司の葬儀が終わり、数日。
ぽっかりと穴が開いたような……いや、実際に穴の開いてしまった広報部は、静けさに包まれていた。
「なんか……古屋さんがいないと、すごく静かです、ね……ここ。」
「あはは、そうですね。」
しんみりとした歓子とは対照的に、にこにこと笑顔で受け答えるのは、梧。
「大島さん……意外とあっさりしてますよね……」
「そうですね~。もちろん寂しいし悲しいはずなんですけどね。
僕、古屋さんとはあまり関わりがなかったせいもあるかもしれないですが…
やりたいことをやり切って亡くなったのなら、古屋さんはそれで幸せだったんじゃないかなって。
簡単に考えすぎですかね~。」
「そうだけど………」
「………………」
二人が雑談する中、英司はいつもと変わらずフィギュア製作に没頭している。
「沢井部長は、いつもと全く変わらないですね……」
若干呆れ気味に、歓子がため息をつく。
「まぁ、フィギュアに没頭して考えないようにしてるようにも見えますけどね~」
「うーん、そうですかね?………沢井部長っ!フィギュアばっか造ってないでお仕事してくださーい!」
見かねた歓子が、やんわりと止めに入る。
「………ダメだな………」
デザインナイフの手を止め、英司が首を横に振る。
「何がダメなんですか?」
「……いつも、私がフィギュアを作ってると……古屋君が、
『いつもいつもそんなキモいフィギュアばっか造って!たまにちゃんと仕事しやがれこの変態オヤジ !!』
って、威勢よく怒鳴ってきたもんだ……アレがないと、やっぱり調子が出ないというか……はぁぁ……」
「……………」
英司は英司で、司の死は相当に堪えているようであった。
・
購買部。
「それじゃ、愛子おねえさま。さっき言ってた書類ここに置いておきますね。」
「うん……」
「百武 !!!!! この間頼んだ資料は良く出来ていたぞ !!!!! さすが俺様の部下 !!!!!!!」
「うん……」
司亡き後、愛子は、きちんと仕事はこなすのだが、ほぼ『抜け殻』の状態が続いていた。
「な……何か、愛子おねえさまが人形みたいに無表情でいるのが、すごくつらいです……」
「うむ……確かに、幼馴染が死んでショックなのはわかるが、やりづらいな……
まあ、時が解決するのを待つしかないのだろうが……」
同僚の朝霧氷雨と、上司で購買部長の柴田美彦が、普通の状態でない愛子の扱いに手をこまぬいていた。
程なくして、午後の休憩時間がやってくる。
愛子は無言で、席を立った。
屋上に空気を吸いに来た愛子。
司がいなくなってから、愛子は、現実世界が現実でないような感覚に、ずっと囚われていた。
何をしても、足が地に着いていないような……。
司は幼馴染で、過去に少しだけ男女として交際していた時期もあったが、
今では男女関係なく何でも言い合える、兄弟も家族も恋人同士も超越したような仲であった。
その司が、いなくなった。
司のフルマラソンの後押しを決めた時から、こういうことになるのは覚悟していたのに、
愛子にはどうしても、彼がいなくなったことに実感が持てないでいた。
「………つかちゃん………会いたいよ………」
愛子がそう呟いた瞬間、背中を押されたかと思うほどの突風が吹いた。
思わずよろめいて、その場にひざまずいてしまう愛子。
”らしくねーな!しょげてんじゃねーよ、バーカ! ”
そう言って、司が背中を突き飛ばしたようにも、思えた。
「つかちゃん……そこに、いるの……?」
・
・
・
司が亡くなり数週間……社員たちの傷も少しずつ、癒え始めた頃。
とある日の夜。
薄暗い食堂に、一部だけ照明をつけて、お茶をすする二人の姿。
久我と夜半であった。
「古屋君に付いていた吸血鬼が、真祖だったかもしれない?」
結局司に付いていた『黒幕』の正体は吸血鬼であったということだけしか掴めないまま、犠牲を出してしまった。
久我と夜半には少なからず禍根を残す結果となったため、二人ともしばらくはこの件について口を開くことはなかったのだが。
「俺マラソン大会会場にいなかったから……話聞いただけなんだけども。
いくら黒い布被ってても、『普通の』吸血鬼なら何被っていようと太陽光に耐えられないはずなんだよね。
そいつ、まだ日が昇ってる間に現れたんだろう?」
「まあ、そうだが……というか気にしていたのなら君も当日会場に来ればよかったのに」
「行こうと思ってたんだけど……寝坊しちゃって……起きたら夕方だった」
「君は本当に寝るのが大好きなのだな……それじゃ古屋君の黒幕が君だったって疑われても仕方ないぞ……」
「だから俺がやるならそんなコソコソとしないってば。それに、体力に秀でている吸血鬼の真祖に、覚えがあるんだよね」
「何だと……?」
「うおおおおおおおおおいいいい !!!!!!!!! ちょ、ちょちょちょちょちょっと !!!!!!!」
二人のもとに、英司が真っ青な顔をして駆け込んできた。
「こ、怖い!怖いんだよ !!!! 何とかしてよ恭ちゃん夜っちゃん !!!! 助けて !!!!!」
涙と鼻水をぼろぼろどろどろと流しながら、久我と夜半にすがる英司。
「なんなの英ちゃん……ちょ、Yシャツのすそで鼻水拭かないで欲しいんだけど」
「い、一体何があったというのかね」
「ここ数日、おかしいんだよ! 最初は、気のせいとか偶然とか思うようにしてたけど……
電源切ってあるパソコンが突然電源入って、『 た す け て 』」って文字が突然打ち込まれたり… !!!
飾ってあるフィギュアがゆっくりと動きだしたり、誰も居ないのに曇った窓ガラスに落書きされたり……
あのオフィス、絶対何か居る!取り憑かれてるうううう !!!!」
広報部で謎の『心霊現象』。
「それ……まさか。」
・
夜もだいぶ更けていたが、久我は自分の部下であり、心霊のプロとも言うべき、
死神であるアラウネ・ローゼンベルグを会社に呼び出した。
「恭一郎様!お待たせしました。夜半様に英司様まで、遅くまでお疲れ様です~♥
お話は伺いました。広報部に幽霊様がいるかも、ということで。
私は現在は、人間は管轄外なので、あの世にご案内したり、ましてや除霊などはできませんが、
お話を伺うくらいはできるのですよ~♥」
死そのものや、幽霊に対して、当然ながら全くの怯みがないアラウネ。
実は心霊現象は大の苦手で、泣きじゃくったままの英司を引き連れて、4人は広報部オフィスへと向かう。
アラウネが、そっと広報部オフィスのドアを開けると……。
「ひいいいいええええええ !!!! フィギュアが勝手に歩いてるうううう !!!!!」
いつものフィギュアの配置が全くおかしくなっていることに、真っ先に気付いた英司が叫ぶ。
他の者には、一体何が違うのかさっぱりわからなかったが。
震えおののく英司を全く気にせず、開口一番にアラウネは語りかけた。
「あら~、やっぱり司様じゃないですか♥ 何をなさってるんです?」
「そりゃ、私は死神ですから♥ 見えちゃいますよ~♥」
「うふふ、そんなに喜ばれると、照れちゃいますね♥」
「はい? ええ、恐らく出来なくもないですよ?」
『見えざる相手』と普通に会話する、死神アラウネ。
「……白鳥君、君にも見えてるのかね? 残念ながら私には見えないのだが……」
「残念ながら、俺も霊視能力はないんだよね」
状況を全く把握できない久我と夜半は、アラウネの様子を見守ることしか出来なかった。
「夜半様!」
何かを思いついたアラウネが、まずは夜半を指名する。
「何?」
「まずは夜半様のお力で、この場にいる人たちだけにでも、私の霊視能力を分け与えること、出来ませんか?
司様が、皆様にお願いがあるそうなんです!」
夜半自身に霊視能力はないが、アラウネの力を夜半に経由して、
魔導によりその場にいる者に一時的な霊視能力を与えた。
『っしゃ !! キタ―――――― !!』
恨めしい幽霊、とは思えないほど元気な幽霊が目の前に現れた。
アラウネと夜半の力が余程優秀なのか、幽霊なのか人間なのか区別が付かないほど、はっきりと現れている。
『いやーありがとねウネぴょん! 沢井部長に色々呼びかけてたんだけど全然気付かなくてさー!』
「それでしたら、直接私か、もしくは優秀な霊感をお持ちの橘様あたりにお願いすればよかったですのに♥」
『あー、それもそーだったなー! まぁ、最初はただのイタズラだったんだけどな!』
「イタズラ……?」
あっ、言っちゃった!と言わんばかりに司は舌を出すが、お構いなしに話を続けた。
『そーそー、おれ死んでから、なんか気付いたらここにいてさー。
何の悔いもなかったしすぐにあの世行けるんかなー、って思ってたのに、なんか49日間はあっちに行けないみたいでさー。
んじゃ適当にぶらぶらしてっかー、って思ったんだけど。どこを飛び回っても、なんか気付くとここにいるんだよ。』
「あら司様、それってもしかして地縛霊になってしまわれたのではないですか?」
『うんー、そう思って、とりあえずおれは会社で何かやり残したことはないか考えた!
考えてみて、そーいやいつも沢井部長が仕事中にフィギュア造るのムカついてたよなー、って思って、』
「思って?」
『気の済むまで沢井部長を心霊現象でイタズラしていじめてみた!』
ずるっ。
ものすごい下らない心霊現象の要因に、その場にいた一同がずっこけた。
「そんなことで地縛霊になるなら、世の中の大半の霊はみんな地縛霊になりそうだよね。」
『でも、いくら沢井部長を脅かしてもここから離れられる気配は全然ねーし、
そうこうしてるうちに49日過ぎちゃって、こりゃどーしたもんかと、さすがのおれも思ったわけよ。
だからさー、あの世行けねんなら、このままここに留まって働くのもアリかなー、なんて。』
「……ちょっ……ちょっと待って古屋君、君まさか幽霊のままでこの会社にいるってことかい !?」
『だって、家には帰れねーし。なんか色々試したけどこの会社に縛られてるせいか、
この会社の物になら触れることが出来るみてーなんだ。パソコンで文字打ったの見たろ?』
「そ、そういえば……」
決まりだな!という感じで、満面の笑顔を見せる司。
『だからさ、久我っち達の力で、ちょっと手を貸して欲しいことがあってさー。
な、頼むよ! 会社にいりゃそのうち成仏できっかもしれねーし!』