久我恭一郎の良からぬ企みにより、強制的に二人きりにさせられた、在素と継人。
二人は行くあても無く……何となく駅へ向かって歩いていた。
「せっかくいいお天気だし、遠出しましょうよ!継人さん」
突然、ふって湧いた『デート』に、在素ははしゃぐ。
「ま、お前に任せるぜ…」
継人はあくまでマイペースである。
適当に返事をした継人の言葉を耳にするなり、在素は駅前の旅行会社の前に走り寄る。
旅行のパンフを片っ端からあさっているのだ。
特に、国内旅行のものを徹底的に見比べている。
「…おいおい…まさか北海道やら九州やらにでも行くって言うんじゃねーだろうな…」
「あ!それいいわね!」
「……え……?(汗)」
「北海道行きましょ!」
ゴォォォォォ……
『本日は、○×航空をご利用頂き、誠に有難うございます…』
普通に仕事をするために家を出たはずが、今や機上の人。
継人は展開の早さに目を回していた。
突然に突拍子も無いことをするところは、あの父親の血を引く娘ならではなのか。
項垂れる継人を見た在素は、ニッコリと笑うと
「あら、お金なら大丈夫よ?私、結構お金持ちだからね。」
と、能天気に答えるのみ。
そんな在素に苦笑いをすると、継人は椅子の背もたれを倒して目を閉じた。
(ま……ヤツ(久我)と違って、こいつは妙な事はしないし…
せっかくだから楽しむしかねーかな…)
北海道へ降り立つと、そこは一面、雪景色だった。
「継人さーん!見て見て、時計台!」
寒さなどものともしない在素は、まだ見なれぬ日本の景色に大はしゃぎ。
普段、子供であるにもかかわらず、めったに見せない彼女の子供らしい部分である。
「さ、次行きましょ、次!」
散々騒ぎまくったあと、在素はガイドブック片手に継人の手を引く。
「次、って…どこへ?」
「サロマ湖!」
「な……!?こっから全然遠いじゃねーか!」
「大丈夫!私を誰だと思ってるの?」
そう言って微笑むと、在素はいつしか父と対決した時に使用した、
人体転送装置を掲げたかと思うと、継人と共に一瞬にして消えた。
東京~北海道といった遠距離の移動は出来ないが、道内を巡るくらいならお手のものなのである。
「サロマ湖ー!」
「昭和新山!」
「襟裳岬っ!」
「網走監獄へ!」
「五稜郭よ!」
「お……おい………少し、休もうぜ……」
次から次へと道内を巡る二人。
在素のパワーについて行けない継人は、とうとう休憩を申し出た。
二人は、一番最初に降り立った空港の近くへと戻ってきた。
「どう?楽しんでもらえたかしら?」
上機嫌の在素は、お土産を両手に尋ねる。
「は……ははは……まあ、そこそこな……」
「継人さん、北海道行ってみたいって言ってたものね」
在素の一言に、一瞬だけ首を傾げる継人。
今日の会話で、そんな事を一言でも言っただろうか?
しばらく考えた後、継人は数週間前の出来事を思い出した。
営業部の吉村悟史が、夏に家族で北海道旅行に行った話を在素と共に聞き、その時に
”北海道か…行ったことねーから、いっぺんくらい行ってみてぇ気もするな”
確かに、そう言った記憶がある。
「……んなこと、よく覚えてたな……」
「当然よ。記憶力だけが自慢だもの。」
「ま、とりあえず……サンキュと言うべきだろうな…」
「ふふ、どういたしまして。」
二人はお互いに笑顔を交わす。
雪がちらついてきた北海道の空を見上げる継人。
そんな継人を見つめながら、在素がそっと呟いた。
「継人さん…」
「……ん?」
小声で呼ばれ、継人は視線を空から在素へと向ける。
その瞬間、継人の首が暖かい感触で包まれる。
「はい、お誕生日おめでとう。」
それは、丁寧に編まれた毛糸のマフラーだった。
少しだけ早いが、間もなく来る12月30日は継人の誕生日だ。
継人は、礼を言う前に…このマフラーに少し疑問を抱いた。
彼女は何故、今日突然仕組まれたはずのこのデートに、
準備よく手編みのマフラーを用意しているのか。
まるで、今日渡すことが決まっていたかのように…。
「ふふっ、小さかったら直接巻いてあげられないものね。」
在素の言葉に、継人はハッとした。
まさか…
大人の姿になったことも、久我恭一郎が二人のデートを仕組む事も、
北海道に日帰り旅行する事も…全て、元々在素の計算通りだったとしたら。
「本当は、ずっと前から…私、
継人さんと同じ目線で話すの、夢だったの。
7歳児の私に…一人の人間として、大人と変わりなく真剣に接してくれる継人さんとね。」
「在……」
「でも、どんなに大きくなったって、私は生まれてから7年しか経ってない。
私が継人さんより12年遅く生まれたってことに、変わりは無い……
……釣り合わない事も………」
「……………」
「…ああ、私、何が言いたいんだろう。おかしいわよね。気にしないで。
どうせ今日中に元の姿に戻る約束になってるし…
あ…あ、ごめんなさい、そろそろ帰らないといけないわね…」
徐々に、頭の中が興奮と緊張と恥ずかしさで混乱してきた在素は、
顔を真っ赤にして、継人に背を向けた。
継人は、かすかに震える彼女の肩を掴んだ。
「7歳だろうと…ハタチだろうと、お前はお前だろ?
確かに、お前はまだ子供だけど……オレはお前を年齢で評価したりしない。」
継人の言葉に、在素の肩の震えが一瞬、強まる。
「………だが………お前がもし12年早く生まれてたとしても、
オレはお前の気持ちには答えられねぇけどな…」
飛行機の東京行き最終便の離陸時刻が迫っていた。
二人の頭と肩に積もった雪が、この場にいる時間の長さを物語っている。
「……ごめんなさい、雪の中……変に取り乱しちゃって……」
「…んなこと、気にすんなよ」
少々気まずそうに、だがどことなく照れくさそうに答える継人に、在素は微笑んだ。
自分の思いは届くことは無かったが…
自分を子供でもなく、大人でもなく。
一人の女性、『久我在素』に対して答えをくれた継人に。
「そろそろ、行かないといけないわね…」
「…ああ…」
「……継人さん……」
「…何だ?」
「…私ね、今夜東京に帰ったら元の姿に戻ることになってるの。
だから、この姿でいるのも、これが最後。
……大人版在素の、最後のお願い…聞いてくれる?」
次の日の朝。
「あっれ~?在素ちゃん、元に戻ったのぉ?」
偶然、お茶くみの準備をしていたみはると顔を合わせた在素。
30度下に下げたみはるの視線の先には…いつもの小さな愛らしい少女である。
「ふふっ、こっちの方がやっぱりしっくりくるかしらね。」
「昨日、仙波くんとデートしてたんだって?いいなぁ~!」
事情など殆ど何も知らないみはるの能天気な問いに、在素は
満面の笑みを返して答える。
「そうよ。北海道行って来たの。お土産あるわよ!」
「あっ、在素ちゃん、おはよう!」
「おう、在素。元に戻ったんか~」
「おはようございます。
…大人の在素さんも素敵ですけど、やはりこちらも可愛らしいですよね」
徐々に、少々懐かしい小さな少女を目にした社員達が、
二人の周りに集まってくる。
そしてその中には…継人の姿もあった。
「じゃ、お土産配るわよ!」
姿を大人に変え、そして心もほんの少し大人になった少女は、
今日も外見に似合わない達者な口調で社内を駆け回っていった。
(おしまい)