12月23日、祝日。早朝。
西城寺初南賛は、前日の夜に新幹線に乗り、京都の実家へと帰ってきていた。
今年のクリスマスを、京都で過ごすためである。
先月、先輩の青木大空から、親友の榊 ゆたかと共に、
クリスマスは絶対三人で遊ぶ、と約束をこぎつけられてしまっていた。
そこまでは別に構わないのだが、当日どう過ごすかを話し合ったとき、
今年のクリスマスは週末だし、冬のボーナスも出るので、
いっそ旅行にでも行こうという提案が出された。
旅行 → 定番の京都 → 京都なら初南賛の実家があるので宿代が浮く → 決定!
そんな流れで即決してしまったのだ。
宿提供+京都の観光案内を任されてしまった初南賛は、
普段は空き部屋になっている自室をきれいにするために
先に京都入りし、慌てて片付けや出迎えの準備に追われていた。
大空とゆたかは、追って午後にくる予定だ。
(あ~もう…こんな面倒くさいこと、引き受けなきゃ良かったな…
ええとまず…部屋片付けて…布団干して…なんか適当にお茶菓子買って来て…あとは…)
”ピリリリリリリ……… ”
考え事を妨げるが如く、携帯電話からけたたましい着信音が鳴り響く。
(~~~もう、何 !? こんな朝早くから……
…………って、お母さん !?)
『あ、もしもしー? お早う。朝早くにごめんなさいね。寝てた?』
初南賛の母・亜紀からの電話。
世間からは『清楚で凜とした女性』というイメージが定着している
大女優・杜若亜紀とは思えない能天気な声が聞こえた。
「普段なら間違いなく寝てるよ!今何時だと思ってるの !?
…というか何の用 !? 今日は東京から友達が二人来るってメールしておいたでしょ!
忙しいんだってば!」
こっちは身内との世間話に構ってる余裕はない、と言わんばかりに初南賛はまくし立てた。
『もちろん用もなく電話したわけじゃないのよ。
あなた、京都には25日までいるんだったわよね。明日の夜、暇?』
「だから忙しいって…人の話聞いてたー!? だから友達が東京から」
『そのお友達って、一人はどうせ元役者のあの子でしょう?それでちょうどいいんだけど』
亜紀はゆたかとは面識がある。
初南賛が上京する以前に会った事があるため、しっかり覚えていた。
「どうせ、って……そりゃどうせ僕は友達が少ないですよ……
……で、何。なにがちょうどいいっていうの」
『実はね、明日の夜は毎年恒例の私のクリスマスディナーショーなんだけど。
イベントスタッフの間でいきなり胃腸炎が流行りだしちゃって、
何人も欠席が出ちゃったのよ』
「へぇ…それは大変……………って、まさか」
『そう、そのまさかなんだけど、あなた達に急きょイベントの手伝いをして欲しくって。
あと出来たら、ディナーショーでちょっと余興をやってもらえたら……なんて』
本番は明日。身内とはいえあまりの無茶振りに初南賛は顔面蒼白になる。
「無理に決まってるでしょ―――――― !!??
人いないなら劇団とかそういうとこからさっさと雇えばいいでしょ !?
なんで素人の僕らにそんなこと頼むのさ !!!」
『この時期、いきなり人を貸し出してくれるところもなくてね。
……あと出来れば、毎年このイベントは親しい仕事仲間だけで
小ぢんまりとやりたいものなのよ。だから出来たら身内がいいの。
ねぇお願いジョー。バイト代ははずむから!』
「お金とかそういう問題じゃないよ!いきなり明日とか、そんなの無茶振り過ぎるから!」
『そういえばあなた、PSVITA欲しがってたじゃない。
引き受けてくれたら買ってあげるから』
「も、モノで釣ろうっての !? 別に僕だって買う余裕がない、わけじゃ……」
『どうせあなたのことだから、ボーナス全部定期預金に突っ込んで
何も買えてないんじゃないの?』
「う………」
午後。
「やっほー初南賛☆ 新幹線でメール見たよ☆」
予定通り京都を訪れた大空とゆたか。
亜紀との電話の後すぐに、ディナーショーの件を
ゆたかにメールしておいた初南賛であったが…。
「ディナーショーで余興だって? 面白そーじゃん☆☆
しかも亜紀さんのたってのお願いだっていうなら、オレいくらでも出ちゃうよ☆☆」
(ゆたかは、こう答えると思ってたよ…芝居の練習の一環にもなるし、
うちのお母さんの大ファンだからなぁ……)
問題は、大空のほうである。
おそらく舞台経験など一切ない、素人である大空が果たして引き受けてくれるかどうか。
「ゆたかから聞いたよージョナサン……」
案の定、困った顔をしている大空。
「女優の杜若亜紀のディナーショーで余興やれとか……」
「…は、はい…ほんと、申し訳ないんですけど…バイト代は出るみたいですので…」
「バイト代として杜若亜紀に会わせてもらえたりしないのかなぁ~」
「ど、どうでしょうね……」
「ショーに出たご褒美としてひっぱたいたり蹴っ飛ばしたりしてくれないかな~
俺、ああいうSっ気全開醸し出してる女優大好きなんだよな~」
………………
理由はともあれ、どうやら二人ともやる気ではあるらしい。
ひとまずは安心した初南賛は、今朝急いで受け取ってきた、
ディナーショーを急きょ欠席した劇団員が演じるはずだった余興の台本を二人に手渡した。
「ふむふむ………」
台本を、どこか懐かしそうな目で嬉しそうに眺める、ゆたか。
3年前の不祥事さえなければ、安泰に俳優業を続けていたはずの彼。
そんな彼の様子を見て、初南賛はこのディナーショーに誘って良かったと思えた。
一方の大空は……。
「ぃよし!スキャン完了っ !!」
「!?」
「台本の内容全部スキャンしちゃった!これで台詞もダンスも完璧だぜーい!」
自信満々に、その場でくるくると踊りだす大空。
「えええええ………」
別の意味で、役者の才能十分な大空に、初南賛とゆたかは唖然とした。
「青木くん、すっごいなぁ~☆ ところで、この台本も面白いんだけどさ☆
どーせならオレ達向けに内容アレンジしちゃおうよ☆」
何か思いついたらしいゆたかが、自信ありげに親指を立てる。
「アレンジ…?」
「初南賛、紙とペン貸して!これに三人とも、
『他人に話せる範囲の、今までのクリスマスでの出来事』を書いて!」
24日、ディナーショー当日。
会場でスタッフからサンタの衣装を渡され、着替えた三人。
昨日の深夜から今日の午前中までみっちりとダンスの練習をしていた三人は
疲れきっていたが、練習の成果を発表する大舞台を目前とし、気を引き締めていた。
「ディナーショーと言っても、杜若さんが懇意にしている関係者ばかりだから。
ホームパーティーみたいなものだよ。だから、緊張しないで気楽にね」
スタッフからは、そうなだめられたが……。
「これのどこがホームパーティー……ざっと200人くらいいねぇ……?
やっべー、緊張してきたよ俺……」
「まあ人がそれなりに多いのは覚悟してたけど……そんなことより
この台本……今からホントにやるの……かぁ……
二人は割とまんまなくせに、僕のキャラ設定が酷い………」
「まぁまぁ☆ 逆に考えればおいしーじゃん☆この舞台は初南賛にかかってるんだからね☆
しーっかり、演じ切ってよね☆☆」
「……まぁ、やると決めたからには、しっかりやらせてもらうけど」
三人の出番は、主役である杜若亜紀が登場する前の、前座の5分間。
亜紀は準備をさっさと終え、舞台の袖で三人の晴れ舞台を見守っていた。
(さて……どんな舞台を魅せてくれるのかしら)
前座であるが故に、ほとんど舞台に注目もせず雑談している観客の前に、
三人が颯爽と現れた。
「ヒロシでーす!」
「ゆたかでーす!」
「……ジョナサンです」
「「ジョナサン、ノリ悪ぅ !!」」
(ゆたかがジョナサンの肩を勢いよく叩く)
「さてさて、今年も楽しいクリスマスがやって来ましたねー☆
みんな、今年はどんな風に過ごすのかなっ?☆」
「俺は、去年は腹で焼肉焼いて食ってたな!」
「意味わかんないよヒロシ君 !!」
「ゆたか君は何してたん?」
「オレ? 彼女と過ごしてましたーッ!☆ 翌日には振られたけどネッ☆☆」
「早ッ!」
「ジョナサンは?」
「…………ゲームしてた」
「だからジョナサン、ノリ悪いっつーの!」
「だってなんで君らなんかと、こんなとこに来なきゃいけないの」
「君らなんかとか、こんなとことか言うなーっ!
これから俺たちと楽しい楽しいクリスマスじゃん!」
「えー……」
「クリスマスは、みんなでケーキや美味しいご馳走食べて!」
「男同士で?」
「「「…………」」」
「みんなでプレゼント交換したり、歌ったり、踊ったりして!」
「男同士で?」
「「「…………」」」
「街のきれいな夜景やイルミネーションを眺めて、ロマンチックな気分に浸って!」
「男同士で?」
「「「…………」」」
「ええーいジョナサン!いちいち突っ込むな!男同士の何が悪いんだ!」
「だって本当はこんなとこに来ないで、彼女とクリスマス過ごす予定だったのに…」
「「なんだってぇ―――――― !!??」」
「……さびしい思いさせてごめんね。」
(愛おしそうに携帯ゲームを抱えるジョナサン。中身は恋愛ゲー)
「「結局ゲームじゃねえか―――――― !!!!」」
ジャン♪ ジャン♪ ジャンジャンジャン♪
僕たちサンタ苦労ズ♪
僕たちサンタ苦労ズ♪
僕たちサンタ苦労~ズ♪
腹で焼肉焼かれても
使い捨ての彼氏でも
二次元の彼女でも
人の幸せは人それぞれ♪
人の数だけ幸せの数ある♪
幸せを運ぶサンタクロース♪
自分の幸せで手一杯で
運べないからサンタ苦労ズ♪
クリスマスは誰にでも平等に訪れる♪
きっと本当は誰もが幸せメリークリスマス♪
僕たちサンタ苦労ズ♪
僕たちサンタ苦労ズ♪
僕たちサンタ苦労~ズ♪
「でも来年は彼女と過ごしたいな」
ジャンジャン♪
”ワァ―――――― !!!! パチパチパチパチパチ…… ”
前座にも関わらず、会場からは予想外の大きな拍手と歓声が飛び交った。
上がりきったテンションと緊張とでいっぱいいっぱいの三人が、
汗だくになって舞台から袖に降りてきた。
「あっはははは、お疲れ様!やるじゃない三人とも。任せて大正解だったわ」
「うっわぁぁぁあ亜紀さぁーん☆☆ 観てましたかぁー !? お久しぶりですーっ☆☆」
憧れの大女優との久々の再会に、ゆたかのテンションがさらに上がる。
「うおおお本物の杜若亜紀さん !! 初めまして !! 青木大空といいます !!
とりあえず俺を蹴っ飛ばしt…………握手してくださいいいい !!!!」
とんでもないお願いをしようとしたところ、初南賛から背中をつねられ握手に変更する大空。
「どこかで観てるのかな…とは思ってたけどやっぱり観てたのか……恥ずかしいな」
大空の背後で初南賛が気まずそうにつぶやく。
「ふふふ、かわいい息子とその友達の晴れ舞台を見逃す手はないでしょう?」
……………
「………え !? 息………子 !?」
初南賛と、大女優・杜若亜紀の意外な関係に、
その場で唯一事情を知らなかった大空が驚愕する。
京都に向かう新幹線の中でディナーショー出演の依頼を受けた時も、
ゆたかからは敢えてその事実は伏せられていたのだ。
「このことは内緒ね、大空君。……バラしたら、蹴っ飛ばしちゃうわよ」
大空のドM属性を見抜いたのか、亜紀は、大空好みのSッ気全開の流し目で凄む。
無論、演技だが。
「は、はいいいぃぃ~~……黙ってます、黙ってますぅぅ~~……
……亜紀さんサイコ~~~~~…………あぅぅ。」
大女優の大サービスに大空は興奮しきって、その場でショートして倒れてしまった。
翌日。
芝居とダンスの練習ですっかりくたびれてしまった三人は、
帰りの新幹線の時間まで、初南賛のマンションでぐっすりと眠ってしまった。
結局京都のどこにも寄らず、時間が来てしまい、新幹線のホームでたたずむ三人。
「何というか…今更だけど、せっかく東京から来てくれたのに
観光も何もできなくなっちゃって……ごめん。青木さんもすいません。」
「えー☆ 久々に台本読んで芝居なんてしちゃったし、オレは楽しかったけどな☆
むしろありがと!初南賛!」
「まー、観光なんていつでもできるさ!
俺はナマ杜若亜紀さんとお話できただけで幸せ…ふっふっふっふ…
いつか蹴っ飛ばしてくれないかなぁ」
「無いから。」
「………ところで初南賛、その紙袋何が入ってんの?☆ 精密機器って書いてあるけど☆」
呆れてそっぽを向く初南賛の手荷物に、土産物屋に寄った様子もないのに
真新しい紙袋があることに、ゆたかが気付く。
母からの約束の品は、昨日のうちにネット通販のお急ぎ便で注文が入り、
今朝届いていた。
まさかPSVITAに釣られてディナーショーの余興を引き受けたなんて、
口が裂けても言えない。
「書いてある通り、精密機器だよ。社員寮で使うんだ」
一応、嘘は言っていない。
二人に悟られないよう、初南賛は持ち前の演技力で、いつもの涼しげな顔で答えた。
(おしまい)