[小説]歌う山 - The Singing Mountain -(6)

小説/本文

「あ~~もう……どこだよ、ここは…。」
久我達が謎の基地に乗り込んだその頃。
沙織は基地内を、宛てもなくとぼとぼと歩いていた。
「桐島さんともはぐれちまったし…なぁ。
満はアホだから慌てることも無いだろーけど、あの人はなぁ…」

上総の事は、あれだけ拒絶していても、
いなくなればなったで、気になってしまう。
彼が精神的に追い詰められると弱い事を、誰よりも知っているから。
「まあ…なるようになるか…な。」
しかし、歩いている場所は、延々と銀色の床が続いている。
かれこれ1時間ほど歩いているが、景色は一向に変わらなかった。
「なっがい廊下だなぁ…どこまで続いてんだよ!
あたしをアラスカまで歩かせる気かぁ!?」

何故アラスカという地名が出てきたかは知らないが、
とにかく短気な沙織はイライラが絶頂に達していた。
もう、何でもいい。この廊下が終わるなら何でもいいから起こってくれ。
そんな気持ちだった。

 ”ゴゴゴゴゴゴ……

何やら鈍い音が、遠くから沙織の耳に入った。
「また…地震かな…」
沙織は気づくはずも無いが、この音は久我が基地を爆破した音であった。
「とにかく、誰でもいいから合流したいよな…
浪ちゃんが見つかれば一番いいんだけどさ。」

謎の音を特に気にもせず、沙織は歩く足を速めた。
だが、その時。

 ”……あ~なた~と ふ~たり~……

(ん……歌…?)
しばらく歩いていると、廊下の奥あたりから微かに歌声らしきものが聞こえた。
耳を澄まさないと聞き取れないが、日本語の歌である。
沙織は、自らが知る歌全てを、一瞬にして脳裏に蘇らせたが、
少なくとも、彼女が聞いた事がない歌詞と声であった。
(もしかして…ここの住人さんが歌ってるのか…!?)
足を進めるに連れて、その歌声は大きくなってくる。
その声の正体を暴きたいのと、
この退屈な長い廊下を終えたい気持ちでいっぱいになった沙織は、
廊下を駆け足で突き進んでいった。

しかし。
「止まっちゃった……」
しばらくすると、その歌声はピタリと止んでしまった。
廊下は終わらない。
結局、ふりだしに戻ってしまったのである。
沙織はもう我慢がならなかった。
「ちくしょ――!! いつまで歩きゃいいんだよ!?
もう、浪ちゃんでも桐島上総でも、誰でもいいから出て来ぉ―――い!!!」

『キャ――――――――!!!!』
沙織が叫ぶのとほぼ同時に、
突然天井から甲高い悲鳴が聞こえたかと思ったら、
そのまま沙織の頭上に、人間が落ちてきた。
 ドスン!!!
「うわぁああぁあっっ!!?? 痛ったーぁあっ!!!」
「痛たたたン…………あれっ、沙織ちゃん!?」
「な………ハリーちゃん!?」
思わぬところで、お互い思わぬ人物に出くわした二人は目を丸くした。
「ほらほら、早く退いて!重たいっつーの!」
放心状態で沙織の上に重なったままの明を、沙織は思いきり突き飛ばして退ける。
「いやーン!痛いわン酷いわン!沙織ちゃんっ♪」
痛いだの酷いだの言う割には嬉しそうな明。
「新婚が他の女の上に乗るもんじゃない!」
「いやぁン♪沙織ちゃん、そのセリフちょっとえっち ウフフフフ
どんな状況でもいつも通りの明を見て、
沙織は先ほどまでの不機嫌と不安など、吹き飛んでしまった。
いや、むしろ呆れてモノも言えなくなったというか。

「それにしてもさ、あんたどっから湧いて出てきたのさ。」
「それが……川岸の岩に変な文字が書いてあってねン。
それに触ったらここに飛ばされたのン……って、あッ!」

突然、明の顔が不安げな表情に一変する。
「な、なに?どうしたの?」
「眞妃ちゃん………は、どこ行っちゃったんだろう?」
明は、眞妃が自分を追って、あの文字に触れただろうと予測した。
なら、同じ場所で消えたはずの眞妃は、
一体どこへ飛ばされてしまったのだろうか。

「きゃぁぁああっ!!」
  ドスン!
明を追って、謎の文字に触れて『消失』した眞妃は。
明が落ちたところとは、全く別の場所に落とされていた。
「痛った~……何なのよ……もう……」
眞妃が落とされたのは、沙織がいた場所とはうって変わって、
だだっ広いホールのような場所であった。
だが、壁や廊下の材質は、沙織達がいる廊下と全く同じである。
眞妃は、あたりをぐるりと、360度見まわしてみる。
特に誰も居なければ、何もない。
前方奥に、防火扉のような扉がひとつ、あるのみだ。
「明……?」
先に消えたはずの夫の姿も見当たらない。
眞妃は、ふと上を見上げた。
天井がとても高い。20メートルくらいあるだろうか。
一体、どこに連れて来られてしまったのだろう。
ここは、自分達がいたあの山のどこかなのか?
それとも全く別の場所なのか?
自らの手で基地の扉を開け、侵入した沙織や満達とは違い、
突然に連れてこられた眞妃は、
何もかもが正体不明のこの場所にいるだけで、
まるで夢の中にでもいるかのような感覚に陥った。
この目に映る全てが、ウソのように見えてしまう。

 ”お前の目に映る全てが真実だと思うなよ”

こんな非常事態なのに…ふと、以前浪路に言われた言葉を思い出す。
正しいものは目に見えるものだけじゃない。
そう教えてくれたのは彼女だった。
眞妃は、両手で自分の両頬をパシッと叩く。
呆けてる場合じゃない。
かつて彼女は、眞妃が人生の岐路に立たされた時、助けてくれた。
今度は自分が彼女を助ける番だ。

浪路がここにいるという確証は無い。
だが、不思議と…
彼女はすぐ近くにいる。そんな根拠の無い自信がこみ上げてくる。
「待ってて…浪路。今行くから。」
眞妃は走り、唯一の通用口である防火扉のノブに手をかけ、開けようとした。
その時。
「…うぐっ…!!」
背後から、何者かに口を塞がれた。
とても生きた人間とは思えない、氷のように冷たい手。
眞妃はゾッとしたが、ここで怯んだら負け。
そう思い、ギュッと目を閉じると、その手を掴み、
無理矢理剥がす。そして思いきり投げ飛ばした。
投げ飛ばした『モノ』は、意外にも軽く、
勢い良く床に叩きつけられた。
そして、その正体不明の『モノ』を投げ飛ばした眞妃は、恐る恐る目を開いた。
「だ………誰……?」
眞妃が目にした『モノ』は、眞妃が初めて目にする『生物』であった。

-・-・-・-・-あ、あーあーあ

最初、全く理解の出来ない、意味不明な言葉を発したかと思うと、
声慣らしのように何度も「あ」を連発する、謎の生物。
頭1つに胴体が1つ、手足が各2本。
目が2つに口は1つ。背は眞妃とさほど変わらないだろうか。
見た目は人間とほぼ同じである。
だが…真っ白な短めの髪。
肌は銀色で、身体全体がうっすらと光に覆われているその姿は、
紛れもなくこの地球上の生物ではないことを示していた。
あ、あああーああー。…よし、ノドは大丈夫!
今度は、ハッキリとした日本語で話す。
眞妃は、訳が分からず呆然とするばかりだ。
あ、ドーモ。いきなり投げ飛ばされたんで驚きました。
見なれない方がいらしたんで、声を掛けようとしただけなんですが。

声を掛けようとするだけでどうして口を塞ぐのか。
よく分からないが、どうやら悪意はなさそうである。
眞妃は、恐る恐る口を開く。
「あの……貴方は、誰…ですか?」
私はここの住人のムニォネピェヤヌニスリャンと申します。
「はっ!? ムニ…??」
聞いた事もない響きの名前に、眞妃は最初のニ文字しか覚えられない。
まあ、長い名前ですから、略してピーターとでもお呼びください。
「どうしてその名前でピーターになるのよっ!?」
見知らぬ生物に対しても、眞妃のツッコミは容赦ない。

ところで、先ほどから基地内に侵入者が
何名かおられるようですが…あなたのお仲間でしょうか?

どうやら、基地内にN.H.K社員達が潜りこんでいる事は、
この『ピーター』にはお見通しらしい。
(もしかして…明も、その他の人も…この基地に入りこんでるのかしら…?)
侵入者がいても、特に慌てずにキョトンするピーターを見て、
眞妃は最も重要な事を思い出す。
「…し、侵入者って…
私は行方不明になった私の友達を捜していたら、
良く分からないけど、ここに来ちゃったのよ!
別に狙って来たわけじゃないわ!
妙な文字が書かれた岩に触っただけで……」

眞妃の言葉に、ピーターはポン、と手を叩く。
妙な文字…?ああ、それ、私が書いたんですよ。
『落し物を預かってるので、ここから取りに来て下さい』って。
私、字を書くのは少々苦手なので、読めませんでしたかね?
いやいや、お見苦しい。

「っていうかそういう問題じゃないでしょ!!
日本語で書きなさいよ!」

初対面のくせに、結構テンポの良いボケツッコミを繰り広げる二人。
しかしその直後、眞妃の目の色が変わった。
「…って、まさか…まさかその落し物、って…!!」

眞妃がそう言った瞬間、ピーターはものすごい光に包まれ、
一瞬にして姿を変えた。
その姿は……皆が捜し求めている、その人の姿だった。
「なっ、浪路!?」
こういう姿のお方をこちらで預かっております。
既にお一人、引き取りにいらしてますが。
よろしかったらそちらまでご案内しますよ。

捜しに捜し求めていた浪路が、ここにいる。
颯爽と元の姿に戻ったピーターの後を、眞妃はほんの少し緊張した面持ちでついて行く。
(よかった……助けてくれた人が、普通じゃないけど、
もう、無事だったら何でもいいわ……)

ピーターの話だと、既に先客が一人、いるらしい。
もしかして明だろうか?
明は元々、浪路とは仲が良い。きっと人一倍、彼女の無事を喜んでいるだろう。
さ、こちらです。
ピーターに案内された、曇りガラスの張られたドア。
そっと手で触れると同時に、溶けるように消えた。
これがピーターの国の科学なのだろうか。
しかし今の眞妃には、そんなことはどうでも良い事だった。
10メートルほどの細い廊下を抜けると、
学校の教室くらいの広さの部屋に辿りついた。
「な、成沢さん…」
少々間の抜けた声で名を呼ぶのは、先刻ピーターが話していた先客。
明ではなく、上総であった。
そして…
上総の後方には、壁や廊下と同じ材質と思われる金属製の台。
その上に、浪路は横たわっていた。
「浪路…!!」
眞妃が最後に見た、あの時の服装のまま。
見た目、外傷も全くない。
数時間前は、あんなに憎まれ口を叩き合ったのに、
今、彼女をとてもいとおしく感じる。
早く……彼女の声が聞きたい。そして、謝りたい。
そう思った眞妃は、微笑んで涙ぐみながら呟く。
「早く…目覚ましなさいよ……もう。」

その言葉を聞いた上総は、そっと、眞妃の肩に手を触れる。
珍しく眼鏡を外し、眉間にしわを寄せる上総。
「どう…したんですか?桐島さん…」
「成沢さん……東堂さんは、もう……」
「……もう……?」

「………亡くなられたんです………」

苦しそうに、吐き出すようにそう言うと、
上総は服の袖で、涙を拭った。

「………嘘、でしょ………?」

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