[小説]素敵な恋の忘れ方(終)

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クリスマスも終わり、月曜日。
会社はすっかりと年越しムードである。
一年の埃を払い、職場をピカピカにし、書類の山をまとめる社員たち。

「あー、諸君。作業中済まない。
来月から我が開発研究室は忙しくなることが予想されるので、また湧木君に手伝って貰うことにした。
何か任せたいことがあれば遠慮無く彼に頼むといい」

久我に紹介され、研究員に一礼すると……あからさまに視線を逸らしている上総の方を向く。
「桐島主任。なんッスかその『うわー一番会いたくない奴が来ちゃったよー』って顔は」
「い、いや。全然そんな事思って無いですよ」
「どうやら僕に一発殴られてもおかしくは無いという状況なのは分かってそうッスね。
クリスマスイブの夜に人の彼女かっぱらっていったワケですから!」

え!?
マジで!?

湧木が大声で、周りにわざと聞こえるように言った言葉に研究員達が反応する。
「ち、違います!別にさらっていったわけじゃなく沙織さんが自分から」
「会社帰りに会ってたのは知ってんだ!どうせその後自宅かどっかに泊まったんだろ!え!?」
「…………」
「そ こ は 否 定 し な い の くぁ――――――!!!」
今にも殴りかかるかに見えた湧木を、研究員達が慌てて止めに入る。
しかし湧木は、本気で殴ろうとはしていなかった。

「…わ、湧木君…?」
「まぁ、もういいッスよ。沙織……ねぇさんが、決めたことだし。
あんたを責めるのもお門違いなのはわかってる。潔く諦めるッス」

「……い、意外に諦め良いんですね……」
「まぁね。どっかのおっさんみたいにヘビのよーにしつこい性格じゃないッスからね!自分は。
世界に女は沙織ねぇさんしかいないワケじゃないしーっ」

「湧木君………」
口を尖らせむくれつつも片付けの手は止めずに、湧木はため息混じりに呟く。
「……ま……あの雨の屋上で、普段穏やかなあんたが、人でも殺しそうな目付きを見せた時から、
この二人はただ事じゃないなとは思ってたし、あの時にこうなることは予測してたッスよ」

暴走しては後悔する。上総にとってはいつものパターンなのだが、
キレた時の自分はそんなにも怖いのかと、上総は改めて頭を抱えた。
「それにねー、今回もやっぱ僕の悪い癖が出ちゃったッスかねぇ。まあいつも通りッスよ」
「癖?」
「僕、自分じゃない他の誰かを好きな女の人しか好きになれないんッスよ。
…沙織ねぇさんが、僕が告る前からあんたを目で追ってたの、気づいてた。
その時から、内心は、正直勝ち目ないかなーって思ってたけど」

「ええ?じゃあ何故告白なんて」

「だって、一途に恋する女って可愛いじゃないッスか。ねぇ?」

「…湧木…頼むから、それ以上ハズいこと言わないで…お願いだから」
事業企画部から企画書を届けに来た沙織が、顔を真っ赤にして止めに入る。
「えー?黙って身を引いてあげるんだからそのくらいの報復なんて安いじゃないッスか~
……全く、沙織ねぇさんは『忘れた』なんて言っておきながら、しっかり恋しちゃってたんだなぁ~」

「ぎゃー!もうそれ以上何も言うな――――――!!!」

本気の思いをひた隠しにし、誤魔化し、忘れようとまで思った彼女は。
実は誰よりも、誰よりも強く甘い恋の物語を思い描いていた。

上総を、湧木を傷つけた分。
この恋はもう絶対に逃さない、そう強く誓う沙織であった。

END

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