「へぇ、それじゃあリーザさん、記憶が戻ったんだ」
昼休み。
みはるから、昨日の出来事を伝えられた橘は感心する。
だが、みはるの表情は何やら複雑そうだ。
「そうなんだけどねぇ~…」
「ん?何か問題でもあったの?」
「……リーザ様、前にパノスくんから見せてもらった写真のとおりの人って感じで……
すごく乱暴そうで、こわかったの」
「え……」
「暴れだして、瀬上さんを殴ろうとまでして…白鳥さんが止めてくれたからよかったけど」
あんなに穏やかで優しく、美しかったリーザが、記憶を取り戻したというだけで、その変貌ぶり。
みはるはショックを隠しきれない。
「そうだったのか……今日、リーザさんは会社に来てるの……?」
「ううん……昨日、会社から飛び出していなくなっちゃったきりだよ。
瀬上さんから聞いた話だと、『記憶を取り戻したことを後悔させてやる』とか言ってたとか…」
「後悔、って…いったい何をするつもりなんだろう…?」
「どうも~こんにちは~。ドミドミピザで~す!」
二人が深刻そうに話していると、間に割り込むようにやって来たのは、
社内でも利用者の多い宅配ピザ屋の店員、北見川かれんであった。
「あ……どうも。配達ですか?」
「はい~。今日はたくさんのご注文、ありがとうございますですよ~。
ひとりじゃ持ちきれませんでしたよぉ~」
「……たくさん……?」
橘が首をかしげていると、かれんはもう数人同行してきた店員をこちらに案内する。
すると、3人がそれぞれ台車に載せた、大量のピザの箱を運んできた。
「ちょ………っ!?な、なんですかその量は!」
ゆうに100箱はあろうかという、大量のピザ。
社員全員で食べても食べきれないくらいの量である。
「え~?ここの社員さんの、レオンハルトさんって方が頼んでくれたはずですよぉ~。
さすがのあたしだって、何回も何回もききなおしちゃいましたもん!間違いないです。」
(『後悔させてやる』って言ってたっていうし…まさか)
「……嫌がらせ……?」
確かにこれだけのピザ、会社の名前を使って注文されたら会社にとっては痛手である。
しかしなんという子供っぽい報復であろうか。
「あ、あの……その、もちろん支払いしなきゃですよね……」
びくびくしながら、みはるが支払いのことを口に出す。
「え?お支払いならすでに済んでますよ~。」
あっけらかんと、かれんが答える。
「ええ!?」
「昨日ご注文いただいて、そのときはお支払いのこととか、何も言われなかったんですけど
今朝うちの銀行の口座にきっちり入金があったみたいです~。レオンハルトさんの名前で」
(嫌がらせのつもりで注文したとすれば……支払いされてるのはおかしな話だな……。
いったい、何がしたいんだろう?リーザさん……)
その後も、会社に対する奇妙な嫌がらせは続いた。
だが、迷惑であることには変わりないのだが実害がないように
フォローがされているのがなんとも不可解であった。
事務の消耗品が勝手に大量に注文されてたけど、注文時に交渉してかなりの格安で入荷されてきたり
会社の最寄り駅に、会社の名前で『爆弾を仕掛けた』と脅迫電話が来たけど、
指定の時間になったら有名サーカス団のゲリライベント(出演料支払済)が開催されたり
会社の前の公園に突然大穴が開けられたかと思ったら、そこから温泉が沸いて出てきたり
東京ドームでのプロ野球の開催時に突然煙がまかれたと思ったら、
景品つきの風船が大量に飛ばされるサプライズイベントだったり
これ以外にも様々な出来事が、会社の名前を使って、会社に迷惑にならないように起こっている。
「……いったい、迷惑をかけたいのかそうじゃないのか、わからないわね……」
どの出来事も、リーザの名前が出てきたり、彼の姿をその現場で目撃したという証言が多々あるのだ。
彼を捕まえようにも逃げるのがうまく、なかなか捕まえられないでいた。
「捕まえて直接問いただすことが出来ないなら……彼から直接『読み取る』しかないわね……」
ひとつの案が思い浮かんだ奈津恵は、内線電話のボタンを押した。
「今度は東京タワーで爆破予告があったらしいぜ。午後2時らしいよ」
「でもきっと最近色々ある『アレ』だよなきっと」
「今日は何が起こるのかなぁ」
ここ数日の、恐ろしくも楽しい『サプライズ』に、都民もだんだんと慣れてきたらしく、
ついにはこうして楽しみに来る人々も現れ始めた。
そんな不安と期待を抱いた人だかりの中に、奈津恵の指令を受けた橘も混じっていた。
(この人ごみの中には、リーザさんはいないっぽいな…。
……しかし、会社からこういった形で僕の能力を利用されるのなんて、初めてだな……)
「レオンハルトさんは、毎回現場には必ず現れている。逃げて消える前になんとか探し出して、
彼の一連の行動の理由……本心を、読み取ってきて頂戴」
それが奈津恵からの指令であった。
(そろそろ時間か……)
いったい何が起こるのだろう。
これが、毎回リーザが引き起こしている『うれしいサプライズ』ならば、何か愉快なことが起こるはずだが。
”ド――――――………ン!! ”
(えっ!?)
どこからか爆発音が聞こえた。
音のあった方向を見ると、黒い煙が立ち込めている。
浮き足立っていた人々が、パニックになりその場から散り散りに逃げ出す。
爆発による怪我人も出ているようだ。
(本当に『予告どおり』に爆発が……!?そんな、今までのパターンなら……)
”誰だぁぁあああ!!! 我輩の予告に便乗して爆弾なんぞ仕掛けた奴は!!!!!!! ”
呆然と立ち尽くす橘の頭の中に、激しい感情が入り込んできた。
(リーザさん!?)
勘に頼りながら辺りを見回すと、割とすぐそばにリーザの姿が。
橘は、声を出さずに彼のそばまで駆け寄り、手首を掴んだ。
「リーザさん……!!」
「!!! 貴様は会社の人間か!? 離せ!」
リーザは掴まれていない方の手から、衝撃波のようなものを出し、橘を退けた。
跳ね飛ばされた橘は、無残にもコンクリートの上を仰向けにスライディングさせられた。
「…い……痛たたた……」
「ご苦労。後は俺が相手するよ。君は怪我した人の救助をしてあげて」
倒れた橘の前に立ちはだかったのは、夜半だった。
「白鳥部長…!?」
「リーザ君を見つけるまでが、君の仕事。でも彼は魔導師だからね。捕まえるのは容易じゃない。
捕まえるのは俺の仕事ってわけ。
…しかし、ここに来てとんでもない事をやったな、彼は」
「い、いえ、リーザさんは…」
リーザは、夜半の姿を確認すると、先日自分が気絶させられた恨みを思い出し、激昂する。
「また貴様か……!! この間は世話になったな!! だが今度はそう簡単にはやられんぞ!!
目を覚ましてから、魔導の腕もだいぶ元に戻ってきたからなぁああ!!!!」
そう怒鳴りながら、リーザは腕を振りかざし、先ほどよりも格段に強い衝撃波で攻撃しようとする。
「………!!!」
しかし、何故か一瞬、動きが止まった。
その隙を、夜半は見逃さなかった。
一瞬にして、いとも簡単に両腕を押さえつけられてしまう。
「思ったよりあっさり捕まってくれたねぇ。さて、この爆発騒ぎ。どう収拾つけてくれようかね……」
「ひっ……」
その場で食い殺されてしまうのではないか、と思わされるほど冷たい目で睨まれたリーザは、
口答えも出来ないほどの恐怖に震え上がった。
「待って下さい白鳥部長!この爆発はリーザさんがやったんじゃないです!」
そう言って、橘は慌てて二人の間に割って入る。
「さっき、リーザさんの腕を掴んだ時に…読みました。
この爆発はリーザさんの予告に便乗して、別の犯人が引き起こしたもので、
リーザさんは爆発させようなんて思ってなかったし、そんな準備もしてなかったんです」
「……………」
橘の言葉に、リーザは不満そうではあったが反論はしなかった。
「あと……怖い予告をしておきながら、結果的にそうならない事件ばかり起こしていたのは……
……白鳥部長、そのままリーザさんを抑えていてくださいね」
橘は、そう夜半に念を押すと、神妙そうにリーザの手を握った。
「き、貴様、なにを……!!」
『………白鳥部長、彼を止めてくれて…ありがとうございました』
姿も声も橘だが、夜半にはすぐにそれが『別人』であることがわかった。
「君は……大島君じゃないね」
『はい。僕は……記憶を取り戻す前の、フレスリーザです』
「貴様……やはり消えていなかったのだな……邪魔ばかりしおって……!!」
「……邪魔?」
「我輩は……本当に、会社の奴らに一泡吹かせようと思って、色々と企てておったのだ。
だがそれを、全てこいつが後から根回しして、何事もなかったように仕立ててしまうのだ」
そう言って、リーザの本体は悔しそうに睨みつける。
「なるほどね。君が蒔いた種を、元のリーザ君が刈り取っていたわけか。
さっき、攻撃しようとして一瞬ためらってくれたのも、そのお陰ってところか。
それなら今までの不可解な行動も説明がつくな」
『…確かに、そうです。でも……本当にやるつもりなら、僕がどんなにフォローしたって、
貴方が本気なら、もっと酷いことだって、出来たでしょう?でも、そうしなかったのは……』
「……うるさい……」
『……寂しかったんですよね……?』
「黙れえええぇぇえええ!!!!!」
叫ぶと同時に、リーザは魔力を暴発させた。
油断していたのか、夜半もその衝撃で吹き飛ばされる。
「うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!
たかが、我輩に作り出された弱々しい人格のくせに分かったような口を利くな!!!
我輩に味方など、仲間など最初から一人もいないのは、重々承知だし
そのようなものを望んだ記憶もないわ!!!!
……望んだところで、裏切られるだけだ!!!!! 我輩は誰も信じない!!!!!」
強がりを言いながらも、リーザの瞳には涙が浮かんでいた。
リーザと繋いでいた手が放されたため、橘が意識を取り戻す。
「リーザさん…!! 記憶を取り戻す前の、優しいリーザさんだって、あなたの一部に間違いないんです!
あのリーザさんの人柄は…あなたが心の奥で理想としていた…憧れていた、自分の姿じゃないんですか!?
そうなれたらいい、と願ってあのリーザさんの人格を自分で作り、
日本で第二の人生を歩もうとしてたんですよね!?」
リーザの心とずっと繋がっていたせいか、感情移入して橘も涙を流す。
自分の思っていたこと、やってきたこと、全て見抜かれてもリーザは首を思い切り振る。
「違う!!!違う違う違う違う違うっ!!! 貴様らに何が分かる――――――!!!!!」
そう絶叫すると、リーザは忽然と姿を消した。
「! しまった、空間移動……逃げられたか」
リーザが空間移動で逃げた場所は……東京タワーの頂上近くであった。
「もう……この世など信じられんわ。さらばだ……」
夜半と橘が彼の居場所を確認する前に、リーザはタワーから静かに飛び降りた。