「……………」
突然の告白に、照美は固まったまま、何も答えない。
驚きも、照れもせず。
真っ直ぐにこちらを見つめるゆたかの瞳を、黙って見つめていた。
占い師を副業とする照美の、何もかもを見透かしそうな視線に。
ゆたかは内心、怯みもしたが。
相手の空気に飲まれまいと、言葉を続けた。
「……どうしたの?びっくりして言葉も出ないかな?
それとも、10歳も年下のガキにそんなこと言われても、笑い話にしかならない?」
「……………」
「でも、オレだって男だよ。好きになった相手がたまたま年上だったってだけで。
好きなら歳とか仕事での立場とかどーでもいいでしょ。ねえ?
大体、泉先輩はそーいうの気にしすぎなんだよね☆」
「……………」
「だから、くそマジメな泉先輩は勝手に頑張らせておけばいいじゃない☆
照美さんにその気はないんだからさ☆ それならオレと……」
「………だ………」
「……だ?」
軽々しい台詞を次から次へと吐くゆたかの口を、照美がようやく止めたかと思うと。
「黙れ!!! 泉君をそれ以上悪く言うなぁっ!!!!」
照美は右腕を大きく振り上げて、ゆたかの頬を勢いよく引っぱたいた。
「泉君はあんたみたいな何も考えてない馬鹿とは違うのよ!!!
確かにやたら腰低いし小心者だしニブいしじれったいかもしれないけど!!!
いつも相手にとっての最善をじっくり考えた上で行動して、一生懸命頑張ってる!!!
好きだから、ってただそれだけで突っ走る馬鹿とは違うの!!!
頼りないかもしれないけど、あたしは……彼のそういうところが、好きなんだから!!!!」
叩かれた頬を押さえて呆然とするゆたかに対し、思いのありったけを怒鳴りつけると。
心のブレーキが解除されたかのごとく、照美は大粒の涙をあふれさせた。
「……う……うっ……」
これには、さすがのゆたかも驚愕した。
「わ、わわわわ !? みっ、南十字部長…!?」
余裕綽々の態度から一気に罪悪感でいっぱいになったゆたかは、
慌てて照美をなだめようとするが。
「……さ、さわ……るなっ……ボケぇ……っ!!」
近づこうとしたゆたかに、今度はなんと蹴りを数発、お見舞いした。
「い、痛い痛い痛いって南十字部長っ」
「あ……んたなんか……あんた…なんか、大嫌い……大嫌いよ……!!!
人の気持ちも……泉君のことも……何にもわかってないくせに……っ!!!」
怒りの蹴りにも力が篭らなくなり、その場にへなへなと座り込んで、
顔を伏せて泣き出してしまった照美の前に、
ゆたかが実に申し訳なさそうに、同じように座り込んだ。
「……ホントに、すごい損な役回りだったなぁ……」
「…………?」
ゆたかの『役回り』という言葉に、顔を伏せたまま違和感を覚える、照美。
「でも、やっと、好きって言ってくれましたね。南十字部長」
(あんたに言ったわけじゃない!)
と言い返そうにも、涙で言葉にならない。
「………南十字部長に引っぱたかれるまでは、オレの計算どおりでした。
泣かせちゃったのは、想定外。本当にごめんなさい。」
照美に向けて、地面に額をこすりつけて土下座する、ゆたか。
「お詫びに…全部、白状します。
まず、オレが南十字部長を好きっていうのは嘘です」
気付けば長時間、社員通用口を二人で塞いでいたことに気付いた照美とゆたかは、
通用口から出て少し陰になった場所にある街灯の下に移動した。
「……どういう、ことよ……」
「南十字部長が、今のタイミングで他の男に言い寄られたら、
泉課長に素直になれるかなって思ったんです。
……もっとも、オレの告白なんてどうでもよかったみたい、だけど……」
確かに、次郎のことを悪く言われたことだけに腹を立て、
頭に血が上って気付いたら引っぱたいていた。
冷静になって思い出すと、ゆたかの告白などお構いなしに
「大嫌い」を連呼していた気がする。
(……う…うわあぁぁあ……なんて恥ずかしい……)
思い出せば、さっきの行動は
『好きな男を他人にけなされて怒る女』そのものであることに気付き、
改めて顔を真っ赤にする、照美。
「あはは…☆ 自分の気持ちに気付けたなら、オレも殴られた甲斐があったってもんです。
あ、あと今までの態度と泉課長に対する発言はぜ―――んぶ、演技ですからね☆」
そういえばこいつは元役者だったっけか。
新入社員の経歴書に目を通したときにそんなことが書いてあったなと、
照美は涙を拭いながらぼんやりと思い出した。
「まぁ…☆ しいて言えば、『一番大事なこと忘れてる』って台詞は撤回しがたいけど☆
泉課長ならもう気付いてると思うから、それもナシかな☆」
(一番大事なこと、か……)
「……あ、泉課長だ☆」
社員通用口から、次郎が出てくるのが見える。
通用口から少し離れたところにいる照美とゆたかには、どうやら気づいていない。
次郎は通用口から一歩出るも、何か考え事をしている様子で、ため息をつくと、
その場で立ち止まって後ろを振り向いた。
「……あれは、『照美さんまだ会社にいるのかなぁ』って顔ですね☆」
「なっ……!!」
「行ってください☆ それで南十字部長の今の気持ちを伝えてあげてください。
それが、何よりの昇進祝いなんじゃないですかね☆」
「……つ、伝えるって……」
「もー☆ 天下の南十字照美部長が18のガキんちょにそんなこと訊かないでくださいよー☆
……ほらっ!」
「きゃっ……!」
ゆたかに背中を勢いよく押され、声を上げてしまう照美。
「……照美さん!?」
声のした方向を向く次郎。
照美の背中を押したゆたかは、とっさに街灯の柱の陰に隠れたので、
その存在は気付かれなかった。
(……ま……ここまで来たらお互いしか目に入らないだろうし、
オレはこっそり帰らせて頂きますかね…☆)
「い……い、泉君、お疲れ様」
「お、おお、お、お疲れ様っス!!!」
緊張からか、いつも以上にどもる次郎と、いつもの滑舌のよさが出ない照美。
(や、やだ……なんでこんなに緊張するのよ……
相手は6歳も年下の…………)
年齢を理由に気持ちに余裕を持たせようとした照美だが、首を勢いよく振った。
今向き合ってるのは、自分の好きな男。それだけ。
それに気付かせてくれたゆたかのためにも、照美が口を開こうとした瞬間。
「……て、照美さん、ぼ、ぼ、僕……伝えたいことが、あります。」
(つづく)