” 西城寺 初南賛 様 採用内定のご連絡 ”
「お母さん。疲れてるとこ、悪いんだけど……」
長い撮影から帰り、疲れきって台所で転寝をしかけていた女優・杜若亜紀―――
本名・西城寺秋子の目の前に、
彼女の一人息子で、高校三年になる、西城寺初南賛が一枚の紙切れを差し出した。
「ん……採用通知?どうしたの、これ」
「まぁ見ての通りだけど。……僕、進学はしないよ。
東京の、この会社に就職する」
「就職……あなた、結構成績もいい方なのに大学行かなくて、本当にいいの?」
「この先勉強したいことも思いつかないし…目的不明のまま適当に進学して
学費無駄にするより、社会経験積んだ方がいいと思ったし。
大学は高校卒業してからすぐじゃないと行けないところでもないし」
いい高校にいても、良い成績でも、進学しなければいけないという決まりは無い。
世間一般の流れに囚われない息子の決断に、亜紀は苦笑いを浮かべる。
「……大学くらいは、行かせてあげたかったし、行かせるだけの余裕もあるんだけどねぇ」
「別に、行きたかったらちゃんと大学受けたし、遠慮なんて全くしてないけど。
行きたくもない大学受けたって仕方ないでしょ。
…お母さんだって、女優になりたくて、大学の勉強なんて意味ないって言って中退して
俳優養成所に入ったんでしょ。それと同じじゃない?」
「…………そうね。やっぱり、私の息子だわねぇ」
進むべき道は違えど、過去に自分も息子と同じような決断をしていたことを突きつけられ、
亜紀は諦め気味にため息をつく。
「来年の春から、社員寮に入るから……それと、もうひとつ……」
自分の進路を淡々と述べていた初南賛が、ここに来て言葉を濁した。
「何。言いづらいことでもあるの?」
「…………………隠し事したくないから、言うけど。
その会社。お父さんが幹部として所属してる会社なんだ」
初南賛の言葉に、亜紀の表情が一瞬、強張る。
「でも、お父さんのコネで内定もらったわけでもなければ、
お父さんがいるからって理由でこの会社に入るわけじゃないから。
ホントにね、それだけは信じて欲しいんだ」
自分の言ってることに嘘はない。
ただ、母を悲しませたくはない。その一心で初南賛は必死の言い訳をする。
そしてそんな気持ちを、亜紀も見抜いていた。
息子は嘘をつける性格ではないし、
その場限りの愛想や口説き文句などを使いこなせる器用な男でもない。
「……私達が別れて、私があなたを引き取ってからも、
あなたがお父さんのことを気にかけ続けていたのは知ってるわ。
まあ、自分の父親だもの、当然よね。
気を遣わなくても、お父さんの元へ行きたいのなら、止めないわよ?」
冷たく言い放つ、亜紀。
昔から、母は父の話題を出すと、少なからず不機嫌になるのはわかっていた。
だが初南賛は……母が納得いく答えになるかどうかは分からなかったが、
思うままに自分の気持ちをはっきりと告げた。
「……お父さんとお母さん、どちらかを選べと言われたら、
僕迷わずお母さんを選ぶよ。でも……
どちらかを『捨てろ』って言われたら、僕どっちも選べない。
あの人と、今更まともな親子関係築けるなんて思っちゃいない、けど………
けど、やっぱり、どうあってもあの人が僕のお父さんだから。」
……母を怒らせてしまっただろうか?
そんな不安な気持ちが初南賛の表情から垣間見える。
(……ちょっと、意地悪し過ぎたかしら?)
息子は、父親のことも母親のことも真剣に考えてくれている。
それが分かっているからこそ、苦悩の表情から息子の成長を感じ取りたいがために、
わざと突き放すような言い方をしてしまった。
亜紀は、息子の優しさに素直に感謝すると共に、
詫びるように、なだめるように初南賛の頭を軽く撫でる。
「な、何……?」
「………親を簡単に切り捨てる子に育てた覚えは、ないわよ。それでいいの。
困らせてごめんね、ジョー。 全く、サバサバしてるのは私譲りだろうけど、
ドライそうに見えて、何にでも気を遣うその性格は誰に似たのかしらね」
こっちは必死に自分の意見と気持ちを打ち明けているのに、
まるで最初から何もかも見抜いていたような、余裕の笑みを浮かべる母に対し、
初南賛はどぎまぎする。
「な……そんなの、知らないよっ!っていうか僕そんな優しい性格じゃないし!
と、とりあえず報告はそれだけ!お母さん近々、新居に引っ越すんでしょ?
3月までは僕もそっちに住むから、部屋開けておいてよね!もう寝る!おやすみ!」
そう言い残し、初南賛は逃げるように自室に篭ってしまった。
亜紀は、つい先日再婚したばかりである。
まだ同居はしていないが、初南賛の言うとおり、
今よりも広めのマンションに引っ越して、一緒に住む予定だ。
再婚相手のことは、息子も認めてくれている。
できることなら再婚相手と共に、仲良く暮らしていけたら……とは、内心、思っていた。
だが……息子はもう、親がそばにいなければならないほど、子供ではない。
(……そうか……あの子ももう、親元から離れていくような歳に、なったのね……)
数日後。
”女優・杜若亜紀、突然の休業宣言!! 理由は不明 ”
スポーツ紙や大手ポータルサイト、TVの情報番組などでトップで扱われたニュースに、
初南賛は愕然とした。
(きゅ、休業!? …いったいどうしちゃったの!? そんなこと一言も……)
「ただいま~」
世間で話題の中心となってる超有名人が、いつもと全く変わらない様子で帰宅する。
「お母さん!ニュース見たけど!! なに休業って!?
これから引越しするだけでしょ!? いったい何があったっていうの!?
荷造りする暇がないっていうなら、僕手伝うし…!」
割と予想通りの息子の心配ぶりなどお構いなしに、亜紀があっけらかんと返す。
「引っ越さないわよ」
「ええ!? ……じゃあ、ここに3人で住むの?」
「住まないわよ。今までどおり、このまま。」
「……ど、どういうこと……?ま、まさか、再婚止めちゃった、とか……?
……ちゃんと発表はする予定だったよね……それで休業……?」
自分と同じく、何事もばっさりと決断する母の性格は、良く知っている。
しかし今回ばかりは初南賛の読みは外れた。
「無いから。……全く、頭いいくせに。親の気持ちもわかってちょうだい。
引越しは来年3月、女優再開は4月。再婚の公表もそれまでお預け。
……それまで、一人息子を存分に独り占めしたいっていう母心がわからないかしら?」
………そ………それだけ?
言葉には出さなかったが、母親のあまりにも大胆な『決断』に、
初南賛が明らかにあきれた表情をする。
「仕事はいつだってできるけど、あなたと二人で暮らせるのは来年3月までで
最後なんだもの。仕事なんてしてたら、ただでさえ少ない、
大事な親子の時間がなくなっちゃうでしょう。
世間の常識に囚われず自分のやりたいことをやる、って気持ち、
あなたなら分かると思ったけど?」
「ちょっ……それ僕の就職のこと言ってるの!? それとこれとは全然違うよー!!
っていうか半年以上休業なんて、一体なんて説明するの!?」
TVやマスコミが休業の理由を嗅ぎ回りに来るのを予測し、大慌てする初南賛を横目に、
亜紀は長い休業期間をいかに楽しく過ごすかを、能天気に考えていた。
「あなたが進学しないっていうから、貯金にもものすごく余裕が出来ちゃったし、
どこかに行きたいわね。
……あ、久しぶりに沖縄行きたいわ~。今週末は沖縄行こうか、ジョー。
水着、どこかにしまってあったかしら」
「人の話聞いてー!お母さん!!」
(おしまい)