[小説]素敵な恋の忘れ方(3)

小説/本文

クリスマスイブまであと2日と迫っていた。
目前に控え、街中はクリスマスムードに包まれていた。
今年のクリスマスは週末と重なるため、各地でイベントも催されるようだ。

沙織は、奈津恵に相談してからも湧木とは変わらず付き合いを続けていた。
今更上総への気持ちを確認したところで、もう後戻りなどできないのだ。
暮れの仕事も大分片づき、今日は残業もせずに湧木とデートの予定だ。
今は湧木は経理部へと派遣されており、一緒に残業することもなくなったため、社外で待ち合わせている。
しかし湧木は、時間になってもなかなか来ない。
電話してみようか……と思ったその時、携帯電話が鳴った。
『ごめん沙織!!ちょっと仕事でトラブっちゃって…成沢部長カンカンなんだ…。
……今日会えないわこりゃ……ほんとゴメンっっ』

(はぁ。暇になっちゃったな)
沙織は、デートをドタキャンされたことを特に気にも留めなかった。
しかし心の奥では、湧木に会わなくて済みホッとしていることにも気づく。
(最強にやな女だな……あたし……)
一人でとぼとぼとウィンドウショッピングをしていると、
ウィンドウに映る自分の姿の背後に、見覚えのある姿が映る。
「……沙織さん」
「……桐島さん……」
「お久しぶりです」
会社から駅までの通り道にある商店街である。会社の人間がうろついていてもおかしくはない。
しかし、彼の方からこうして声をかけてきたのはいつぶりだろうか。
二人はなんとなく、店先にあったベンチに座り込む。

「今日は湧木君と一緒じゃないんですね」
「ん?ああそうだねぇ。今日会う予定だったんだけど向こうが仕事忙しくてダメになっちゃってねー」
「そうですか…」
今日も寒い。空はどんよりと曇っていて、今にも雪が降り出しそうな感じである。
そんな空を何故か二人とも見上げていた。
まるでお互いを見るのが照れくさいからというように。
「申し訳ありませんでした……沙織さん」
空を見上げたまま上総が謝る。
「え?」
「あなた方がまだつき合い始めたばかりの頃、屋上公園で…責めるような真似をして…。
冷静に考えたら、僕が口を出す権利もないのに……貴方も湧木君も何も悪くないのに」

「あ…あはは、もうそんなこと…気にしなくていいって…」
「時間が掛かってしまったけれど……ようやく、気持ちに整理がつきそうです。
最後に、それだけが言いたくて……今まで言えなくて申し訳ありません……」

「…最後?」
「貴方が幸せなら僕はもう何も望みません。

………湧木君と、幸せになって下さい。」

(…………え?)

気が付くと上総はベンチから居なくなっていた。
代わりに現れたのは…はたはたとこぼれ落ちる大粒の涙だった。

(…どう………して………?)
上総ときっぱり縁を切れば、これから何のしがらみもなく、湧木との未来を歩んでいけるはずなのに。
湧木を選んだのは自分なのだから、上総とこうなるのは当然の結果であるはず。
しかし、理性では分かっていても感情は瞳から涙をこぼれさせる。

「こんなん……認めるしかないじゃん……どうするんだよ……」

自分を責めながら、沙織は周りの目も気にせず涙を溢れ続けさせていた。

そして……クリスマスイブの夜。

沙織は当初の予定通り、社員寮の管理人室を訪れていた。
「見て見て沙織。このツリー妹と飾り付けしたんだけどさー。いい感じっしょ?」
「おー、頑張ったね!ってかなんで願い事の短冊がぶら下がってんの?」
「え?クリスマスツリーってこんなんじゃなかったっけ」
「短冊は七夕飾りだよ、ばーか」
妹と合作の七夕もどきツリーに、デコレーションケーキにとっておきのワイン。
彼なりの精一杯のおもてなしに沙織は素直に嬉しがった。
「えーとじゃあケーキにロウソク立てて火付けてーっと。ロウソクは年の数?」
「あんた……クリスマスと七夕と誕生日が一緒になってるっての」
「あーもう何だっていいや。ムード出ればっ」
楽しければ何でもいいや、と言った感じで、湧木は楽しそうにケーキのロウソクに火を灯した。
神秘的な雰囲気を醸し出すロウソクの明かりを前に、しばらく二人は黙り込んだ。
「……沙織……」
薄明かりの中、湧木は沙織を、少し自信のなさそうな表情で見つめた。
「僕と付き合って、少しは……愛し方、思い出した?」
「廉………」
「少しは…僕のこと、好きになってくれたのかな…」

明るく振る舞っているように見えて、湧木は沙織がカラ元気であることに気づいていた。
湧木は、さっきまでの明るさから一転して、不安気な表情を見せる。
好きだからこそ不安になる。奈津恵が言っていたことだ。
湧木は本当に沙織のことが好きなのである。
なのに……
瞳は見つめ合っていても、気持ちは向き合っていない。
湧木がどんなに優しくてどんなに愛してくれていても。
自分の気持ちがここにないのであれば、ここにいるだけで彼をどんどん傷つけていくことになる。

 ……あたしの、気持ちは……

「……ちが…う……ちがうんだ……」

絞り出すような声で抗い、首を振る沙織。
「あたし……嘘ついてた……愛し方、忘れたわけじゃないんだ……。
あの人の言うとおり、本気で愛して、それを裏切られるのが怖かっただけなんだ………」

「沙織……?」

「ごめんね、湧木……」

タイトルとURLをコピーしました