[小説]愛と青春のボンソワール(3)

小説/本文

あまりの突然の出来事にさすがの眞妃も驚きを隠せない。
「え…な、なんでまたそんな急に…!」
「あたしのお父さん、今ドイツに住んでるんだけど…」
芹子の父は、芹子が小学生の時に芹子の母と
離婚し、現在はドイツで会社を経営する実業家である。
「そのお父さんが、病気で…あと何ヶ月ももたないだろうって…
だから…だから最後くらい一緒に暮らしたくて…け、けど」

芹子の言葉がだんだんとぎれとぎれになる。
一粒、また一粒と涙がこぼれ落ちる。
眞妃は、何も言わずハンカチを差し出す。
普段勝ち気な芹子がこんな弱々しい姿をさらけ出すなんて、
きっと、相当悩んだのだろう。

しばらく、二人は黙ったまま駅のベンチに座っていた。
眞妃は、芹子が落ち着いたのを見計らって声をかける。
「…で、今日ドイツに向かったらしばらく帰って来れないの?」
「…ううん。今回はとりあえずお父さんの様子を見て、
あっちで暮らす、ってことを伝えるだけなんだけど…」

「…そう……ところで、このことは遠山さんに言ったの?」
その瞬間、芹子の顔色が変わる。
「な…なんで…別にいいじゃない…満になんて言わなくても」
「だって…あんたずっと遠山さんのこと好…」
「やめてよっ!!!もういいのっ!!!言わないで!!!
………決心が揺らいじゃうじゃないの………」

「芹子…」
「…ごめん、あたしもう行くわ」
眞妃から逃げるように、芹子は立ち去ろうとする。
「待って、芹子!!」
「悪いけど、急ぐからっ!!」
芹子は眞妃の言葉に耳を貸さず走ろうとする。
「…待てっていってるでしょあんたはーーーっっ!!!!」
ズドコオオオオオッッッッ!!!!!
…眞妃は、思わず本気で波動拳をかましてしまった。
「ま…まき……ツッコミきつすぎ……(ぴくぴく)」
「ご、ごめんつい…」

そのころ満は…
「まんちゃ~ん どうしたの~?そんなに焦ってどこ行くのさ~」
満は、芹子を探しに街へ出ていた。
途中でたまたま外回りをしていた悟史と会い、
なんだかよくわからないが悟史も一緒に行動している。
「とりあえず、駅だな…。
どこか遠くへ行くなら、まず電車に乗るだろうからな…」

しかし、なぜ芹子は辞表を出したのか。
仕事はすごく楽しそうにやっていた。
特に人間関係で悩むようなことはないだろうし…
そしてなぜか自分を避ける。
まるでわけがわからない。
「よくわかんねぇけど、やっぱり、オレのせいなのか?芹子…」
駅がやっと見えるようなところで立ち止まり、満はつぶやく。
「え、え?どうしたの?なんかあったの?芹子ちゃんと」
興味津々といったまなざしで満に問う悟史。
「……のんきでいいねえ、さとっつあんは……」

悟史にあきれつつも、満はいなくなった芹子のことで
頭がいっぱいだった。
いつしか、自分がクビになってしまうことよりも
芹子が会社を辞めるということのほうが気になっていた。

「ごめん…芹子…
思わず相原さんにつっこむのと同じくらいマジになぐっちゃったわ」

(ハリーちゃんと同レベル…?そりゃキツいわ……)
殴られた部分をさすりつつ、うなだれる芹子。
「ところで、さっきの話の続きだけど…聞いてくれるわね?」
芹子は、こんな目に遭うくらいなら、聞きたくもない話でも聞いた方が
寿命も縮まらなくていいわよ、とノドまで出かかったが
とりあえず飲み込んだ。
「ドイツに行くなら、遠山さんに告白してからでも遅くないんじゃない?
遠山さんの名前一つ言うだけで泣くくらい未練があるなら
きれいさっぱり決着つけたほうがいいんじゃないの?」

芹子は『え~~?やだよそんなの』と言わんばかりの表情だ。
「………簡単に言わないでよぉ………
知ってるでしょ?あたしは1回フラれてんのよ?」

眞妃は『まったく…じれったいわねえ』といった表情でしばらく黙る。
「…なるほどね…『またフラれるくらいなら友達のままの方がいい』って魂胆ね」
「魂胆って、あんたねえっ!」
「違うの?片思いってのはね、どっちかが行動起こさない限り
終わんないもんなのよ!どう見たって未練たらたらのくせに、つまんない意地は
はらないでちょうだい!!そんな状態でお父さまの看病が
マトモにできるとでも思ってるの!?」

芹子は、眞妃の迫力に圧倒され、もはや反撃する気力もなかった。

「で…でも…今はもう性別なんか関係ないってくらいの友達なのに…今さらだよぉ…」
「いいじゃない、別にそんな意識しなくたって。気持ちだけでも
確認しておけば。世の中あんたらみたいなカップルいっぱいいるわよ。
遠山さんは知らないけど、少なくとも芹子、あんたは遠山さんのこと、
友達だなんて思ってないでしょ?」

「…………………うん…………………」
眞妃は、少し微笑を浮かべたあと、芹子の背中を叩く。
「まあいいわ。今回はすぐ帰ってくるんでしょ?
とりあえず今は行きなさい。飛行機に乗り遅れちゃうわよ」

「え?う、うん…わかった」
今までさんざん引き留めていた眞妃が急に
開放してくれたので、芹子は少しとまどう。
しかし、確かに時間は迫っている。
とりあえず芹子は眞妃に別れを告げ、走っていった。

走ってゆく芹子が自動改札を抜けるのをみはからって、
眞妃は後ろを向く。
「…今の、聞いてたでしょ?」
眞妃の後ろの背中合わせのベンチには、芹子を追い駅に到着していた
満と悟史がいた。
満は、突然の告白?に目が点で放心状態、 悟史は、『ニクいね~このォ!』
嬉しそうにニヘニヘとしていた。
二人はちょうどベンチとベンチの間にある看板で隠れて、
どうやら芹子には見えていなかったらしい。

結局、眞妃、満、悟史の3人はそのまま会社に戻った。
芹子はドイツに向かってしまったので、社長の
「芹子を今日中に連れ戻さないとクビ」の約束は果たせない。
しかし、眞妃が社長に事情を話し、なんとかその約束は帳消しになった。
「ねえねえ、眞妃ちゃん!まんちゃんってば、帰ってきてから
なんか様子が変じゃない?何かあったのっ?」

「まあ、こればっかりは本人達の問題だしね…」
「ん?なに?なんなのよぉーっ!…ま、いっか!」
さっぱり事情のわからないみはるは、あきらめて自分の席に戻る。

満は、戻ってきてからも仕事に手をつけず、屋上でタバコばかり吸っていた。
眞妃から、芹子が会社を辞める大筋の理由を聞いた。
そして、あの、駅での二人の会話を一つ一つを思い出していた。

芹子の気持ちは、正直言って、嬉しい。
芹子のことは、好きか嫌いかで言えば、当然好きである。
けれども自分は、一度芹子を傷つけてしまっている。
5年前に告白されたとき。
芹子が子供だからという安易な理由でフッてしまっているのだ。
けれども、今の芹子はもう子供ではない。
だからといって、「大人になった、だからOKする」というのは、
とても浅ましい気がしてならなかった。
けれども…それ以上に、芹子にはそばにいてもらいたい。
当たり前のように、同じ職場にいた芹子。
その芹子がいなくなるのは、寂しすぎる。

「……まんちゃん」
何分たっても、満がオフィスに戻ってこないので、
心配した悟史が屋上へとやって来た。
「…ああ、さとっつあんか…何だ?」
「芹子ちゃんのこと、どうするの?」
「どうするもこうするも、あいつはドイツに行くんだろ。オレにはどうしようもねぇよ」
満は、半ば投げやりに答える。
「だって…!芹子ちゃんは、まんちゃんがいるから、まだ
お父さんの元へ行くか、日本へ残るか迷ってるんだよ?今なら間に合うよ!
引き留められるのは、まんちゃんだけなんだよ!?」

「…んなこと…簡単に言うなよ!!そりゃあ、オレだってあいつにはこのまま
日本に残ってほしいさ!でも、あいつの父親は死にそうなんだろ!?
それなのにオレのワガママであの親子を引き離すなんて、できるわけねえだろ!?」

…こんな感情的な満は初めて見た。悟史は驚く。
それと同時に、こんなにつらそうな満も初めて見る。
「…ごめん…まんちゃん…なんか、軽々しく言っちゃって…
でも、そんなに怒るなんて…まんちゃん…やっぱり…」

芹子ちゃんのことが好きなんだね?
と言いかけたその時…
「遠山さーん!!!!!!早く仕事場に戻ってきて下さいよ~!!!!!!
社長がカンカンに怒ってるっス!!!!!!」

社長に言われたのか、次郎が満を呼びに来た。
「わかったよ!じゃ、さとっつあん。この話はまた後でな」
そう言い残し、満は早足で屋上から去る。
「……まんちゃん……」
屋上に一人取り残された悟史は、満が階段を降りていくのを不安げに見届ける。
ふと、悟史の頭上に飛行機が飛んでゆく。
悟史は、飛行機雲を描きながら飛ぶ飛行機を見つめながら、つぶやく。
「芹子ちゃん…ホントに会社辞めちゃうのかなぁ……
……どうなっちゃうのかなぁ……あの二人……」

4日後。 芹子がドイツへ発った日に、芹子から電話を受け、
「4日後の朝には帰る」と聞いていた眞妃は、焦っていた。
朝に帰ると言っていたはずの芹子が、夜になっても
一向に帰って来はせず、連絡の一つもないのだ。
「どうしたのかしら…一体…」

…話は4日前へと遡る。
ドイツに到着した芹子は、空港に迎えに来ていた
父の秘書の車に乗り、父の自宅へと向かった。
(それにしても…眞妃ってば…ヒトの痛いトコばっかりついてきて…)
ドイツに来てもなお、芹子は出発直前の出来事で頭がいっぱいだった。
(…ダメ!今はお父さんの病気のことだけ考えてあげなきゃ…)
「…つきましたよ。芹子さん」
秘書は、父の自宅の門の前で車を停め、ドアを開ける。
さすがに、社長の自宅だけあって、なかなか立派な造りの家である。
「…お父さん…」
父の名は、園田雄三。56歳。一代でドイツでの事業を成功させた
地元では名の知れた実業家である。
住んでいる国こそは違ったものの。
芹子は、幼い頃に母と別れた父・雄三のことを忘れた日など無かった。
両親は、夫婦仲は悪かったものの、唯一の娘である
芹子のことは、ものすごく可愛がっていた。
離婚する直前まで、どちらが芹子を引き取るか、ずいぶんともめたものだ。
芹子は、雄三の寝室の前まで足を運んだ。
神妙に、ドアをノックする。
「………お父さん…芹子です」
すると、その瞬間……

「せりくぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!
会いたかったよぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーっっっっっっっっ!!!!!!」

ぐわしいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっ!!!!!!!!!
芹子の声を聞いた瞬間、雄三は、ドアを勢い良く蹴破り、
芹子にしがみつく。
「お、おとおさん……くるし……い…ってば……」
「芹子ーーーーー!!!やっとドイツで暮らしてくれる気になったんだね!!!!!!
ああ~~私の可愛い芹子~~~~!!!!!!!!
パパは嬉しい、嬉しいぞーーーーーーー!!!!!!!!!!」

「う…ちょ…ちょっと!!離してよお父さん!!」
芹子は、むりやり雄三の手を引き剥がす。
「なんだい…冷たいじゃないか芹子…パパは悲しいよ…」
「それより、何よ!!!病気の割にはずいぶんと元気じゃない!!」
芹子の言葉を聞いた瞬間、雄三はfont color=”#B0C4DE”>『しまった』
といった顔をする。
「……だってぇ~~…芹子、私がさんざんドイツに住めって
言ったのに、全然来ないから……」

「………ま………まさか………お父さん………」
「そ、そのま・さ・か(はあと)」
「仮病だったのね!!??」
「い、いいじゃないか!これから、ずっとずっとここで暮らそう!!
パパと二人で!!!ねっ!!!いいでしょ!?パパ、芹子と暮らすのが夢だったんだよ!!!!」

……昔から、タチの悪い冗談が好きだった父。
それは分かっていた……ハズなのに……
「じょっ……冗談じゃないわよ!!!!!!
人がどんな思いでドイツに来たと思ってんのよっっっ!!!!!あたし、帰る!!!!!」

芹子がドアに向かって歩き出そうとすると…
目の前に、スーツを着た男二人が立ちはだかる。
「ちょっと!どいてよ!!」
「申し訳ありません、お嬢様。ここを通すわけには行きません」
どうやら雄三のSPらしい。
「フフフ…無駄だよ芹子。もうパパの元から離さないからね~~♪」
まんまとハメられた芹子。
「ちょ……冗談じゃないわよ!!これじゃていのいい誘拐じゃない!!!」

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