[小説]千葉湯けむり殺人事件(3)

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話は少しだけ遡る。

20分ほど前、橘は人知れぬ場所でため息をついていた。
「はぁ~・・・ヒドイ目にあったなぁ・・・
なんかまだ下は騒ぎになっているみたいだし、も少しここにいよう。」
橘がいるのは旅館の三階、と言っても二階建ての旅館の上に、
この部屋だけが突き出しているような構造であったが。
ミカン地獄(笑ってはいけない(笑))から抜け出した橘は
なんだか悲しくなってしまい、旅館を彷徨っているうちに、
ここへの階段を発見したのだ。
夜も更けて暗い廊下にさらに暗い階段。
普段ならぜったい登らないようなシチエーションなのだが、
階段の暗さが落ち込んだ気分の暗さとマッチして、
引き寄せられるように登ってしまったのだ。

部屋の内装や家具は、は古風な旅館に似合わないほど洋風であった。
しかし長く使われていない様子で、いろいろな物が置いてある。
物置き代わりに使われているのかも知れない。
風が出て来たのか、窓がガタン、と揺れた。
橘は窓に近寄り開けてみる。
しかし風は無く、夜になって気温が上がったのか、不思議と寒くは感じなかった。
橘は、そのまましばらく寂しい夜景を眺めることにした。
「・・・みはるちゃん・・・もし、あのミカンがみはるちゃんの口から出た物だったら・・・」
そんなことを考えてみる。
「・・でもやっぱりミカンで死ぬのはいやだな・・ん!?あれは・・??」
その時、けたたましいサイレンを響かせて、旅館の敷地に一台の救急車が入って来た。
「・・なんだろう?まさか!?ウチの誰かが!?」
下を見ると、担架で運ばれているのは見知らぬ女性だった。
不謹慎ながらも一応安心した橘は、救急車から視線を逸らし、
常夜灯の灯がやっと届く場所に、“それ”を見つけた。
救急車や玄関からは見えない植え込みの中、
それは、浴衣姿で白い顔をこちらに向けて倒れていた。
「・・・・・・た・・大変だ!!人が・・死んでるっ!?」
橘は開いた窓もそのままに、階段を走り降りた。

橘にその事を聞いた社員一同は、橘の言う
その場所へ足を運んだ。

「確か…このあたりだったと思います」
旅館の庭園は、思った以上に広く、探すのに
手間どる橘。どうやらあまり手入れはしていないらしく、
植木は小枝がはみ出まくり、雑草もすごい。
階上では確認しやすい庭園も、地上からだと
まるで小規模なジャングルである。
「すげーなー こんな寂れた旅館にこんな広い庭園があったのかよ」
満は目的の物を探しつつも感心している。
「それにしても…ずいぶん広い庭ね。
8人もいるんだし、手分けして探しましょうよ」
眞妃がそう提案する。
社員達はバラけて捜索を始めた。

「う~ん…何で今夜はこんな怖い事が起こるのかな…」
旅館の厨房の裏庭をうろついているのは、悟史である。
「あ、そういえばさっき沢井さんから貰ったウイスキー、
うまかったなあ…まだ飲みかけなんだよな。
あとでじっくりと飲もう…」
なんてことをブツブツとつぶやいていると…

ガサ…ガサッ…!!

「ん?なんだろ…」
音の方向を振り向いてみると…
背後にサングラスにマスクをした男が!
身長2メートルはあろうかという大男である。
「な……ぐふっ!」
悟史は叫ぶヒマもなく男にみぞおちを決められ、
気を失ってしまう。
男は、わりと体格のいい悟史を軽々と
持ち上げて、旅館の裏方にある林の奥深くへと
入っていった。

「ん?あれは吉村さん?橘君の言ってたのはあんな裏手じゃ無いと思うけど・・・」
すっかり酔いの覚めた芹子は冷静に悟史の行動を観察していたが、
ふいにその姿が見えなくなった。
「あれ?吉村さんどこに行ったのかな?」
芹子は悟史の後を追った。
「・・・こっちはもう、旅館の敷地内じゃないわね。」
芹子の前にはかなりの広さの林が広がっている。
もちろん照明など無いので奥は真っ暗である。
「やだなぁ・・・吉村さん、どこ行ったんだろ?」
芹子は一瞬、躊躇したが、それでも暗い林の中に恐る恐る踏み込んで行った。

どのくらいの時間が経ったのだろうか。
芹子は悟史を追って、林の奥深くへをどんどん進んでいた。
危険なのは十分分かっているはず。
しかし、芹子は何かに取り憑かれたかのように、
獣道を浴衣姿でひたすらに歩いていた。
周りを見渡しながら、進んでゆく芹子。
あたりは照明ひとつない真の闇だが、
長いこと闇の中を歩いてきたせいか、目も慣れていた。
(どうしよう…もう旅館の方向が分からないわ)
芹子が歩調を緩めようとしたその時、
「きゃあ!!」
何かにつまづいた。
「な…何?…なんか…生き物踏んだみたいな感触だったけど…」
芹子は自分がつまづいた「それ」に
おそるおそる目を向ける。
「それ」は、普段彼女がとても見慣れている人物だった。
「吉村さん!!」

その瞬間、芹子は焦って
パニック状態に陥りそうになったが、
ここはあわてている場合じゃない、
芹子は自分にそう言い聞かせ、
すかさず悟史の上半身を抱きかかえ、
生死の確認をする。
かすかだが息があった。
芹子は安堵する。
そして、芹子は悟史の額から生暖かい液体が
じわじわと流れている事に気づく。
――血だ。
このままでは彼の命が危ない。
(どうしよう…助けを求めようにも
この林の中じゃ民家の1軒だってないわ…)
…その時!!
彼らの目の前に、何者かが現れた。

一瞬硬直しながらも身構える芹子。
黒い影は大柄な男のシルエットを浮かび上がらせている。
動かない。
どちらも。
息を止めたまま芹子は男の影を凝視した。
影もこちらを見ているのか。
しかしその姿は夜の森に人型の穴が穿たれ、
そこから真の闇が覗いているかのような、闇そのものだった。
目の光どころか、顔の造作すらわからない。
闇色の巨人。
芹子の緊張が限界に達しようとした時。
「ぉ~ぃ・・・」
誰かの声。
反射的に後ろを振り返った芹子。同時に前でガサガサッという音。
再び前を見た芹子の目から男の姿が消えて、落ち葉を踏み付けて走る音だけが遠離って行く。
「おぉ~い!」
懐中電灯の光が近付いて来る。聞き慣れた満の声と共に。
緊張が解けた芹子はその場に座り込み、長く溜めていた息をようやく吐き出せたのだった。

そして・・・
気を失った二人の男を担いだ芹子が旅館に戻ったのは、それから30分後のことだった。

「どうしたの!この二人は!」
眞妃が駆け寄る。
「吉村さんを医務室に御願い!!誰かに襲われたらしいの!!」
「な、なんで・・・わかったわ、でも遠山さんは?」
「え!?」
一瞬詰る芹子。
「こ、こっちは大丈夫よ・・・」
「でも気を失ってるじゃない!」
「・・・・・」
言えるはずは無かった。満を倒したのは芹子だった。
満は、思わず抱き着いてきた芹子の頭付きによって、脳しんとうを起したのだった。
「・・・は、は、ははははは・・・」
笑ってごまかしながらも芹子は背筋に寒いものを感じていた。
それはハインリヒが指で芹子の背中を撫でていたこととは関係無く、
明かに敵意を持った何者かがいる、という事実によるものだった。
「このままでは・・・」
10分後、満と悟史、
そして殴られてまだ庭で倒れているハインリヒを除いた5人が芹子の部屋に集まっていた。

「今夜は寝ないでみんなでこうして一緒にいた方が
安全よ!きっと。そうしましょ」
大勢でいるせいか、安心しきったみはるは
ファミリーサイズのポテトチップスをパクつきながら言う。
いや、安心しきっているというか、彼女は常にそうだが。
「悟史くんのケガの様子はどうなんだ?」
「ええ…命に別状は無いようですが…
とりあえず2、3日は安静が必要みたいですよ」
悟史は今、病院で手当を受けているのだ。
意識が戻ったら彼に何が起こったのかも聞けるだろう。
「そういえば…さっき大島くんが見た死体って見つかったの?」
さきほどの林の中での出来事が頭から離れない芹子は
半ば上の空で橘に聞く。
「さきほど警察の方が見つけたそうですよ。
結局僕らの捜索はいつの間にか死体ではなく
神崎さんと吉村さんの捜索になってましたからね…
亡くなったのは、ここに泊まりに来ていた、若い女性だったそうです。」
部屋に備え付けられているお茶をすすりながら、
橘がしんみりと言う。
「…これで…4人か。悟史くんも入れて」
この一連の事件の被害者。
最初に遺体で発見された人。
眞妃が発見した頭部を鈍器で殴られていた女性。
橘が発見した遺体の女性。
そして林の中で襲われた悟史。
4人の共通点は、同じ旅館に泊まっていた、というだけである。

「いったい何が起っているのかしら・・・」
考え込む一同、その時っ!!
「むほーっほはっひゃほほっ!事件は解決よっ!!」
フスマを派手に開いて入って来たのは復活したハインリヒであった。
無理にキャラクターを作ろうとして変な笑い声になってしまっている。
「何が解決したって?」
眞妃が冷たく突っ込む。
「あらぁ、眞妃ちゃ~んニブいわねぇ、ウフ」
(ムカっ)
「この事件の犠牲者(悟史が生きていることを忘れてる)はすべてこの旅館のお客でしょ?」
「そうよ」
「ならばカンタンじゃない!」
「何が」
そこでハインリヒは「フッ」と笑って、
「ボクたちがこの旅館を引き上げればいいのよンそうすればボク達にとっては解決よン♥♥
「根本的な解決にならあぁぁぁぁぁぁん!!!!!」
ドゴオォォォン!!
眞妃の波動拳が炸裂。
倒れたハインリヒを踏みつけ踏みつけ立ち上がった眞妃が叫ぶ。
「ねぎ秘密結社の名に賭けてっ!この事件は私達が解決するのよっ!!」
「まっまっ、眞妃さん、キャラクター変わってるんですけど・・・」
しかし一同は冷静な眞妃が言うのだからと、事件解決に乗り出すことにしたのだった(安易な・・)
そして彼らは、眞妃がまだ実はぜんぜん酔いから覚めていなかったことに気付いていない(不毛な・・)

全ては「なりゆき」で進むのであった。

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