[小説]Early Christmas(前編)

小説/本文

「ちょ、ちょっと芹子ちゃん!!辞めるって本当なのっ!?」

朝。
芹子が会社に来るなり、
自分の元へ飛び込んできたのは愛子だった。
「な、何よ愛子、いきなり…」
「だ、だってさっき浪路さんが…そんなこと言ってて…」
突然の知らせに、愛子は目を潤ませている。
嘘だということを切に願っている、その瞳。
しかし、愛子の願いはかなえられることはなかった。

「………まったく………
……おしゃべりなんだから…浪路は…」

「残念なお話ですけど…事業企画部の神崎さんが
今月、10月限りで辞めることになったの」

毎週月曜に行われる、朝礼の時間。
人事担当の奈津恵が、オフィスに集まった社員達に言う。
芹子は、気を利かせているのか、席を外していた。
「なんで?なんで辞めちゃうんですか?芹子ちゃん!」
愛子が寂しそうに訴える。

”……まさか……”

何となく、視線が満へと集中する。
「………そのまさか、デス………」
切り出しづらそうに、満がぼそり、と言う。
心なしか、頬が少し赤くなっている。

「まぁ皆さん、予想は付いていたでしょうけど。
遠山さんと神崎さん、結婚が決まったそうよ」

昼休み。
食堂には、満と芹子を囲んで、社員達が集まっていた。

「それにしても、今月いっぱいで辞めちゃうなんて、
なんか早いんじゃないの?芹子さん!」

みはるが不思議そうに尋ねる。
「まぁ……いろいろあってね……」
なんとなく答えづらそうに言う、芹子。
「それにしても、付き合い始めてまだそんな経ってないのに…
決まるの早かったねぇ~!…な~んて」

英司がからかうように言う。
「まぁな~!幹雄も結婚したし、オレも幸せになりた~い、なんてな!」
満もおどけて答える。
「すごいねぇ、うちの会社、祝い事ばっかだねぇ!」
悟史は両手開きで喜ぶ。
8月には悟史に長男が誕生し、10月には幹雄が結婚。
まさにお慶び事づくしである。
「プロポーズの言葉はなんだったんデスか?みっつるサン♪」
ハリーがインタビュアーのように問う。
「それは、ヒ・ミ・ツ!ってヤツだな!」

プロポーズの言葉。
そのことを思い出すと、芹子は心の中で深くため息を付いた。

先週末、土曜日。
いつものように、芹子は満のアパートを訪ねてきていた。

「なに?蔦子が再婚!?」

蔦子とは、芹子の母親の名である。
満は、芹子とは6年間もの長い付き合いのため、
(もっとも、付き合う期間の大半が友人としての付き合いだが)
芹子の母とも面識がある。
蔦子は、38歳とまだまだ若く、ミーハーな性格のため
娘の彼氏である満をいたく気に入っており、
満とは「みっちゃん」「蔦子」と呼び合うほどに仲が良いのだ。
「で、相手はどんなヤツだ?」
「………それがね………(汗)」

満と芹子は、蔦子の再婚相手に会うために、
神崎親子の住むアパートへと足を向けた。
アパートへたどり着くと、窓から蔦子が手を振っている。
隣には、満と同じくらい…いや、下手したら満よりも
年下ではないか、というくらいの男がいた。
「誰だ?あの男」
見たこともない男に、満が首を傾げる。
「私の『お父さん』よ」
「はぁあっっ!!??」

「いらっしゃい、みっちゃん♪」
満ファンの蔦子は、いつものように満を歓迎する。
「はじめまして、室井 渉(わたる)と申します」
そう言って、芹子の新しい『父親』は深々と頭を下げる。
「しっ…失礼ですが、室井さん、おいくつで…?」
満が恐る恐る聞いてみる。
「21です」
「にっっっっ……にじゅういちぃいいいーーーーー!!!??」
驚愕の余り、満はしばらく声が出なかった。

しばらくして、4人は近くの喫茶店でお茶を飲みに行った。
「そんなに驚いちゃった?みっちゃん♪」
「驚くもなにも……よりによって娘と同じ年の旦那かよ…」
だが、様子をよくみてみると、蔦子と渉は
そんじょそこらのカップルよりも、ものすごくアツアツである。
見ているこっちが恥ずかしくなるほど、だ。
「…で、籍はもう入れたのか?」
半ば何かを諦めたかのような顔で満が問う。
「ええ♪だから私はもう『室井蔦子』なのよ♪ウフフフ」
そう言って、蔦子は渉の腕にぎゅうっとしがみつく。
「…ごめんね満…お母さん、ずっとこの調子なのよ…」
「ま、まぁこの二人が幸せならいいんじゃねぇの?」
「だから、芹子ちゃん!私のことはもういいのよ」
突如、蔦子が芹子の手を強く握る。
「な、何?」
「私、知ってるわ。芹子ちゃんが私一人を置いていくのが
心残りで、お嫁に行く決心がついていなかったこと」

「……!」
「私には、渉ちゃんがいるからもういいのよ。
……だから、あなたたちも早く結婚して、
私を安心させて!ねっ?ねっ!?」

蔦子は、今度は芹子の腕にしがみつき、目で訴える。
芹子に幸せになってもらいたい、というのが願いだが、
早く満を自分の息子にしたい、というのも蔦子の本音だった。
「おっ、お母さん!?」
突然、重大なお願いをされる芹子は、真っ赤になってうろたえる。
「……そうだな」
「はっ!?」

「この際だから、結婚しちまおーぜ。芹子」

…………これが、満のプロポーズの言葉だったのだ。

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