[小説]君に逢えて良かった(2)

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それから、モデルになるのを口実に僕と奏子は大学内で頻繁に会うようになった。
彼女にイメージチェンジさせられてからというもの、
男性は勿論、女性から声を掛けられることも多くなった。
だがその時既に僕には奏子しか見えていなかったのである。
「えっ鳴海さん僕より3つも年上なんですか」
「『も』って……あんたさりげなく失礼だよ!まー3浪してるからねー。」
「3浪ですか……」
「まぁあんたみたいに現役合格できるような変態じゃないからねあたしは」
「変態って。。」
女性と話した事が無かったのが嘘のように、彼女とは毎日話題が尽きなかった。
何の目標も無しに来た大学なのに、毎日が楽しくてたまらなかった。
いつの間にか、モデル業も関係なしに会うのが日課になっていた。
どちらからとも、付き合おうとか好きだとか言う事は無かったが、
彼女とは見えない絆で結ばれている、そう思っていた。

「あたし上総のこと好きだよ。付き合って」

このままそんな日々が続くかと思っていた矢先、そう突然告げてきたのは彼女の方からだった。
「……どうしたんですか、突然」
「えー?だってなんかちゃんと言ってなかったかなーって思って!
で?返事は?まさかゴメンナサイとか言わないよね?」

「そんな強引な告白の仕方がありますか…。」
「上総だからこーいうこと言えるに決まってるじゃんっ。で、返事ー返事ー!」
言わなくても分かってるくせに、駄々をこねる奏子。
これからも彼女とずっと一緒に居たい。
彼女も同じ気持ちで居てくれているならこんな幸せな事はない。

「こんな僕で良かったら…これからも宜しくお願いします」

今思えばこの日が………彼女にとって闘いの始まりだったのだ。

交際宣言をしてから、少しずつではあるが彼女は大学を休むようになった。
会わなかった日は電話で話したりと、交流が途絶える事はまず無かったが。
休みがちの彼女を変に疑う事もなく、出会ってから2年の月日が流れていた。

季節は冬。
都内では12月に珍しく、雪が降っていた。
年越しは帰省し、実家で過ごす予定の僕は、夜中まで部屋の大掃除に追われていた。
今日は忙しくて奏子に電話はしていない。
時計は22時を回っていた。
遅いけど少し電話してみようかと、受話器を手にした瞬間、ドアチャイムが鳴った。
「奏子……!?」
予測はしたものの、こんな時間に訪ねてくるとは思ってもみなかった客に僕は普通に驚いた。
しかし、それだけではない。
彼女の身体に、何時間も外を歩き回ったのが分かる程の雪が積もっているのである。
「……ごめんね、上総……」
一言謝ると、そのまま僕にもたれかかるように倒れ込んだ。
「ど、どうしたの?何があった?」
心配そうに尋ねる僕に、笑って首を振る奏子。
「あはは……なんでもないよ。急に上総の顔見たくなって……」
何でもなくてこんな夜更けに傘もささず歩き回るのだろうか。
「奏子……」
「……今日、泊まっていいかな……」
「…え?」
「今夜はずっと上総と居たい。お願い、一緒に居させて」

彼女は震えていた。
それが雪の夜の寒さからなのか、別の震えなのかは、当時の僕には分からなかった。

その晩、初めて抱いた彼女の肩が、痛々しいほどに細かったのは覚えている。

翌日の朝、彼女を帰らせてから僕は実家に帰省した。
実家から何度か電話を入れたが、繋がる事が無かった。
年が明けてからアパートに戻ると、彼女から留守電が入っていた。

入院するのでしばらく会えない、と。

病院名も告げられずに彼女に居なくなられた僕は、
どうしていいか分からずに夜も眠れない日々を過ごした。
彼女の実家等に問い合わせようにも連絡先を知らなかった。

数週間が過ぎた頃、一時退院したという彼女の方から連絡が入った。
「あたしねー、癌なんだってさ!余命半年とかそこららしいよ」
最後に会った時よりも、更に一回り小さくなった彼女があっけらかんと言う。
「まぁ、結構前からなんか怪しかったんだけどね。なんかイヤーな予感はしてたんだよね。
だから急いで告ったりとか焦ってみたりしてねー、へへへ」

「…………」
言葉を失う僕。
奏子が………死ぬ?
そんな事があり得るのか?
当然ながら、すぐに理解する事など出来なかった。
「あは、びっくりした?そりゃびっくりするか!まーあたしはもう開き直っちゃったし。心配しないで!
しゃーないよね。残りの人生好き勝手やって生きるわ!」

確実にすぐそこに来ている死を目の前にしても、明るく振る舞う、強い彼女。
この笑顔を失いたくない。もう1秒たりとも離れたくない。
思うままに、僕の口から出た言葉は。
悲嘆の言葉でも慰労の言葉でもなかった。

「結婚しよう、奏子」

その後、籍を入れ、僕が一人暮らししているアパートにそのまま二人で住み始めた。
いつとも分からない、しかし近いうちに確実に終わりがくる結婚生活と分かっていても。
一日一日、小さな幸せを噛みしめて過ごしていった。

二人で暮らし始めて半年が過ぎようとしていた頃に、とうとうその時がやって来た。
自宅で嘔吐し、倒れた奏子。
救急車で運ばれて病院に着く頃には既に意識は無かった。
覚悟はしていたものの、耐えきれず気が狂いそうな思いをしながらも、手を握ってしっかりと見守った。

僕は彼女に、形あるもの無いもの、色んなものを与えて貰った。
僕は彼女に何がしてあげられただろうか?
彼女は僕と居て幸せだっただろうか?
彼女に、残り少なかった人生を有意義に過ごさせる事が出来たのだろうか?

彼女に訊きたい事が、話したい事が、今になって次から次へと思い浮かぶ。
もう二度と話せないのか。本当に、これで終わってしまうのか。
何もしてやれない自分が歯がゆく、唇が切れるかと思うほど噛む。
もう医者でも神でも仏でも悪魔でもいい、もう一度だけ彼女の目を覚まさせて下さい。
声に出して言った訳ではないが、彼女の手を強く握りながら懇願した。

ひとりの、医師らしき男が病室に駆け込んでくる。
その時、奇跡は起きた。

「…か……ずさ……」

自分は勿論、ベッドの周りに居た家族や担当医師、看護士も驚いた。
「…あ…たしね……文句ない…よ………すっごい……しあわ……せ……」
「うん……うん、僕も……幸せだよ。好きだよ、奏子」
「……上総……あた…しは……しあ…せ……だから……
かず……さも……ず…と………………しあ…せ……で……いて……

……………ありが……と………」

精一杯の生命をかけて、それだけ言い残すと彼女は瞳を閉じた。
その瞳がまた開くことは、二度と無かった。

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