくなった。
泣いてるのか怒ってるのか分からないような
複雑な表情である。
「…芹子?何泣いてんだよ、お前」
「かっ、関係ないじゃない!!あんたには!!」
そう怒鳴ると、彼女は駆け足でその場からいなくなった。

「……なんだあ?」
満はわけがわからないままである。
「……どうやら、遠山さんが何か関わってるっぽいわね……」
「え?え?何のことだよ」

そこでみはるは、ポンと手を叩き、
「あー!わかった!!まんちゃん、芹子さんいじめたんでしょ?
スカートめくったり黒板消しをドアにはさんだり
靴をかくしたり机に『バーカ』とかかいたりしたんでしょ?」

…今時、そんな一昔前のいぢめっこみたいな
ことをするヤツがいるのであろうか。
しかも今年26歳といういい年の彼が。
一同、目が点になる…
「本人に聞いてみよーっと!」
「あ!やめなさいよっ!」
眞妃の止めるのも聞かずにみはるは遠山を問い詰めた。
「………やったでしょー!まんちゃんっ!!」
「……………」
満はムッとしたように黙り込んだ。
「……怒るのも無理無いけど、みはるの言ったことだし・・」
なだめる眞妃。満は眞妃の顔をじっと見つめて、 「やっぱ、マズかったかな?」
「って、やったんかーーーーーいっ!!!!!」
ズドゴンっ
眞妃の真空飛び膝蹴りが炸裂した。
近くで見ていた橘は青ざめて、
「どーゆー秘密結社なんだ、ここは………」
その肩をぽんっと叩いた吉村悟史がボソっと、
「“秘密”なわけがわかったかい?」
次の瞬間
「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
芹子に続いて橘までが駆け足でその場からいなくなった。
固まる一同。
ハインリヒだけがクネクネと動いているばかりであった。

「フゥ……走って飛び出すほどのこともなかったけどなぁ……」
なんとなく戻り辛くて橘は屋上への階段を登っていた。
屋上での注意というはり紙が新しくなっているのにささやかな新鮮さを感じながら、
橘はややペンキの剥げた扉を押した。
油だけは挿してあるらしく、扉は音もなく開く。

そこには、先ほど涙ながらに逃げ出していった
芹子が一人でたたずんでいた。
橘の存在に気がつかないらしく、
ずっと、ボーっと外を眺めている。

「神崎…さん…?」

突然現れた橘に驚いた芹子は、
つまづいて地べたにしりもちをつく。
「あ…あいたぁ…」
「だ…大丈夫ですか?」
芹子は橘の手を借りて立ち上がる。
橘は芹子の顔を見る。
涙こそは乾いていたものの、いかにも
泣きはらした、という様な表情に、
半分痛々しく思い、半分どきどきしたりもした。
「…大島くん…」
「…は、はい?」

何だか芹子は、顔が真っ赤である。
(な、何だろう…も、もしかして…)
橘も顔が真っ赤である。
しばしの沈黙が続く。
「い、言ってもいいかな…」
やっとのことで芹子が言葉を発する。
「は、はい…ど、どうぞ」

「大島くん……………
…………ズボンのチャック全開よ…………」

ハッ!
橘は即座に下を向く。
ホントに全開である。
3枚組\1000で買った、テディベア柄(ピンク色)の
トランクスが丸見えである。

「うわああぁぁぁあぁああ~~~~!!!!!」
橘はまたしてもその場をダッシュで去る。

「うあぁあああ~あぁぁぁぁぁぁぁぁ、あ?」
しかし地面が無かった。

「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……………」

橘は奇跡的に軽傷ですんだ。
たまたま通りがかった植木屋のトラックに積んでいた、
カラタチの木の上に落ちたのだった。

「ったく!屋上から落ちて生きてるなんてお前ぐらいのもんだぞ!」
見舞いに来た満が言った。
「う~……痛いです~………」
橘は骨折こそして無いものの、カラタチのトゲが顔中に刺さったのだ。
「ま、自業自得ってやつだな。」
「……ううう、もとはと言えば遠山さんが
神崎さんをいぢめたりするからいけないんですよぉ~……」

橘は満を恨めしそうに見る。
「ん?あぁ、あれはやはり俺のせいじゃないらしいぞ。
何か他に原因があるようだけど……」
「……何なんですか?」
「………それは、詳しくはわからんな………」
満は太陽に吠えろのボスのように、病院の窓のブラインドの隙間から
外を見つめながら渋く言った。
「………そうですか………んぐぐ……」
カッコつける満が似合わなくて、橘は笑いをこらえるので必死である。
笑うと顔の傷が開いて死ぬ(死なん死なん)

結局、次の日には橘は退院できた。

橘は、会社に来るなりすぐに、芹子が会社に来ていないことに気づく。
(神崎さんが休むなんて…珍しいなあ…)
仕事熱心な芹子が休むことなど、そうそうないのだ。
「あれ~?芹子ちゃんが休みなんて珍しいわねえ~」
ハインリヒも不思議そうに芹子の席を見つめる。
すると、みはるが
「え~?あたし朝芹子さんとこに電話したら
留守電だったよ?どーしたのかなあ?」

橘は満の席に目をやる。
満も来ていない様子だ。
「あら…おかしいわね。私今朝遠山さんを見かけたんだけど
てっきり会社に向かってるものだと思ってたわ」

と、眞妃が言う。
…もしや…何かあったのか…?
社員一同に不安の影が襲う。

それと同時に「もしや二人でズラかってんのか?」と
ちょっとワクワクもしていた。
ハインリヒに至っては、
「満と芹子だから…みちこちゃん…」
と、子供の名前まで考えてしまっていた。

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