[小説]素敵な恋の忘れ方(2)

小説/本文

それ以来、上総はまた出張続きの日々で会社にはほとんど顔を出していない。
一方の湧木は、上総とあんなやりとりがあったにも関わらず、沙織のことを問いつめはせずに
「それでも最終的には僕を選んでくれたんだから、それだけでも十分だよ」
と、変わらず優しく接してくれている。
あの屋上の騒ぎから、色々とよからぬ噂は立ったものの、次第に二人は周りにも理解され、公認の仲となっていった。

そして上総と沙織は……社内ですれ違っても言葉も交わさなくなっていた。

それから何事もなく数日が過ぎ…季節は12月。
暮れの仕事の追い込みで、沙織と湧木はまたしても残業地獄へと突入していた。
「一年なんてあっとゆー間だなぁ。もう年末か」
「沙織。クリスマスはホントにどこにも行かないの?」
「えー、大体どこ行くってのさー」
「え、ほら…クリスマスのイルミネーションとか見に行ったり、ホテルで食事とか…」
「あーやだやだそんなん」
あっさり断られてショックを隠しきれない湧木。
「イルミネーションなんてヒトだらけでウザいし、ホテルで食事とか金かかるし
廉のウチでケーキでも食ってる方がよっぽどもいいよ」

少しだけロマンチックなムードを期待していた湧木は小さくため息をついた。
まあ、これはこれで沙織らしい意見なのだが。
実際湧木も、沙織と居られれば場所なんてどこでもいいのだが。
(そういえば、去年のクリスマスは……)
暇だからという理由で「なんとなく」上総にメールをしたら
「たまたま」向こうも暇だというので一緒に過ごしていた。
(たまたま暇、という割には手作りケーキが用意してあったりちゃっかりプレゼントが用意してあったりで
実は計算ずくでしたというあいつに無性に腹が立ったっけ……)

「ん?何がおかしいの?」
思わず思い出し笑いをしているところを湧木に見つかってしまう。
「あ、いや。なんでもないよ。今年からあんたとクリスマス過ごすんだなーって」
誤魔化しとお詫びも含めた満面の笑顔を彼に向ける。
「ホント、今年から……そう、毎年一緒に過ごしていこうね」

時計を見ると19時を回っていた。
「ぅあ…やべ。そろそろ迎えに行かなきゃ」
「あ、そっか。今日は妹ちゃんの塾の日だっけ」
湧木には年の離れた、小学生の妹がいる。
両親は既に居ないので兄である彼が親代わりである。
「別にそんなに遠くないし一人で帰らせてもいいんだけど……こないだ酔っぱらいに絡まれそうになったとかで
一人で帰るの怖いっていうし。仕方ないよなぁ」

「最近物騒なんだからちゃんと送り迎えしてあげたほうがいいよ、お兄ちゃん」
「年上のクセにお兄ちゃんとか………ああごめんなさいそれは禁句でした、ハイ」
無言で眉間にしわを寄せた沙織に平謝りする湧木。
「それじゃ、あとでメールするよ。お疲れ~」

職場に一人残された沙織。
さてもうひと頑張りと、新たな書類に手をかける。
(廉とは………順調だよな、うん)
何故か、言いきかせるように思う。 (ホントに…イイ奴だよ。仕事も出来るし、しっかりしてるし、何より一緒にいると楽しいし。
…誰かと違って、不安になる要素なんてなんにもないし)

一つ一つ確認するように考えつつ、ペンを走らせる。
(なのに…どうして……)

「ああもう…今日は寒いわね。お疲れ様」

誰もいない職場に、沙織にとって聞き慣れた親しみのある声が。
「あ…っれ、姉ちゃん?」
人事部長であり、沙織の実の姉でもある瀬上奈津恵であった。
「会社じゃそう呼ぶなって言ってるでしょ……って、誰もいないからいいか」
「30年近くも姉妹やっててそうサクッと割り切れるわけないっつーのー。
ってかこんな遅くにどうしたん?」

「ちょっと忘れ物をね。すぐ帰ろうかと思ったけど…コーヒーくらい飲んでいこうかしら。沙織も飲む?」

奈津恵の入れてくれたコーヒーで沙織も一息つける。
「今日は一人で残業なのね。湧木君は?」
「ちょっと用事あって先帰ったよ」
「ふーん、そう」
特に気にも留めないと言った感じの奈津恵とは裏腹に、
さっきから一人で考えていたことが頭から離れない沙織は悶々とした表情でコーヒーをすする。
「……ん?どうしたの」
表情を読みとった奈津恵が心配そうに見る。
「な、なんでもないよ」
「もしかして、湧木君と上手く行ってないとか?」

「んや、全然。上手くいきまくりだよ」
「そう、ならいいんだけど」
そう、不安になることなど何もないはずだ。なのに…
「………上手くいきすぎてて、怖いってことあるのかな」
「え?」

「ごめんね、姉ちゃん。こんな遅くにさ。
少しの間、あたしの話に付き合ってくれないかな」

沙織は、時間の許す限り、今まで自分と上総の間に何があったのか、
そして湧木との現況など、思いつくままに語り続けた。

「…………」
「な、なんつーかごめん…こんなめんどくさい話で…」
話を聞き終えた奈津恵は何故か黙ったままだ。
「あ…姉貴?」
「……ひとつ訊いていいかしら」
「?」
「沙織は桐島さんのことが好きなの?」
「ぶ」
唐突に問われ、沙織はコーヒーを吹きかける。
何をいきなり、と苦笑いする沙織をよそに奈津恵は言葉を続ける。
「亡くなった奥さんの身代わりとかそういうのは、はっきり言ってどうでもいいわ。
まずは自分の気持ちがどうなのか、言ってみて」

「あ……あたしは……」
「奥さんのことがなければ付き合ってもよかったの?」
「……!」
上総にも同じ事を言われた。
しかし彼の奥さんの存在まで否定するつもりなど毛頭ない。
「もし…そうだって言うなら、沙織こそ桐島さんをうわべでしか見ていない。
桐島さんを『私を奥さんの代わりとしてしか見ていない』なんて責める権利は無いわよ」

「…………」
「ちょっとキツい言い方するけど…
桐島さんを本気で好きになるのが怖いから、たまたま言い寄ってきた湧木君を盾にして
自分の正直な気持ちにブレーキかけてるんじゃないの?」

「! そんな……こと……」
「湧木君に対してなんの不安もないってのは……特に好きでもなんでもないからよ。
仮に明日湧木君に別れを告げられても、きっと大したダメージにはならないわね」

「…………」

「不安ってのはね……好きだからこそ起きるものなのよ」

タイトルとURLをコピーしました