[小説]中原幹雄誘拐事件(3)

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翌朝。

結局一睡もできなかった幹雄は。
布団の上であぐらをかき、ぐったりとしていた。
「……やっと……朝かぁ……」

寝不足でボーっとしていると、
ドアをノックする音が。
「…中原殿。社長がお呼びです。ご案内しますので
ドアを開けさせて貰います」

(社長…?昨晩のあの人のことかなぁ…)
しばしの間をおいて、ドアが開く。
ここで抵抗して逃げることもできるのかもしれないが、
昨日の昼から何も食べておらず、睡眠不足もたたり、
もはやそんな気力は残っていなかった。

幹雄が連れてこられたのは、上座の社長…
昨晩の、威厳のある男を中心に、配下の者が
30~40人くらい、ズラリと並んだ宴会場。
どうやら、会食をするらしいが…
いったい、どうして自分がこんな席に同席しなければならないのか。
やがて幹雄は、社長の隣の空席へと招かれる。
「あ、あ、あ…あの…」
わけがわからなく、少々パニック状態の幹雄を、
社長が制し、座らせる。

「昨日は、本当に済まないことをした。
中原殿は丁重にお招きするように、と指示したはずなのだが…
末端の者など使わずに、私が直接行くべきだった」

そう言って、社長は深々と頭を下げる。
幹雄は、組織のトップである男に頭を下げられ、
少々とまどうが、ビビアンを落とされたことを思い出し、
秘めた怒りをこみ上げさせながら、少し強気に問う。
「ところで、いい加減教えていただけますか。
ここはどこで、あなた方は誰なんです?
僕は、どうしてここに連れてこられたんですか?」

「そ、それは………」
社長が真相を話そうとした、その時。

 ”ドッッガアアアアアーーーーン!!!!!”

どこからか爆発音が。
「なっ、何だ!?何事だ!!」
「裏庭の方からだ!!」
「至急確認しろ!!!」

駆けつけた、建設会社の社長・社員達、そして幹雄が見たものは…

幹雄にとっては、見慣れた顔だった。
その見慣れた顔の人物は、首を90度あげても
てっぺんがわからないくらい、巨大化していた。
「くっ、久我さん!!」

 ”フフフフフフ……中原くん、無事で何よりだよ…フフフフ…”

幹雄の安全を確認すると、久我は高々と両腕を挙げる。

 ”フフ…フフフフ…見たまえ、諸君!!!
久我印巨大化薬、バーーーーーージョンスリィィィィイイ!!!!”

そう叫ぶと、例の怪光線を、周囲の植木、草木、山並みに吐き出した。
植物達は、一瞬にして満開の「桜」に変わる。
以前のバージョンは、極彩色の熱帯植物だったのだが。
だが、奇妙な動物や昆虫が現れるのは、以前のバージョンと変わっていない。

 ”フフフフフフ…いかがかね…?
名付けて『巨大化薬ジャパニーズスプリングバージョン!!』”

建設会社の社員達は、驚いて皆腰を抜かしてしまっている。
久我の突拍子もない発明を見ることに慣れている幹雄は、
「ちょっと季節はずれじゃないですか?久我さん…」
少し冷めたツッコミを入れている。

 ”さ~あ、中原くんを返したまえ~!!はーっはっはっはっは!!”

久我はすでにあっちの住人かのように、恍惚の笑顔で幹雄の返還を要求する。
…というか、自分の発明に酔いしれていて、幹雄のことはついでといった感じだが。
社長は半泣きで叫ぶ。

「わっ、わかったあ!!わかったからもうやめてくれ!!!」

数時間後。 久我が暴れた後かたづけも終わり、社長と幹雄、そして
幹雄を助けに来たN.H.Kの社員達が先ほどの宴会場で顔合わせをした。
久我はまだ暴れたりないのか、再度巨大化薬を飲もうとしたところを、
眞妃が止め、庭の植木に体と手足を縛られ、猿ぐつわを咬ませた。
もっと暴れさせろと言わんばかりに、唸る久我。
でも何故か目は笑っている。

「…で、なーんで幹雄をさらったんだよ、このオヤジ!」
満が凄む。
「返答によっては承知しませんよ」
隣で眞妃が指をパキポキと鳴らす。
「わ、わかった、最初から説明する…」
久我にさんざん屋敷を荒らされた挙げ句、
また酷い目に遭うのはゴメンとばかりに首を何度もタテに振る、社長。

「中原殿。今年の5月頃…公園の工事現場で
木を伐採しようとしていたのを止めさせたことがあっただろう?」

突然、古い話を持ち出され、幹雄はしばらく考える。
「……あ、そういえば…あのハクセキレイの……」
「私は、あの工事を請け負っていた建設会社の社長なんだ」
話が見えず、『?』マークだらけのN.H.K社員一同。
「その時の現場監督から、君の噂を聞いて…
君は、植物の言葉がわかるそうだね」

幹雄は、キョトンとしつつも、「はい」と頷く。
「この数ヶ月間…君を見つけるのに必死だった。
どうしても、君に頼みたいことがあるのだよ…!!」

次第に、社長は必死な表情になる。
「ど、どう、したんですか…?」

「たっ、頼む!!君なら権三(ごんぞう)を救えるはずだ!!助けてくれ!!」

幹雄、そして社員達は、社長に言われるがままに、庭に連れてこられる。
手入れの行き届いた植木が立ち並ぶ庭の一番奥に、
一本の、枯れかけた樫の木を見つけた。
樫の木の前に来るなり、社長は突然木に抱きつき、頬ずりを始めた。
「ああ…権三…ついに中原殿を呼んでくることが出来たよ…!!
もう大丈夫だよ…!!!」

「な、なんだこいつ、幹雄と同じじゃん」
浪路は目を丸くする。
「探せばいるんだね~!こーいうひとっ!」
幹雄は、特に驚きもせず『権三』に歩み寄る。
「…で、権三さんはどうしたんですか?」
「権三は私が生まれた日に植えられた樫の木だ…
ずっとずっと親友のように大切にしてきたのに…
昨年末あたりから、枯れ始めてきてしまったのだよ…!!!
いろいろと植物学の本を読んだり、専門家に聞いたりしたが、全く治せなくて…
中原殿、どうか、どうか権三にどうすればいいか聞いてくれっ!!!」

社長の涙ながらの願いに、幹雄は黙って頷き、
権三に、もう一歩だけ歩み寄る。
そして、枯れかけの幹に、そっと触れる。
ぐっ、と息をのむ、社長とN.H.K社員一同。

「…権三さんは、とても大事に育てられてきたんですね」

寂しそうな瞳で、幹雄がそっと呟く。
「このまま枯れてゆくのを、権三さんもとても悔やんでいます。
けれども…残念ながら、権三さんは病気です。
もう少し発見が早ければ治せたかもしれませんが…」

幹雄の言葉に、社長は力無く、地面に膝をつく。
「そ……そんな……」
「……社長さん。権三さんを、一刻も早く切って下さい」
「な……何を言ってるんだ!そんなこと出来るわけないだろう!!
寿命がいくばくもないとわかったなら、切らないのが普通だろう!!」

「権三さんも、それを望んでいます」
「なぜだ!枯れるとわかっているなら切った方がいいってことか!?」
怒りを露わにした社長は、幹雄に飛びかかろうとする。
「違います!幹の後ろを見て下さい!!」
「な………後ろ…?」

樫の木は、屋敷の敷地内の隅にある。
樫の木の後ろは槙塀なので、幹の後ろを見ることなど、まずなかった。
社長は、恐る恐る幹の裏を見る。
根本から、高さ50cmほどの枝が伸びている。
枯れて赤茶色くなった幹とは違い、この枝だけ
鮮やかな茶色で、小さいながらも青々とした葉をつけている。
「新しい枝が出来たんです。今はまだ小さな枝ですが、
…古い幹を切った後は、木の栄養がこの枝に集中しますから、
きっとすぐ大きくなることが出来ます。
生まれ変われるんですよ、権三さんは」

幹雄の言葉を聞き、突然、大粒の涙をこぼす社長。
そして再度、権三を抱きしめる。
「権三……っ!!
よかった……よかったね………!!!!」

社長に貰い泣きした幹雄は、
指でそっと涙を拭いながら、言う。

「さあ、帰りましょう。ビビアンが待ってます」

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