[小説]歌う山 - The Singing Mountain -(4)

小説/本文

一方、ケンカをしつつも行動を共にしている上総と沙織。
「しっかし、思ったよりも広い山だよなあ。浪ちゃん、大丈夫かな…?」
「大丈夫ですよ、沙織さん。久我博士のおっしゃる通り、
きっと無事で居ると思いますよ、浪路さんは。」

心配そうに森を眺める沙織に、上総は優しく微笑みかける。
「…っつーか、あんたいつまであたしの手ェ握ってんの?」
沙織の冷ややかな指摘に、上総は赤面する。だが手は離さない。
「え、えっ?あっ…これは…その……まあ、いいじゃないですか……」
「良くない!大体ねぇ、あたしはあんたのカノジョでも何でもないんだからね?
その辺はハッキリさせて貰うよ!」

適当に受け流そうとする上総の手を、沙織は思い切り振り払う。
その時、振り払った沙織の手が、上総の眼鏡をかすった。

  ”パリン!”

「あっ」
「あっ!」
落ちた眼鏡は、不運にも遊歩道に埋まる岩に当たり、レンズが割れた。
「あっちゃ~…やっちゃった…」
「……困りましたね……僕、眼鏡が無いと殆ど何も見え……あっ!」
壊れた眼鏡を拾おうとした上総が、岩にけつまづいて体勢を大きく崩す。
二人が歩く遊歩道は岩だらけで、とても不安定な足場なのだ。
そして、お約束的に沙織も一緒に倒れてしまう。

偶然とはいえ、上総が沙織を押し倒すような形で、倒れた二人。
「すっ、すいません……沙織さん。」
「謝るくらいなら、とっととどいてくれないかい?」
相変らず、冷たい態度を貫き通す沙織。
「……まだ、僕の気持ちを……信じては貰えないですか?」
「あんたは、あたしに奥さんの面影を重ねてるだけだろ?」
「違います!…確かに、貴女は僕の妻に良く似た人…でも、違います!!」
「何が違うんだよ!あたしは…あんたの奥さんの代わりじゃない!!」
「代わりなんかじゃありません!沙織さんは沙織さんです!!」
「っていうか、今はそれを話し合ってる場合じゃ無いだろ!?
とっととどけぇ!このドスケベ!!!」

「……お前ら、この非常事態になーにやってんだ?」

遊歩道に横たわり、言い争う二人の前に一人の男の影。満である。
「お前らって、やっぱそーいう仲だったんか?」
懐中電灯を、人差し指でぐるぐると振り回しながら、満が怪訝そうに問う。
「ん、んなワケないじゃんよ!この中年オヤジがセクハラしてるだけだって!」
「中年オヤジって……僕はまだ29ですっっ!!!(泣)」
「まあ…どうでもいいけど、捜索に専念しろよ。
オレも宿にいたけど、いても立っても居られなくなって出て来ちまった。」

「そ、そうですよね……申し訳有りません……。」
浪路の捜索そっちのけで、
自分の感情の思うままに行動してしまった事を、上総は深く反省した。
「ん?カズさん。眼鏡落ちてんぞ?ホレ。」
落ちていた眼鏡に気づき、拾い上げる満。
「あ、すいません。有難う御座います……」
先ほど沙織に落とされ、割れた眼鏡。
しかし、満から手渡された眼鏡には、割れどころか、キズ一つ付いていなかった。
「すっげー!これが久我さんの言ってたことかー!何でも直っちゃうって。」
話でだけ聞かされていた不思議現象を目の当たりにした沙織は、
物珍しそうに眼鏡を見る。
「とにかく、急ごうぜ。いくらここが暖かい山だっつっても、
万が一浪路がこのエリアの外にいるとしたら危険だしな……」

満が懐中電灯を進行方向に向け、歩き出そうとしたその瞬間。

”ズゥゥゥゥーー…………ンンン!!!!”

眞妃と浪路を襲った、あの地震と同じ揺れが起こった。
どうすることも出来ずに、その場に伏せる三人。
遊歩道が、見る見るうちに崩れ落ちる。
しかし、崩壊は満達がいた地点の数メートル手前で収まった。
「……今のが、眞妃ちゃんが言ってた地震かな?」
「さあな……あっ、何だあれ!?」
そう言って、満は崩れ落ちた遊歩道を指差す。
崩れ落ちた遊歩道に、突如現れた深い溝の底に、
明らかに自然の物では無い、金属製の扉のような物が見えた。
元々あったものにしては、どう見ても不自然に真新しい、銀光りをした金属。
「…よし!」
満が、意を決して溝に飛び降りる。
溝の深さは2,3メートルほどなので、簡単に飛び降りれる。
満は、思いきってその扉を開ける。中を覗くと、奥に続く通路が見えた。
「よっしゃ、行くぜ!」
「え、行くって…まさかそこに!?」
「こんなに捜しても見つからねぇんだ!もしかしたら
これが久我ちゃんの言ってた『宇宙人』のアジトで、そこに浪路もいるかもしれねぇだろ!?」

「け、けど……」
「早くしろよ!早くしねぇと、例の音波とやらで、この溝が元に戻っちまうだろ!」
どうにも踏み出せない二人を置いて、満は颯爽と扉の中に入っていった。
「…えーい、浪ちゃんのためだ!あたしも行く!!」
続いて沙織も飛び降りる。
二人に取り残された上総は、あと一歩の勇気が踏み出せない。
…キ――――ン…
突然、上総は耳鳴りを覚える。
それと同時に、扉が徐々に砂でかき消され始めた。
『修復』が始まっているのだ。
この耳鳴りは、修復による副作用なのか。
しかし、今はそんなことを分析している余裕は無い。

「……久我博士!僕に貴方の勇気と知恵を分けて下さいっ!」

上総は、久我信者らしい言葉を吐き出すと、飛び降りた。
それと同時に、満達が飛び込んだ溝は、一瞬にして砂に埋まり、
何事も無かったように『修復』された。

「驚いたな……この山の地下に……こんなんがあるとはなぁ。」
ほとんど博打のように、正体不明の扉を開けて突入した三人。
扉の中には、まるでSF映画を見ているかのような気分にさせるような、
磨かれた金属製の廊下が延々と続いていた。
「こりゃ、久我さんの言ってたことは本当かもね。
じゃ、行ってみよう!」

恐れを知らず、どんどん先へ進む満と沙織。
ただ一人、不安げな表情を浮かべる上総は、張り切る二人に水を差す一言を放った。
「あの……もし、ここで万が一、何かが起こったら…
……どうやって地上に助けを求めるんですか……?」

上総の言葉に、沙織もハッとする。
「…そ、そうだよね……上はもう埋まっちゃっただろうし……」
一気に不穏な空気が、3人に流れる。
「なーにボケたこと言ってんだ!携帯があるじゃん、携帯が!」
自身満々に携帯電話を取り出す満。
「遠山……ここ地下だもん、バリバリ圏外だよ……」
3人は、携帯の液晶画面に目をやる。やはり圏外。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…ま、まー何とかなるだろ。」
「そうだよな!ハッハッハ!」

(父さん、母さん…そして、久我博士…
今まで有難う御座いました……)

上総は自分を生んで育ててくれた両親と、恩師の久我恭一郎に
お別れの言葉を述べずにはいられなかった。

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