[小説]夢と魔法の王国で(4)

小説/本文

「…………別れたんだ、彼女とは」

長く間を置いて、ようやくそれだけ吐き出した早瀬は、やや自嘲気味に笑った。
「………え………?」
予想だにしなかった早瀬の告白に、結佳は呆然とした。
「しばらく連絡が付かなくなかったかと思えば、メールで一方的にだったよ。あっけないもんだった。
他に好きな奴が出来たんだそうだ。……まあ、仕方ない。私の力不足だったんだろう」

もう大丈夫、なんてことない。という素振りを見せるも、やはりどこか寂しげな表情の早瀬。
そんな彼を見て、結佳はとっさに、どうにかして彼を励ましたいという思いに駆られた。
力いっぱい、首を左右に振って反論する
「ち……力不足だなんて……そんなこと、ないです!」
「関口……?」
「わ、わたし…いつも、奥田さんに……奥田さん、いつも仕事をきっちりと完璧にこなして、
まとまりがなくいつも騒がしい会社の皆さんをしっかりとまとめて……
いつも…ほんと、本当に……安心して、仕事できるのは……
え、えと、何言ってるかわからないかもしれないですけど………」

必死に、自分の知る限りの早瀬の良い所を全部吐き出そうとする結佳。

「…………ありがとう、関口」

自分を励ましてくれる彼女に早瀬は、普段は見せない、穏やかな笑顔を見せた。
その笑顔に、結佳の胸は締め付けられるように高鳴るが…。
それ以上は、言葉をつぐんでしまった早瀬。

 彼女と別れたならば、今がチャンスではないか?
落ち込んだ彼の心に入り込めば、簡単に掴むことが出来るのでは?

結佳の心の中の悪魔が、そう囁く。
(……確かに、そうかもしれない……でも、違う。
わたし……わたしは……)

「お、奥田さん!」
「なあ、関口……」

偶然、お互いが同時に口を開いた。
「あ、お、奥田さん、お、お先にどうぞ!」
上司に遠慮して、結佳が口を閉ざした。
厚意に甘え、早瀬が少し言いづらそうに言葉を続ける。
「………………今日、何故あの親子と一緒に、ここに来ていたんだ?」
「……え、それは……先日、仕事のことで少し落ち込んでいたわたしに、
パノスさんが、わたしを励ます意味で、ここのチケットがあるから行こう、と誘って下さいまして……
二人だけかと思ったら、保護者としてレオンハルトさんがついて来て下さってたんです。
……ぜ、全然、デートとかじゃないんです。本当に…」

「………そうか。まあ、そうだよな。
まあ、それだけだ。先に訊いて済まなかったな。で、なんだ。」

改めて話を振られ、結佳は、早瀬と隣り合って座っていたのを、向かい合うようにして身体を向けた。
「お、奥田さん、わたしになにか出来ることはありませんか?」
「なにか、って……」
「奥田さん、やっぱり元気がないですもの!わたしになにか出来るなら、協力します!
総務と人事の方々でまた、ここに遊びに来てもいいですし!…あ、来月ある特撮の映画も、また観に行きましょう!
今度のも、すごく面白そうで……! きっと、きっときっと元気が出ますよ!」

必死に、身振り手振りであれこれ提案する結佳だったが…。
「…………いや、いい。」
「……そ、そうですよね……遊園地は今日来たばかりだし、映画なんて……」
あっさりと断られてしまい、がっくりとうな垂れる。
「そんな、ことよりも……」

「………… !?」
しょんぼりと下げていた結佳の頭を、早瀬がそっと撫でた。
「………ここは魔法の国で、誰に何が起こるかわからないものなんだそうだ。」

先ほどの閣下の言葉を借りて、そう前提すると。
早瀬は結佳を抱きしめた。

”―――本日はご来園、まことにありがとうございます。
東京マジカルドリーム王国は、まもなく閉園のお時間でございます――― ”

空に花火が舞い、園内に閉園の案内放送が流れる。
しかし早瀬は、ずっと結佳を抱きしめたまま、動こうとはしなかった。
結佳も、夢のような嬉しい気持ちと、何が何だか分からない困惑の気持ちとが混ざり合って
なすがままに抱きしめられていた。

「………あ……あの………おくだ、さん……?」
「……少し、このままで居させてくれないか」

早瀬は、自分の想いを、ひとつひとつ確認するかの如く、しっかりと抱きしめた。
以前、彼女が自分の生みの親の凄惨な過去を話したくれた時の、心のざわめきや、
今日のリーザ親子へのささやかな嫉妬心。
……そして、彼女を自らの胸に留めた、今この時の安心感。

「………奥田さ………」
「……今、こうしてみてようやく分かった。やっぱり俺はあの時から君のことが好きだったんだ」
結佳が何か言いかけると、早瀬はそれを遮るように…たった今確信した、自らの想いの丈を吐き出した。
「君が通り魔に襲われた時…俺だけにご両親の過去を話してくれた時。
その時はまだ彼女がいたにも関わらず……あの時から…そう、気になってたまらなかった。
今日だって…レオンハルトさんと一緒にいるところを見ただけで、気が気じゃなくなってた」

「……お……奥田さん……」
「俺は君が言うほど大した男じゃない。彼女がいるのに他の女に目が行ってしまったりする最低な男だ。
正義をとことん愛する君からしたら、ただの……」

「そんっ……なこと、ないです!わたし…わたしだって、悪い女です、最低な女です!!」
きつく抱きしめられた腕の中で、結佳が必死に首を横に振る。
「わたし、ずっとずっと、片思いだって思ってました。 奥田さんには彼女さんがいるんですから…
でも、彼女さんがいると分かっていても、クッキープレゼントしたりして……
いつか、彼女さんと別れたらいいのに、って…心の奥では思ってたんです。私こそ、最低です!」

「……関口……」
「そして……それを、以前、成沢さんに見抜かれて…自分の罪深さに泣けてしまったんです。
それが、あの時の涙の本当の理由です。嘘をついてしまってすいませんでした……」

結佳は、徐々にか細くなる声でそれだけ謝ると、早瀬の胸に顔をうずめて泣き出してしまった。
以前、同僚の成沢 明に言われた言葉を思い出す。

”本当に好きなら、彼が犯罪者になろうと狂言者になろうと、何でも受け入れられると思うよ? ”

早瀬の本性を知ったら、軽蔑して嫌いになってしまうかもと、恐れていた。
だが今はどうだろう?自らの全ての罪を、正直に吐き出してくれた彼を……
嫌いになど、全くならなかった。
むしろ前よりも、ずっとずっと、彼のことを好きになった。
ずっとこのまま、自分を優しく包んでくれている彼の胸と両腕を独り占めしていたい。

「……悪人でも、犯罪者でも、どんなに悪い男の人だとしても……わたしは、奥田さんが好きです」

「……ふん、どいつもこいつも、まどろっこしい。
好きならば己の力を信じ押し切れば良いだけのこと。
…最も、我輩のような完璧な男にでもならんと中々自信など持てないのかもしれんがな。
おい!そこのメイド!ミルフィーユとモンブランとレアチーズケーキ、1つずつ持ってこい!」

「ちょ、怖いとーちゃん!さっきからいくつケーキ食ってんだよ!?」
「うるさい!!!今日は元々全て貴様のおごりであった筈だろう!!!」
「あっはっはっは、よく食うな~閣下!…しかしなー、あのかわいい女の子とはっちゃんがなー」

園内のカフェテラスから、園外の喫茶店に移った、閣下・パノス・山音の三人は、
すっかりと打ち解けてしまい、喫茶店のスイーツをむさぼり食っていた。
「というか、なんでいきなり怖いとーちゃんに代わったんだ?」
「あの馬鹿馬鹿しいくらい分かりやすい二人を二人きりにして欲しいと、あいつに頼まれたからだ……
ったく、あいつは気が弱く強引に事を進めるということが出来ないヘタレであるからな。
我が別人格ながら、情けない!」

「閣下はちょ―――っと強引過ぎるけどな!」

ド――――――ン!! ”

この3人も、園外から閉園の花火を窓越しに見つめていた。
そろそろ魔法が解ける時間。
それに合わせるかのように、ケーキをたらふく食べて満足になった閣下が、
元のリーザの人格とチェンジした。
「あの二人、上手く行きましたかね。上手く行けば僕も閣下にお願いした甲斐があったというものです」
「うわっ、いきなり元に戻った!ほんとおもしれーなあんた!」
「………あーあ、結佳ねえちゃんが他の男に取られちゃうなんてなぁ~……」
元の(?)優しい人格のリーザに入れ替わったのを確認したパノスは、
閣下に怒られまいと黙っていた本音をようやく吐き出した。
「……結佳さんも素敵な女性ですけど……閣下のお好みではなさそうです。それに……
閣下の心には、まだまだ君のお母様が印象強く残っているようですし、ね。」

リーザの、想定外の発言にパノスは目を輝かせて飛びつく。
「……そ、それマジか !? 父ちゃんは、やっぱりオレの母ちゃんが一番だってことか !?」
母を亡くした今、新しい母ができたらいいなとは思ってはいたが、
誰よりも自分を産んだ母が一番だというなら、パノスにとってこんなに嬉しいことはない。
リーザは、それ以上否定も肯定もしなかったが、人差し指を口に当てながら、優しく微笑んだ。
「あんまり深く突き詰めると、閣下が怒っちゃいますから。
……だから、他の女性と無理矢理会わせたりするのは、やめましょうね。パノス君。」

いたずら息子が、早瀬と結佳のこれからの幸せを邪魔したりしないよう、
自分なりに、やんわりと釘を刺すリーザであった。

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