[小説]素敵な恋の忘れ方(4)

小説/本文

クリスマスイブの夜、22時。何故か明かりの灯る、ねぎ秘密結社開発研究室。
どういうわけか室長の久我が緊急召集をかけて会議を開いたのである。
「さて、もう22時か。以上で会議を終了する」
研究員達は、気だるそうに帰り支度をする。
「なんでわざわざクリスマスの夜に新製品の開発会議なんてやるんだ?つーかオレ社員じゃないんだけど」
開発研究室のアルバイトである仙波継人が、久我を睨みながら会議の資料を投げ捨てる。
「フフフフ……優秀な研究者たるものクリスマスも正月も関係なく仕事するものなんだよ……」
「ただ単に街中で幸せそうなカップル達を見て腹が立ったからって、
研究員に幸せなクリスマスの夜を過ごさせないなんて、やーな性格よね」

久我の娘であり研究員の一人でもある在素が呆れて言う。
「そんなことしなくても、一緒に過ごす相手なんて居ませんよ…僕は」
力無く苦笑いするのは、上総。
「そういう割には研究室の外で誰かお待ちかねみたいよ?上総さん」
「え?」
扉を開けた在素の向こうには……
「さ…沙織さん?」
「いよう。こんな日にこんな時間まで仕事たぁ頑張るねぇ。お疲れさん」
「ど、どうしたんですか?こんな時間に…しかも今日は」
「まあ、『たまたま』会ったことだしついでだから一緒に帰る?桐島さん」
た、たまたま?
クリスマスイブ、週末、時間は22時。場所は会社。
冗談でもたまたまとは言えない状況にも関わらず偶然を押し通し、玄関に向かって歩く沙織のあとを、
上総は訳も分からず付いていった。

早足ですたすたと駅前に向かう沙織。
それを追いかける上総。
「さ、沙織さーん?ちょ、ちょっと……」
状況が把握できない上総は、沙織の少し後ろを歩きつつ様子を伺った。
ふと足を止める沙織。
「あのツリー、綺麗だよね」

駅前広場に展示されている、高さ5mほどのクリスマスツリーの前には、夜遅くにもかかわらず、人だかりができていた。
人混みが苦手な沙織は、ツリーからやや離れたところで指さす。
「そんな脳天気に……今日は湧木君と一緒じゃなかったんですか?」
「うん、一緒だったよ。さっきまであいつの部屋にいたし。

……でもやっぱあたし桐島さんのことが好きだからごめんね、って飛び出してきちゃった」

上総は自分の耳を疑った。
彼女は今、何と言った?
周りのざわめきに混じって聞き間違えただけかもしれない、そう思うと恐ろしくて聞き返すことなどできなかった。
戸惑っている上総を置いて、沙織はさらに歩き始める。

ツリーから更に離れ、人気もまばらでほとんどの店が閉まった通りの途中で沙織は立ち止まった。
ずっと沙織の後ろを歩いていた上総だったが、今度は彼女と向き合うように立つ。
「あたしね、もうずっと前から…桐島さんのこと好きなんだよ」
上総が訊き返す前に、今度ははっきりと告げる。
「でもそれを認めたくなかった。一度結婚に失敗してたあたしは…あんたの言うとおり、本気になるのが怖かった。
前みたいに、本気になって裏切られるのが何よりも怖くて怖くてたまらなかった。
恋愛で傷つくのはもうホントに懲り懲りだったんだよ……」

精一杯、笑顔で告げようとする沙織だが、瞳は既に涙でいっぱいだった。
「だから、あんたを責めたり、あんたの奥さんのせいにしたり……湧木を利用したりした。
ホント、最低な女だよ。こんな嫌な性格、自分でも腹立つよ。でもね……
あんたがホントに好きだったから、あんたから要らないって言われるのが怖かった…ん…」

涙をこらえ、言葉の続く限り話し続けた沙織だが、とうとう堪えきれず黙り込んでしまう。

上総は、思いも寄らなかった涙の告白に、戸惑いを隠せない。
「貴方の幸せを考えて、身を引いたのにと思ったら……何というか、まだ信じられないんですけど…」
「…い、今更…好きだなんて言っても…もう遅い……?遅いよね……
ほんとにバカだったよ最低最悪だよあたし……!でも好きだったから…ほんとに……
あああだからってこんなことほんとにバカ……」

今まで誤魔化し、隠して溜め込んできた想いが、蓋が外れたかのように次から次へと零れ落ちる。
まるで駄々をこねる子供のように泣きじゃくる沙織。

信じられないという気持ちと、告白されたからといって、すぐに触れるのはおこがましいという気持ちから
手を出せずにいた上総だが…。
これはさすがに抱きしめずにはいられなかった。
「ぅひゃっ!?」
無言で一歩詰め寄られ、きつく抱きしめられた沙織はびっくりして変な声を出す。
「遅く…遅くなんか、ないです。
貴方が、他の誰かを選ぶのなら身を引きますが…そうでなければ一生でも待つつもりでした」

「……桐島さん……」
最初は戸惑っていた沙織も、上総の想いを確認すると、安心したように彼の胸にしがみついた。

「……やっと……。本当に、手強かったです……」

長い時間をかけて、ようやく結ばれたふたりを祝福する花吹雪のように、雪がちらつき始めた。

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