「何だ…こりゃ…早速嫌な感じ全開だな…」
研究室別館にたどり着いた継人は、
扉の隙間からモウモウと出る煙と、
おそらく恭一郎に操られている東雲 凪と俺 劣の、
恭一郎を称えた内容の怪しげな歌声に、
これから起こる想像を絶する闘いを予感し、
早くも後込みしそうになった。
額から滴る異様に冷たい汗が、恐怖感を煽る。
だが久我恭一郎の野望を止めることが出来るのはおそらく自分のみだ。
そう思うと、継人は意を決し、扉を勢い良く蹴破った。
研究室内は、真っ白な煙に覆われ、
誰が何処にいるのかも分からない状態だ。
『……良く来たね…仙波くん……
そろそろ来る頃だと思っていたよ…フフフフフフフ』
背後から…いや、上からか。
どこからともなく、恭一郎の歓迎の声がする。
『さあ私の研究員達よ………私の大事なお客様だ……
丁重にもてなし賜え……フフフフフフフ……』
恭一郎の声と同時に、継人の背後から
恭一郎に操られた女性研究員達が現れる。
研究員達は、黙って継人の両腕にしがみつき、
継人の身動きを封じる。
『どうせ、もう桐島くんが吐いてしまっただろう。
…私が何を造っているのかを知りたいのだろう?』
しばらくの間をおいて、継人の目の前に
久我恭一郎が現れた。だがこれも本物ではない。
精巧に映し出されたホログラムの身体である。
手には蛍光色の湯気が立つ液体の入ったビーカーを持っている。
「久しぶりだね…仙波くん…フフフフフ…」
恭一郎の挨拶を無視し、継人は本題に入る。
「何なんだよ、それ」
「世界を手に入れる薬だよ」
「はぁ?」
「これが身体に入ると、私の命令が無い限り
身体を動かすことも出来ない、文字通り私の操り人形と化すのだ」
研究員達も、おそらくこの薬で操られているのだろう。
「それを、オレに飲まそうってのか?」
「いや、これはおそらく君だけには効かないだろう。
君の体質はあらゆる毒を無効にしてしまうからね。
…それに、社長との約束では、君には手を出しては
いけないことになっているからね……フフフフ……
ちなみに、この薬はほんの少しだけでも吸い込んだら効果を発揮する……
……この薬を、空から散布したら…どうなるかねぇ……フフフ……」
恭一郎の企みは一目瞭然であった。
薬で染めることのできない継人以外の人間を
全て支配し、その支配力で継人をも支配しようとしているのだ。
つまり、全世界の人間が、人質ということになる。
世界でも屈指の頭脳を持つ、久我恭一郎の最凶最低最悪の脅迫。
「……テメェがそんくらいやることくらい、分かってたよ」
継人には予想はついていた。この男が目的のためなら
手段を選ばないことくらい、重々承知である。
継人は深呼吸をして、ゆっくりと言葉を吐く。
「……戻ってやるよ。研究室に」
あっさりと、最も欲しかった言葉を手に入れ、
ホログラムの恭一郎はしばらく硬直する。
「何黙ってんだよ、戻るっつってんだろ」
「……本当に……?」
「人類人質にされて、NOなんて言えるかよ。
わかったらとっととその妙な薬、全部こっちに持ってこい」
「……~~~……」
ホログラムの恭一郎は、喜びに打ち震え、声も出ない。
「……それと……」
「なっ、何だね?」
実に嬉しそうに問う、ホログラムの恭一郎。
「……妙な薬と一緒に、テメェ本人も来い」
しばらくして、先ほどから手に持っているビーカーと共に、
実体の恭一郎が現れる。嬉しいのか、足下が浮ついている。
「薬はこれで全部だよ~~」
ニコニコ顔で継人の前に立つ、恭一郎。
「その薬はオレには効かねぇんだよな?」
「フフフ…もちろんだよ!」
「…じゃあ、それを両手で持ってろ」
恭一郎を目の当たりにした継人は、早口でそう呟くと
ビーカーごと、恭一郎の顔面を蹴り飛ばした。
「っがはぁっ!!??」
割れたビーカーの破片と液体と共に、
恭一郎の歯が数本、飛ぶ。
継人が履いている靴は、いつもの革靴ではなく
警備員室から借りてきた鉄板入りの作業用安全靴。
喰らった方は一溜まりもない。
「…な、何を…」
恭一郎が何かを言おうとする前に、さらに腹に顔に数発。
数分後には、恭一郎は瀕死の状態だった。
「…手段を選ばず行動に移すのは大いに結構だが、
テメェは大事なことを一つだけ忘れてんだよ。
オレを元のポジションに戻してぇなら、もっと別の方法があるだろ!?
……娘ほったらかしてまで、妙な研究するんじゃねぇ!!」
翌日、朝。
女子更衣室から、研究員二人の話し声。
「久我さん………全治2ヶ月ですって?」
「今度ばかりは、仙波さんもキレたみたいですね~」
正気に戻った研究員達は、他人事のようにうわさ話をしている。
恭一郎は、顔面骨折にあばら骨を4本骨折、両肩脱臼に
全身打撲で昨日から入院している。
継人は、本気で戦えばもの凄く強い。
普段、継人が恭一郎への攻撃をいかに手加減しているかがわかる。
研究員達が研究室に入ると同時に、
背後から継人が続けて入る。
「あっ、仙波さん。おはようございます」
「おはようございます!仙波さん!」
「……おう。オレの白衣どこにあるか知らねぇか?」
開発研究室に戻ることになったものの、
継人は白衣を着ていない。
「もうだいぶ長いこと秘書やってましたからね…仙波さん。
どこにあるのかしら…」
「あ!そういえば仙波さんが秘書になった時に、
ねぎ社長が持って行ったような気がします」
その時…噂をすれば、というものである。
「仙波くーーーーーーーんっっっ!!!!!!
秘書辞めるってホント!? ホントっっっっ!!??」
社長が半泣きで研究室に駆け込んでくる。
「あー、おい、オレの白衣…」
「いーやっ!ぜーーーったいにイヤっっ!!!!
この会社は私が社長だもん!研究室なんかに
絶対絶ーっ対に戻さないもんねーだっ!!」
社長は継人の話など耳を貸さない。
恭一郎との当初の約束などは完璧に無視してしまっている。
まるで子供のワガママ状態だ。
「でもそれじゃまた久我さんが…」
研究員の一人が不安そうに言う。
せっかく久我の暴走をくい止めたのに、
社長が頷かないのでは意味がない。
青ざめるみんなの前で暴れる社長に、一歩歩み寄る継人。
少し考えた後、軽く深呼吸をしたかと思うと。
継人は、社長を力強く抱きしめた。
「~♂●×☆◆◎♀$!!??」
突然の出来事に社長は声が声にならない。
異性との接触に関しては久我恭一郎レベルに不慣れの社長(笑)
「…別に、部署が違うからって一生会えねぇワケじゃねえだろ?
たまに遊びに行ってやるから、ガマンしてくれよ、…社長」
東堂浪路ばりの口説き文句に、極めつけは
一度も呼んだことのない『社長』。
抱き合う二人を横目に、研究員達が小声で話す。
「……仙波さん、完全にプライド捨てましたね……」
「まさか…色仕掛けで社長を落とそうとするなんて(笑)
……あ、仙波さん…もう、社長離してもいいんじゃないですか?」
二人とも固まったまま動かない。
「うるせーなっ、とにかくこの女頷かせなきゃ…」
「だって、社長…気絶してますよ(笑)」
かくして、世界の確かな平和と共に。
仙波継人は開発研究室へと戻ってきたのであった。