[小説]素敵な恋の忘れ方(プロローグ)

小説/本文

隅から隅まで目を通し、チェックを入れ、印鑑を押す。
一枚、また一枚と重ねられてゆく書類。
事業企画部の蔵石沙織は、果てしない山のような書類に埋もれていた。
「いやー、やっぱ月末はしんどいなぁー」
二人分のお茶を片手に、湧木廉太郎がやれやれと言った感じで積み上げたれた書類を見渡す。
「お茶ありがと湧木。そこに置いといて」
「へいへい…ってお茶置くスペースが1ミリも無いッスよ沙織ねぇさん…」
彼、湧木廉太郎は。特定の部署には所属せずに人手の足りない部署を転々とするという
社内ではいわば遊撃手のような役割を担っている。
ついこの間までは開発研究室に所属していたが、
ひと月ほど前から急に仕事の増えた事業企画部へと移ってきたのだった。
とは言え、どの部署でも長期間は所属しないため、重要な仕事は任されず
する仕事と言えば雑用とお茶汲み程度であるが。

「ふー、とりあえず今日はこのへんにしておくかぁ」
時計は23時を回っていた。
「おつかれさん!」
「湧木も悪かったね。単に書類のコピーとるためだけに付き合わせちゃってさ」
「いやいや、どうせ早く帰ったって他にやることないし~
あ、駅前のお店で買ったうまいクッキーがありますよ。どぞどぞ」

社内に誰もいないせいか、湧木がクッキーを皿にあける音が妙に大きく響く。

「それにしても、ここ毎日のように仕事に付き合ってもらったおかげで今月は早く片づきそうだよ。サンキュね!
あんたもこんなに残業したの初めてでしょー、残業手当楽しみだよな!あはは」

「そーっスね……でも仕事が忙しかったから、っつーよりも……」
湧木はクッキーの山に延ばした手を止め、その手を沙織に向ける。
「沙織ねぇさんと一緒に居たかっただけッスけどね」
延ばした手は、忙しい仕事で乱れた沙織の前髪を掻き上げた。
「わ、湧木?」

「僕、分かりやすいから気づいてたと思いますけど。沙織ねぇさんのこと、好きなんです。
よかったら、僕と付き合わないッスか?」

沙織が、クッキーを噛みしめ甘さを味わいながら頭の中で
桐島上総の手作りクッキーが食べたいな、ぼんやりと思っていた矢先の告白であった。

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