6月の、ある日曜日。
都内某所にあるショッピングモールの屋外イベント会場に、親子の姿があった。
(……うう……怖いなぁ……いったい何を、考えてるんだろう……)
梅雨時期でどんよりと曇った空と同様に…
小学生のパノス・ローヴァの心は不安でいっぱいであった。
突然、父親のフレスリーザ・レオンハルトから、
住まいから近いこのショッピングモールで開催されるヒーローショーに連れて行け、と
無理やりこの場に連れて来させられたのであった。
しかも、頼んできたのは…話し慣れている「優しい方の父」ではなく。
未だに真意の掴めていない、「怖い方の父」……リーザ閣下の方からである。
父・フレスリーザは二重人格者。
人当たり良く、常に笑顔を絶やさない平和主義者、通称・「リーザ様」。
傍若無人、自己中心的、傲慢かつ短気な、通称・「リーザ閣下」。
二重人格の父との生活自体には慣れたが…
特に閣下の方から、自分は息子として認められてないのではないか、という不安は
パノスには常に付きまとっていた。
生まれた時から父とは別の生活を送り、母が亡くなってから父を求めて来日し、
10歳にして初めて父と対面。
リーザ様の方からは、自分を息子と認め、とてもかわいがってくれている。
だが、閣下は……
「小僧、何をしている。さっさと案内しろ。貴様の方がここには慣れているのだろう?」
自分のことを『小僧』『小生意気な餓鬼』などと呼び、
父親としての愛情を見せるそぶりなど、全く感じられない。
リーザ様、リーザ閣下。
どちらも父には変わりないのだが。
パノスは、どうしても閣下のほうにも息子だと認められたい。
そう願う、ある理由があった。
パノスはぼんやりと考えていると、いつの間にか視界から
リーザ閣下の姿が消えてしまっていることに気がついた。
(あ……あれ !? 父ちゃん !?)
人通りの多い会場で360度くるくると見渡して父の姿を探す。
やがて、ひときわ目立つ金髪を持つ父の姿を視認すると、勢いよく駆け出した。
「父ちゃ―――」
”ドスン! ”
パノスは、視点を遠くに見ていたがために、
すぐそばにいた通行人に気づかずにぶつかってしまった。
「……んだよ……いってぇなぁこのクソガキが!」
運悪く、ぶつかった相手は柄の悪く凶暴そうな、大柄の男。
「ご、ごめんなさい!」
子供のパノスがぶつかったところでビクともしない体格の男だが、
大げさに腹をさすりながら腰を曲げる。
「ホント痛ぇなぁ~。骨が折れちまったじゃねーか。治療費払えよゴラァ!」
「え……ええええ~!?」
男の声の大きさに、周りの人が気づかないはずもないが、子供が脅されていようと、
自らの身の方がかわいい他人が助けてくれるはずもない。
男は半ば、玩具を面白がりながらいじるように、パノスの腕をひっぱり上げる。
「痛いっ!」
「まぁオレもガキから金取ろうなんていう鬼じゃねーからな~。親はどこだ!親呼べ!」
「何を遊んでいるのだ、小僧」
周りの通行人がパノスたちに徐々に距離をとる中、
空気を全く読まずに現れた、リーザ閣下。
(と、父ちゃん……? で、でもあの父ちゃんがオレを助けてくれるのかな……)
恐怖で声を出して助けを呼ぶこともできないパノス。
しかも閣下の方では助けてくれるかどうかすらも、怪しい。
絶望で押しつぶされそうな気持ちになったパノスは、無言でぽろぽろと涙をこぼし始めた。
―――――― …………
「!?」
「!!!??」
一瞬、辺りが閃光に包まれたかと思うと、
大柄の男に捕まっていたはずのパノスが、閣下の背後へと移動していた。
「このクソガキ……いつの間に !?」
(父ちゃん……!)
閣下が魔導を使い、パノスを瞬間転送させたのだった。
わけが分からないまま、人質というエサを奪われた大柄の男は逆ギレする。
「てめーが父親か !? キレーな面したあんちゃんよォ!」
「そうだが?」
(…………!!!!)
父親か?の問いに即答した閣下に、パノスの心臓が急激に高鳴る。
「そのクソガキに体当たりされたせいで、こちとら大怪我だ!!!
治療費払ってもらおうか、治療費よォ!」
みっともなく怒鳴り散らす男に、閣下は軽蔑の視線を向けてため息をつく。
「全く……どこの国にも、ろくでもない奴というのは居るものだな」
「ンだとォ !? 殺されてーかこの……」
「どこを大怪我しているというのだ?我輩にはさっぱり分からんのだが……
少なくとも大怪我というのは」
男が大きな腕を、閣下の顔面に振り下ろす直前に。
閣下は素早く避けたかと思うと、男の懐に潜り込んで、
目にも留まらぬ速さで数発、男の腹に拳を突き立てた。
肋骨が数本折れる、鈍い音が聞こえる。
「ぐ……ぐぼあぁあっ!!!!」
「このくらいでないと大怪我とは言えぬな。そうだろう?」
「て………てめ………」
「子供がぶつかったくらいで、しかも謝っている相手に対し、
弱みを握り、つけ上がるその根性。成人男子として少しは恥ずかしいと思え。
人間とも呼べぬ人間未満の下等生物が!」
そう怒鳴りつけると、しゃがみ込み苦しむ大柄の男を片足で踏みつける。
「こ……こっちです!」
騒ぎを目撃した通行人の一人が、イベント会場の警備員を連れてきた。
「おい!そこで何をして……」
その場には、閣下に肋骨を折られて苦しむ大柄の男のみが残されていた。
事情をよく知らない警備員が、大柄の男に心配そうに声をかける。
「大丈夫ですか!? どこが痛むんですか!?」
「き……金髪の男に……肋を……、って、あれ?」
大げさなどではなく、必死に腹をさすっていた男だが、
痛いと思っていた腹が、気がつくとまるで痛くなくなっていた。
殴られたアザひとつ残っておらず、骨が折れている様子もない。
閣下が男を足蹴にした際に、閣下の内側にいるリーザ様が、
足を通して治癒魔導で治していたことなど、誰もが気づくはずもなかった。
「と………父ちゃん!父ちゃん! イベント、見ていかないの?」
イベント会場から早々に姿を消した親子。
あんな騒ぎを起こした後に、悠長にイベントを見ていられないのは当然だが…
帰り道にずっと無言な閣下に話しかけるネタもなく、パノスが必死に問う。
「愚か者めが。あんな面倒な奴に絡まれおって。興ざめだ。今日は帰る」
「そ……そうだよね……ゴメン……」
いつも通りの『怖い方の父』。
成り行きかもしれない。気まぐれかもしれない。
だが自分の『父』だと名乗ってくれた今日なら……訊けるかもしれない。
閣下の真意。
ずっと訊けずに、心の奥にしまっていた『不安』を、パノスは投げかけた。
「父ちゃんはオレのこと、息子だって思ってくれてるの?
………オレは、父ちゃんの本当の子供なの?」
意を決して問いかけたパノスを嘲笑する、閣下。
「ふん、まだまだ親に甘えたい年頃のガキだな。
甘えたいなら、あっちの我輩がたっぷり甘やかしてくれておるではないか」
親の愛情を求めるなら『リーザ様』にお願いしろ、と言わんばかりだ。
「……だめだよ!」
やはり、何か真実からはぐらかそうとしているように見える閣下に、パノスが叫ぶ。
「あっちの父ちゃんもこっちの父ちゃんも、どっちも父ちゃんだもん!
こっちの父ちゃんが息子だって認めてくれないのは、嫌だよ!!」
瞳を潤ませ、顔を真っ赤にしながら訴えるパノス。
その片頬を、閣下がそっと手で覆った。
「この我輩が、息子でもなんでもない他人と、まず一緒に住むと思うか?
息子でないのなら、貴様など最初から放り投げておるわ」
「…………!」
「……我輩の『前の』家族は、ろくでもない者ばかりであった。
故郷を捨てた瞬間から、家族など我輩には無縁のものだと思っていた。
家族への愛情表現の仕方など、我輩は知らぬ。」
家族など信じない、といった表情の閣下に、パノスがもうひとつ疑問を投げかけた。
「……父ちゃん、どうして、オレのことちゃんと子供かどうかって確かめないの?
もしかしたら、オレがうそついてたりするかもしれないんだよ?
あの……でぃ、DNA鑑定とかで、ちゃんと調べたりとかできるんでしょ?」
パノスの問いに、閣下が気まずそうな表情をする。
訊かれたくなかった、と顔に書いてある。
「父ちゃん?」
「……貴様は、嘘をついているというのか?」
「ついてないよ! 母ちゃんが、オレの父ちゃんはフレスリーザ様だって……」
「それでDNA鑑定をして、貴様が息子でないという結果が出たら………困る。」
「困る?」
何が困るの?といった顔で閣下の顔を覗き込む、パノス。
自分の言葉の真意を汲んでくれない息子に、閣下が徐々に顔を真っ赤にさせる。
「……鑑定など要らぬ!我輩が貴様を息子と認めたなら息子でいいのだ!
それの何が悪いというのだ!」
下手に正式に検査をしてせっかく出会えた息子を失うくらいなら、
最初から息子と認め、永遠に自分のものにしてしまいたい。
パノスは、ものすごく遠まわしで、且つツンデレすぎる閣下の真意に、ようやく気がついた。
「……そうだねっ!父ちゃんは、やっぱりオレの父ちゃんなんだよね!」
「それに……嫌という程に見覚えがあるのだ」
嬉しそうに腕にしがみつくパノスの満面の笑顔に視線を向け、閣下が呟く。
「王族であった我輩に対し、全くもって萎縮せず、
今の貴様のように鬱陶しいくらい纏わりついてきた女にな……」
パノスは母親似である。
父の口から初めて語られた母の人物像に、パノスは目を輝かせた。
「やっぱり父ちゃんは、オレの父ちゃんだ――――――!!」
子供らしく無邪気に騒ぎまくるパノスの様子を見つめる閣下の姿は、
どこから見ても父親そのものであった。
(おしまい)