[小説]継人でショート(第1話:美女と和牛)

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「ちっ……ついてねぇな…」

日曜日、夕方。
会社の近くのデパートに買い物に来ていた継人は、
突然降り出した雨に舌打ちする。
家を出たときには天気が良かったため、傘は持っていない。
仕方がないので、近くにあった店の屋根の下で
雨宿りをし、雨が止むのを待った。

ザアァ―――――――……

次第に本降りになる雨に、道行く人々は
雨をしのげる場所を探し、逃げまどう。
「なんだこりゃ…全然止みそうにねぇじゃねえか…」
身動きが取れずにイライラする継人の隣りに、
彼と同じく、傘がなくびしょ濡れになった女性が駆け込んできた。
「…?」
どこかで見たことのある女性だ。

「…あら…?仙波さん」

濡れた髪を掻き上げて、少し驚いた様子で
声を掛けてきたのは、成沢眞妃であった。
まさか休みの日に会社の人間に会うとは。
「………どーも」
継人は少し気怠そうに挨拶をする。

二人は黙ったまま、ひたすら雨が止むのを待った。
もともとお互い、あまり話したこともなければ、
話すこともあまり得意でないので、会話などはあるはずもなかった。

だが、雨は止むどころか、どんどん強くなり、
通りには次第に人がいなくなってきた。
皆、タクシーやバスに乗り帰宅するか、
店に入り一服しつつ雨が止むのを待っているのだろう。
「……仕方ないわね……」
眞妃は軽くため息をつき、腕時計に目をやる。
午後6時。

「……仙波さん」
「ん?」
「このままじゃ雨も止みそうにないし、少し付き合ってもらえないかしら?」

継人と眞妃は、雨の心配のない地下街を歩いていた。
眞妃は、雨が降っている間に夕飯を共にしようと言う。
そこで、彼女の行きつけの店へと案内されているのだ。
確か、眞妃は社内でも有名な男嫌いのはず。
その眞妃からの突然の誘いに、継人は少々驚くと共に、
少し照れくさそうに眞妃の隣を歩いていた。

(……ねえねえ、あの人、すっごいキレイー!)
(ホントだ~!スタイルもいいー!)
(おっ、いい女じゃん!!)
(マジ!?…ホントだ、すげー!でも男連れじゃん)

整った顔立ちに、申し分のないプロポーション。
すれ違う人々の多くが、眞妃を見ては振り返る。
男性はもちろん、女性までもが羨望のまなざしを向けていた。
そんな人々の黄色い声を、眞妃は気にもとめずにひたすら歩く。
どうやら、そんなことは日常茶飯事で慣れているのだろう。
(……まあ、こーいうのも悪かねえな……)
誰もが振り返る美人を隣りに歩く。
男にとっては、誰もが一度は夢見ることである。

二人で歩き始めて、数十分。
一体、彼女はどんな店へと連れていってくれるのか。
彼女のイメージからすると、お洒落なフランス料理店や、
イタリア料理店などが考えられる。
普段、立ち食いそば屋や牛丼屋ばかりを利用する
継人にとって、「そういう店」は苦手だった。

「ごめんなさいね、長いこと歩かせて。ここよ」
いろいろと考えを巡らせていた継人が連れてこられた店とは。

 ”ファミリー焼肉『食寧亭(くいねいてい)』”

(…焼き肉屋!?)
そこは、洒落っ気も何もない、普通の焼き肉屋。
まさか、かしこまった店が苦手な継人を察して、
彼女が気をつかったのだろうか?いや、違う。
もしそうなら、そういった店は歩く途中にもごまんとあった。
「…どうしたの?焼き肉嫌いだったかしら?」
「い、いや…別に」
「じゃ、入りましょう」
そう言って、眞妃は早足で店の中に入る。

「いらっしゃいま……あ!どうもどうも成沢さん!いつもありがとうございます!!」
店に入るなり、この店の店長らしき男に深々と挨拶される。
眞妃は笑って会釈を返す。
この店の店長と知り合いなのか。
店長らしき男は、眞妃と継人をこの店で一番景色のいい席へと導く。

「メニューをどうぞ」
継人はウェイトレスに手渡されたメニューを開く。
(どう見ても…焼き肉屋だよなあ…)
女性と食事を共にするのは初めてではないが、
まさか焼き肉屋でこんな美人と食事を共にするとは。
まだ戸惑いを隠しきれない継人は、
メニューを無造作に開いて眺める。
(へー、値段の割には量が多いんだな)
この店は、比較的安価なわりに、さまざまな量のコースが
設けられている。1人前から10人前ぐらいのものもある。
しばらくして、ウェイトレスが注文を取りに来る。
「決まった?仙波さん」
眞妃はどうやら決まっているらしい。
「あ、いや…いいぜ、先に言って」
継人は、お冷やを飲みながら慌ててメニューを見直す。
「じゃ、すいません。肉フェスティバル一つ」

…ブッ!!!

継人は思わずお冷やを吹き出す。
(肉…フェスティバルだとお!?)
ちょうど、継人が見ていたページにあるメニューだ。
肉フェスティバル、とは。
和牛カルビ・ロース、ドリンク込みその他諸々10人前セット。
「仙波さんは、何にするの?」
この言いっぷりだと、どうやら継人の分もまとめて
頼んだというわけではないようだ。
「……じゃあ……この3人前のセット……」
「はい、『肉バザール』ですね!かしこまりました!
ライスの方はいかがなさいますか?」

ウェイトレスが笑顔で問う。
「あ、私はライス大盛り5杯お願い」
(5杯!?しかも大盛り!?)
愕然とする継人は、ふるふると震えながら
「じゃ…2杯…」
とだけ答える。

「…仙波さんって、意外と少食なのね」
極めつけの一言で、継人はガクッと肩を落とす。

程なくして、テーブルには生肉とライス、ドリンクが運ばれる。
それからの眞妃の行動は早かった。
肉がテーブルに到着した瞬間、
鉄板に素早く肉を並べて、焼き、食べる。
その間、もちろん無言だ。
何も言わずにひたすら、ひたすら食いまくる、眞妃。
真正面で口を開けたまま、唖然とする継人になど、
見向きもしない。
3人前コースの継人が食べ終わる前に、
10人前コースの眞妃は食べ終えてしまった。
「仙波さん…食べるの遅いわねえ。男の人にしては珍しいわね」
(…っていうか…あんたが焼くスキを与えてくれねぇんじゃねえか…)
鉄板全体を使って焼きまくる眞妃の僅かなスキを見て、
自分の持ち肉を焼いていた継人。
継人はまだ半分しか食べていない。

眞妃が食べ終わったのを見計らったかのように、
ウェイトレスがやって来る。
皿を下げに来たのか。
ウェイトレスが来たと同時に、眞妃から信じられない発言が。

「すいません、肉フェスティバルもう一つ」

その一言を聞いただけで、継人は腹一杯になった。

「それにしても、ちゃんと食べてた?仙波さん」
焼き肉屋を出た、継人と眞妃。
雨はすでに止んでおり、気がつけば午後10時。

あれから継人は、女の眞妃に負けじと、
3人前コースをたいらげたあと、
10人前コースと5人前コースをを追加し、
半ば意地になってそれもたいらげたのだ。
だが眞妃は。
結局10人前コースを4回注文。
つまり40人前を一人でたいらげたのだ。
18人前を食べた継人ですらフラフラなのに、
40人前を食べた眞妃は腹八分といった感じだ。
「あそこね、私の行きつけのお店じゃ一番のお気に入りなのよ。
なかなか美味しかったでしょう?」

満足そうに微笑む眞妃。
「…あ、ああ……」
継人はもはや味など覚えていない。
というか、しばらく肉は食べたくない。

ふと、二人の元にいい匂いがたどり着く。
「あら…?」
屋台の焼き鳥屋である。
「ヘイらっしゃい!どうだい?綺麗なおねーちゃん!」
「あ、じゃあ50本ほど頂こうかしら?」

……くらっ

(もー…肉はいい……)
継人はその場に倒れ込んだ。

「や、やだどうしたの!?仙波さん!?」

…眞妃は、その細身からは想像もつかないほどの
恐ろしい強さを誇る格闘技の使い手。
そのパワーは一体どこから来ているのか、
継人はわかったような気がした。

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