[小説]歌う山 - The Singing Mountain -(1)

小説/本文

数時間歩いた後、たどり着いた宿は…
思いの外、ゴージャス仕様で、一同を驚かせた。
恐らく、久我の趣味ではなく、鳥居家が建てた別荘であろう。
玄関には、久我が薄気味悪い笑顔を浮かべて待ち構えていた。
「良く来た、諸君……どうだね?私の開発した『冬でもあったかいぞ山』は。
まあ、温泉もあるからゆっくりして行きたまえ……フフフフフフフ……
そもそもこの山は、数年前から私が」

「えっ!温泉あるのー!? 入ろうはいろう!!キャーー!!!
混浴かなあ?エッヘヘッヘ♪ 行こうっ!橘くん♪」

久我が長い説明と自慢を繰り広げようとするのを無視して、
みはるが久我を押しのけて、橘を引き連れて宿の中に突入していった。
「み、みはる君………(汗)」
「まあまあ久我ちゃん。みはるにとっちゃ発明なんてどーでもいいことだしな!」
満のフォローになってるようでなってないフォローが入る。
「それにしても、人工の山とは思えないわね…
こればかりは少しだけ感心するかも。」

滅多に人を誉めることがない眞妃の賛辞に、
少々肩を落としていた久我が復活する。
「フフフフ…眞妃君、これは人工の緑ではないのだよ…
元々あった自然を、いかにそのままに残し、年中温暖な気候を保てるかどうか
綿密に計算の上に、この【常春エリア】は成り立っているのだよ……フフフフ…」

「でも、緑がすごく生い茂っていて、遭難しちゃいそうよねン♪」
「フフフフフフフ……そうさ、ハリーちゃん。
この山のコンセプトは『遭難しちゃいそうなくらい緑豊かで温暖!』なのだからね……」

明の問いに、久我は謎のガッツポーズをする。
「訳わかんないわね…まあいいわ。行きましょ、明。」
「オレ達も行こうぜ~、芹子。」
「あたしも温泉入ろーっと♪」
「あ、ま、待って下さい沙織さん!」
ガッツポーズをしたまま静止している久我を無視して、一同は宿になだれ込んだ。
「……君達は分かっていないっ……」
イマイチ注目を浴びれない久我は、ガッツポーズをしたまま肩を震わせた。
久我のやること成すことが凄いのは理解できるが、
逆にそれが『当たり前』だと思っているN.H.K社員には、
ものすごい感動のネタとまではならないのだ。

社員全員が宿になだれ込んだかと思われたが…一人だけ、
宿の前の庭で、ボーッと散策をしている者がいた。
浪路である。
「……浪路君……どうしたんだね?」
恐る恐る、そっと後ろから言葉を投げかける久我。
浪路は、数秒の間を置いてようやく反応を示す。
「……ん? あ、ああ。凄いなって思って。
やるじゃん、久我さん。」

「や、やはりそう思うかね?そう思うべきだろう!フフフフ…
そもそもこのシステムはだね…」

「んじゃ、その辺テキトーに歩いてくるわ。」
気分を持ち上げられて、それを軽くかわされた久我は、
引っ込みのつかない手を震わせながら、呆然と立ち尽くすのみだった。

ドドドドドドドドド……

「……ん、この音は……?」
宿の裏方に、谷間に続く細い遊歩道を見つけた浪路は、
谷間から響く耳慣れない音に気づき、ゆっくりと降りて行った。
「ふーん……凄ぇな。こんなトコに滝なんてあるんだ。」
青々とした木々。澄んだ空気。絶え間無く流れる水。
木々の合間から、小さな鳥や動物達があちこちで見え隠れしている。
久我の実験区の自然とは言え、ここに存在する自然は彼のコンセプト通り、
人間の手では作り得ない、自然の素晴らしさそのものがそのまま残されている。
そんな贅沢な環境に身を置かれても…
今日の浪路の心は、面白くない気持ちでいっぱいだった。

今回の旅行参加者は、気がつけばカップルばかりである。
遠山夫妻に成沢夫妻。それに橘とみはるのカップル。
上総と沙織はカップルでは無いにしろ、
間に割って入っていけるような雰囲気では無い。
これでは浪路が面白く無いのは当然である。

「浪路ー? 何してるのー?」

遊歩道を数メートル下った浪路の頭上から、声がする。
眞妃だ。
どうやら温泉上がりらしく、Tシャツに短パン、
髪を束ねてタオルを首に巻くという、
彼女にしてはかなりラフな格好でお出ましだ。
とにかく今日は虫の居所が悪い浪路は、
ふて腐れる自分に嫌気を感じつつ、
「いや…別にぃ。」
とだけ答える。
その言葉のイントネーションに、少々悪意を感じる眞妃。
「何、怒ってんのよ。」
「別に怒ってねぇよ。」
あからさまに不機嫌な浪路に、眞妃は不機嫌の理由に当たりそうな事を思い浮かべた。
「来る時のバスの中でも妙に無口だと思ったら…
別に、今回のメンツは夫婦やカップルだらけではあるけど、
今さら気を遣うような相手じゃない人ばかりじゃない。あんたらしくもない」

図星を指され、浪路は一気に頭に血を上らせる。
「別にそんなこたぁどうでもいいんだよ!
っつーかお前はハインリヒとでも一緒にいりゃいいだろ!」

理解し合うこともあるのだが、元々は衝突しやすい二人。
一度ぶつかり出すと、もう誰にも止められない。
眞妃も、売り言葉に買い言葉で、浪路の頭上から反発する。
「人にそんな事言うくらいなら、あんたももうちょっと素直になったらどう?」
「うるせーな!ちょっと前までは超頑固だった女は何処のどいつだよ!?」
「昔はでしょ。今ここで拗ねて一人でいる人よりはマシじゃないの?」
「別に俺は一人でいたいから一人でいるんだよ!変な解釈するんじゃねぇ!!」
「ああそう、じゃあ一人でいればいいじゃない!」
「ああ、そうさせて貰うぜ!!」

言いたいだけ言った後、お互いに背を向けようとした、その時。

”ズゥゥゥゥーー…………ンンン!!!!”

「きゃぁぁああ!!」
「うわぁあっ!!」
突然、轟音と共に激しい揺れに襲われる。
ものすごい規模の大地震だ。
枝に留まっていた小鳥達が、一斉に飛び立つ。
立っているのも難しいほど激しい揺れの中、眞妃は必死に近くの木の幹にしがみつく。
浪路も必死に留まる場所を探す。

しかし、その瞬間。
浪路は崩れ落ちる足場と共に、眞妃の視界から姿を消した。

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