「は、はいっ!!?」
照美に呼び止められた小柄な青年は、びっくりして勢いよく振り向く。
小柄と言っても、146cmと小さい照美から見れば十分長身かもしれない。
「あなた、どっかで見たことあるなって思ったらうちの会社の子よね?
えっと、確か名前は…」
「泉ですけど……」
「ああ、そうそう!泉君じゃん!営業のあのちっさくて声のでかい!」
「……あ、あの……あなたは……えっと??」
自分のことを知る人に、あなたは誰ですかと訊きづらい次郎は、
おどおどとこちらを見ている。普段と違う外見の照美が誰だかわからないのだ。
「……あ、あぁ……こんなカッコしてるから分からないのね。
仕方ないっちゃ仕方ないけど。こんなガキっぽい姿だけど
事業企画部の南十字照美部長様よ!」
照美はウインクして人差し指を立てて決めポーズをする。
「あ、あああ!! 南十字部長!南十字部長ッスよね!!!すいません気づかなくて!!!
そ、それと全然、子供っぽくなんかないッスよ!!!!着物よくお似合いッス!!!!!」
次郎は真っ赤になって90度のお辞儀をし、
非礼を詫びると同時に、照美の着物姿を絶賛する。
「ありがと。まぁジジイ……いえ、うちの祖父に無理やり着させられただけだけどね…
ところで、あなたどうしてこんなところにいるの?」
「じ、自分は………み、南十字部長こそ!!!」
「あたしはこう見えても老舗和菓子屋の南屋の娘なのよ。
今日は無理やり連れてこられただけだけど」
「えぇぇぇ!!?? 南屋って超有名なお菓子屋じゃないッスか!!!!
長野県民には知らない人がいないと言われるというほどの!!!!
部長、そこのお嬢様だったんッスか!!!!」
「そ、そんな驚くことじゃないし大したことじゃないわよ、娘だけど跡取りではないし」
照美には弟がおり、弟は既に家業を継ぐために和菓子作りの修行中で、
しかも既に結婚して子供までいるので、南屋の将来は安泰なのである。
だからこそ、残されている孫娘を祖父がやたらと心配してしまうのだが。
「ところで、なんであなたは……あら?」
気がつくと、次郎の声のボリュームが大きすぎたせいか、
周りからやたらと注目を浴びてしまっていた。
大勢の参加者が、ヒソヒソと話しながらこちらを見ている。
「みっ、南十字部長!! ちょっとこちらへ…!!!」
「なっ……!?」
この空気に耐えられなかったのか、次郎は照美の手を引いて会場を飛び出した。
会場を去る瞬間、参加者達から大きなどよめきが起こった。
「はぁ……はぁ………あ、すいません!!! いきなり手引っ張ったりして!!!」
次郎により、人気のないテラスへと連れてこられた照美。
驚きはしたが、あの会場の異様な空気に不愉快さを覚えたのは照美も同じであったので、
助かったという気持ちの方が大きかった。
「…ま、なんか変に注目浴びちゃってたし、ちょうどよかったわよ。
ってかあなた、声大きすぎよ!!」
「すいませんんん!!!!!」
「というかさっきから訊いてるけどどうして今日ここにいるの?
あなたもどっかの大物の息子とか?」
「あ、あの…さっき自己紹介したはずなんッスけど…
今日還暦祝いのパーティー開いてるの、うちの父なんッス……」
次郎はパーティー開始時に、主催者である父から紹介を受け、壇上に上がっていたのだが。
当の照美はトイレに引きこもっていたので、気づかなかったのだ。
「えええええええ!!?? あなたがあの、県内でトップとも言われる政治家の
ご子息だっていうの!?あたしが和菓子屋の娘であることよりそっちのが驚きだわよ!!!!」
「す、すいません!!!」
意外も意外、信じられないといった表情で目を白黒させる照美に、何故か謝ってしまう次郎。
「でも……確か泉議員って、何年か前に跡継ぎの息子さん亡くされたとかで、
TVでも話題になってたわ……よね……?」
政治家の泉、と聞いて照美の脳裏に即座に思い浮かんだのが、そのことであった。
思うままに口を開いてしまった照美だが、訊いてはまずかったかと、
ちょっと困った様子で次郎を見つめる。
「……それは……亡くなったのは、自分の兄ですね。もう4年前の話ッスが……。
兄は立派な跡取りでした。なのに今日自分がここにいるのが、
なんか申し訳ない限りッスが……」
「何言ってんの、あなただって泉議員の息子には変わりないでしょ」
「そう……なんッスけどね……」
当然の答えを返す照美に、次郎は実に複雑そうな表情を見せた。
「6つ年上の兄は生まれた時から憧れの存在で、
自分も兄のような立派な人間になりたいと思ったもんです。
…でもまさか、本当に兄のような人物にならなければならない日が来るなんて…」
「なんであなたがお兄さんみたいにならなきゃいけないのよ?」
「兄は父の跡継ぎとしても、政治家志望としてもとても期待されていたんです。
それが突然の事故で…自分も兄のように、父の期待に答えられる人間に
なれたらと思うんですが…自分には政治家なんてとても」
「あなたには向いてないっぽいよね~」
腰を低くして語る次郎に、あっけらかんと可能性を否定する照美。
次郎はちょっとだけショックを受ける。
「そ……! ……そうッスよね……自分には合わないッスよね……」
「亡くなったお兄さんのため、お父さんのため、ってことを理由に政治家になって
人の上に立たれたら、県民国民はたまったもんじゃないわよ?」
「!!!」
「志半ばで亡くなったお兄さんの夢を代わりに叶えたい、って気持ちもわからなくはないわ。
でも政治家ってのは、身内のためなんかじゃない。
まずこの国を良くしようって思うからこそ目指すもんなんじゃないの!?
悪いけどそんな自分勝手で自己満足な理由で政治家目指すってなら、
あたしは許さないわよ!」
”パチパチパチパチ… ”
軽快な拍手と共に、ひとりの男性が次郎達の背後に現れた。
「お嬢さん、よく言った!!!」
「と……父さん!!???」
「どうもどうも、南十字照美さん。お祖父様からお話は聞いていますよ。
私は衆議院議員の泉孝信と申します。いつも息子がお世話になっているようで」
「へ……あ、ああっ!? ども!本日はお日柄も良くっっ」
突然の大物の出現に、照美はパニック状態でわけの分からない挨拶をしてしまう。
「次郎。今日お前をここに連れてきたのは、お前を跡継ぎに指名するためではない。
この公の場に連れてきて、自分がこういう立場になることが、
自分にとって正しい道であるかどうかを、お前自身に見極めてもらいたかったからだ。
それにお前、気づいていないのか?私はお前に跡を取れと言った覚えはない。
政治家は親のいいつけでなるものではないからな。
もしお前が他に進みたい道があるのであれば、
お前の人生はお前のものなんだから、好きなようにやればいいんだ」
「父さん……」
「お前は昔から思い込んだら真正面しか見れない性格だからなぁ。
気づいてくれるかどうか心配だったが…
照美さんが、まさに私が伝えたかったことを全て言ってくれた」
「あ、お、おほほほほほ、そんな、あ、あたしは当然のことを言ったまでであって!」
緊張して泉親子を直視できず真っ赤になって苦笑いする照美を、
次郎の父は目を細めて見つめる。
「これからも息子をよろしくお願いしますよ。
そろそろパーティーもお開きになりますから、会場のほうへ戻ってください」
次郎の父に促され、二人は会場へと戻ることにした。
会場へ戻ると……
「おおっ、二人で戻ってきたぞ!」
「次郎
さーん!照美さーん!お写真1枚撮らせてくださーい!!」
「本当にお似合いの二人ねぇ……おほほほほほ」
祝福ムードのパーティー参加者達に二人まとめてもみくちゃにされてしまう。
「なっ……なにこの騒ぎ……っちょっと!着物の袖引っ張らないでよ!」
「ちょ、ちょっと、なんなんッスかー!!!」
もみくちゃになりながら周囲の人から話を聞くと、どうやら照美の祖父が
照美が、泉議員の息子の次郎と二人で会場を抜け出したところを目撃しており、
「二人で抜け出す」→「二人は良い仲」→「二人はきっと結婚する」
と、勝手かつ妄想もいいところの発言をしまくって、会場を混乱させてしまったらしい。
「次郎さーん照美さーん!何かコメントをくださーい!」
「ご婚約おめでとうございまーす!!」
「お式はいつにするんですかー?」
参加者の祝福の嵐が、会場内を飛び交う。
「婚約なんかするかボケえええ!!!!
この騒ぎの元凶であるウチのジジイはどこ!? 出て来―――――い!!」
「否定したい気持ちはわかるけどそんなにドきっぱりと否定されると、
ちょっとさみしいッスね……」
その後、パーティーの閉会の挨拶にて、泉議員が息子の婚約騒ぎを一応は否定するも、
「照美さんなら大歓迎ですけどね」
と一言添えてしまったがために、あまり否定の効果はなかったのであった。
(おしまい)