[小説]10月の奇跡(終)

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見送りの帰り道。社員一同は
ファミレスにて遅い昼食を取っていた。

「はぁ~…行っちゃったね……大島さん。
あさってから仕事、頑張らなきゃ…」

愛子が寂しそうに言う。
購買部唯一の相棒がいなくなった愛子には、月曜から
地獄の仕事量が待っている。
愛子は英司に問いただす。
「ねぇ沢井さん、受注係の人、新しく採るんだよね?
じゃなきゃあたしひとりで受発注は無理ですよっ!?」

突然愛子に胸ぐらを掴まれた英司は、
「ん?大丈夫だよ。1ヶ月したらまた元通りだから」
ステーキをモゴモゴとほおばりながら、
英司がにこやかに答える。
「へ~、もう新しい人採ってるっスか!!!!!」
「? 何言ってるんだい?大島くんだよ。
彼は1ヶ月したらまた戻って来るんだよ」

”はいっ!?”

英司の重大発言に、社員一同は目を丸くする。
満に至っては、スパゲティを鼻から出してしまうほどの驚きぶりだ。
「な…なんだって?英司さん…」
「あれ、言ってなかったかな。…ああ、忘れてたなぁ。
向こうの生産部の役員が土下座して戻ってきたんだよ。
でもその時にはもう大島くんの転勤は決まっていたからね~
今さら行かなくていいなんて言うのも悪いから、
1ヶ月だけ向こうの仕事を手伝うってことになったんだ」

「え…ウソ…」
「せっ、瀬上さんはこのこと知ってたんですか!?」
奈津恵は、逆にみんなが知らないことに驚いていた。
「私は…てっきり沢井課長がもうみんなに言ったかと…
でもその割には送別会や見送りを妙に盛大にやるから
おかしいとは思ってたわ………」

「大島さんには、言ったんでしょうね?」
眞妃が英司を睨む。
「いーや、言ってない♪」
「こんのボケオヤジ…」
「……英司さん……覚悟はいいか……?」
送別会で会費をたんまり払わされた満と浪路は、
すでに臨戦態勢である。
「送別会の費用、沢井さんのボーナスから引かせて頂きますね」
眞妃はさっそく手帳にメモっている。
「うっわあああ!!!ごめんなさーーーいっ!!!」
「問答無用!!!」
「うぎゃああああーーーーっっっ!!!!」

「ちょ、ちょっとお客さん!!困りますっ!!!」
ファミレス内で大乱闘を始めた社員達に、ウェイトレスが止めに入る。

大騒ぎを繰り広げる社員達をよそに、
みはるは早速、橘の携帯を鳴らしていた。

1週間後…

「うん、それじゃ、またね。」
ここは、N.H.K仙台支社。
現在、昼休みである。
昼休みにみはるのPHSへ電話をかけるのが、
こちらへ来てからの橘の習慣になっていた。

「それにしても…栄転がただのバイトになるなんて…」
だが、3週間後には、東京へ帰れる。
『恋人』みはるの待つ、東京へ。
「そう考えると……転勤様々だったなぁ……えへへ……」
「なァーーーーにニヤけてんだよ、大島!!」
突然、橘の背後から怖そうな男の声が。
「わっ!!!柴田さん……」
「柴田『係長』だろがコノヤロー!!!」

彼の名は、柴田美彦(よしひこ)。27歳。
実は彼こそが、上司とケンカし、会社に辞表を叩きつけて、
橘が後任になるはずだった係長である。
気性の激しい性格で、人と衝突しやすい、
いうなればちょっとガキ大将っぽい男である。

「なんだ、まァーた本社の女んとこに電話してたのか?」
「………(汗)」
事実なので否定は出来ない。
「柴田さ……係長こそ、毎日愛妻弁当、美味しそうですね…」
「おうよ!みゆきチャンの弁当は世界一だぜ!!!」
『みゆきチャン』とは、柴田の妻。
みゆきチャンにゾッコンの柴田は、
実は、この妻に
「ケンカして会社辞めるなんて最低、別れる」
と言い放たれ、
あわてて会社に土下座しに言ったらしい。
橘は、生産部の課長にそう聞いた。

”…さて、今日のゲストは、現在人気急上昇のモデル… ”

(あ……兄さん)
食堂に置いてあるTVから、軽快な音楽と共に
ブラウン管に、二階堂 柊が現れた。
生放送の、お昼のトーク番組のゲストのようだ。

あの日の夜、みはるから柊のプロポーズは
ウソだと言うことを聞かされた橘。
(まさか…兄さん…僕とみはるちゃんのことを考えて…)
そんなことを考えながら、ブラウン管をボーっと見つめる。
「おい、お前、このモデルとそっくりじゃんか!!」
柴田がブラウン管と橘を何度も見比べる。
「はぁ…よく言われます…」
兄弟だから当然だが。

”二階堂さん、何だかずいぶん嬉しそうですね~何かあったんですか? ”
”いや~はっはっは。実はね~、弟にかわいい彼女が出来ましてね。”

ガタッ!!!

「!!??」
突然、何を言い出すかと思えば。
全国ネットで言いふらそうというのか。
橘は必死でチャンネルを変えようとするが、
リモコンが見つからない。
「な…どうしたんだよ、大島」
柴田は橘の様子がおかしいことに、首を傾げている。
だが、言いふらされるだけならまだマシだった。

”ほらほら、見て下さい、これ!ラブラブでしょ~?
暗視カメラで撮るの、大変だったんだから~はっはっは! ”

ブラウン管の向こうで、まるで柊が橘に見せるかのように、
一枚の大きく引き延ばした写真を取り出す。

その写真は、送別会の後の、あの夜の写真であった。
涙で頬を濡らした男女のキスシーン。
その男女とは、もちろん……………

「わああああぁぁぁぁ~~~~っっっっっ!!!!!」

橘は真っ赤になってTVのコンセントをブチ抜いた。

「あ……あんの……あんのバカ兄貴!!!!!」

橘がその日のうちに新幹線で東京に帰り、
兄をぶっ飛ばしたのは、言うまでもなかった。

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