偶然出会った二組は、そのまま近くにあった園内のカフェで、お茶をすることにした。
「こんにちは。総務部の奥田部長ですよね。こうして話すのは初めてかもしれませんね。
改めて…国際部のフレスリーザ・レオンハルトと申します。
こちらは息子のパノスです。よろしくお願い致します」
初めて言葉を交わす会社の重役に、リーザは礼儀正しく挨拶を交わし、笑顔で迎えた。
一方のパノスは、紹介を受けたにも関わらず、挨拶もせずに頬を膨らまし、
分かりやすく面白くなさそうな顔をしている。
自分と父親以外の男の介入など、邪魔でしかないからである。
「お…奥田さんとまさかここで会うなんて……すごく、びっくりしました……」
結佳は、まさに早瀬のことを考えてるときに本人が目の前に現れたので、
まるで神様が妄想を現実にしてくれたような、魔法でもかけられたような感覚に陥っていた。
しかしそれと同時に、他の男とのデート現場も目撃されてしまったショックで、
早瀬の顔をまともに見ることができなかった。
自分が想いを寄せるのは彼なのに、リーザとデート。
(どうしよう……奥田さんに、誰とでもデートするような軽い女だと思われたら……)
「奥田部長は、今日は弟さんと遊びに来たんですか」
「う……うむ、こいつが、今日が有効期限のここのチケットを持っていたので……」
「奥田部長と山音さんのようなカッコいい男の人なら、女性でも誘えば良かったですのに」
「そうできるならそーしてますって!!!でも俺は彼女いないし?はっちゃんは彼女とわ…ぶ!!!」
山音が余計な一言を付け足す前に、早瀬が山音の口をパンフレットで叩く。
「そちらこそ、面白い組み合わせと言っては失礼かもしれませんが…」
「ははは、そうですよね。今日は息子に仕組まれて結佳さんとデートですよ」
結佳さんとデート。
その一言に、早瀬の片眉がぴくりと上がり、
結佳が顔を青くして早瀬から視線を完全に逸らした。
「仕組んでなんかないやい!今日は父ちゃんと結佳ねえちゃんのデートだって、
最初から決まってたんだい!!だから兄ちゃんたち、邪魔すんなよなっ!!!」
ずっと黙り込んでいたパノスが、計画を台無しにされたと言わんばかりに、
奥田兄弟を指差す。
偶然会っただけなのに、邪魔者扱い。
子供のいうことなのだから、気にしなくても良いのだが、
早瀬は珍しく、大人げもなく苛ついていた。
そしてますます青くなる、結佳。
そんな二人の様子を、リーザは観察するように交互に見つめた。
(奥田部長……結佳さん。……二人のこの様子は……)
二人の表情を読み、何か心を決めたように一呼吸入れると。
リーザはおもむろに口を開き始めた。
「それにしても…結佳さん。今日はとても楽しかったですね。
二人でジェットコースターに乗ったり、お化け屋敷に入ったり…
結佳さん、お化け苦手なんですね。抱きつかれた時はびっくりしましたよ。はははは」
「ちょっ……レオンハルトさん!?抱きついたのはわたしじゃなくて、パノスさんですよ!?」
突然、リーザが今日のデートの感想を述べ始める。やや、脚色を含みながら。
ところどころで結佳がフォローや否定を入れまくるが、そんなことはお構い無しに。
実に楽しいひと時だった、というのをとにかく大げさに表現するリーザ。
親子から神経を逆撫でされ、早瀬の苛立ちは頂点に達しかけていた。
(……落ち着け……大体、関口が誰と遊園地を楽しもうと、
俺には関係のないこと、じゃないか……)
普段口数がそんなに多い方ではないリーザは、ありったけ話し終えると、急に黙りこんだ。
「れ、レオンハルトさん…?」
………
「………ふん、男のクセに、情けないにも程がある。
気に入らなければ己の力で奪い取れば良いのだ」
「え?」
「え?」
「へ?」
リーザは数秒、黙ったかと思うと。
突然、別人のように口調と表情が変わった。
「黙って指をくわえて見ておるから、
我輩のような最高にいい男に何もかも持って行かれるのだ!!!」
別人のように、ではなく……完全に別人格。
リーザ『閣下』である。
そう、リーザは二重人格であり、人格は自分の任意で入れ替えることができるのだ。
「出たぁ――――――!! 怖い方のとーちゃん!!!! なんで!?」
驚いて腰を抜かすパノスの首根っこを、閣下が乱暴に掴む。
「このワル餓鬼が!!! 貴様も子供のクセに大人を引っ掻き回すとは、
クソ生意気にも程があるわ!!!!我輩のこの高貴な血を引いていると自覚しておきながら、
姑息で汚い方法で女を陥れようとするとはな!!!!
我輩がその腐れ切った根性を叩き直してやる!!!!」
「えぇぇぇ――――――!? お、オレはただ、結佳ねえちゃんと……」
「問答言い訳口答え無用!!!! 来い!!!!」
「うわぁぁぁ――――――んん!! 助けて結佳ねえちゃ――――――ん!!」
「あぁあと、なんか分からんが貴様も来い!」
泣き叫ぶパノスを抱えながら、閣下は何故か山音を魔導で捕らえ、動きを封じて浮かばせる。
「えぇぇ!!? なんで俺!!!? 俺何されちゃうの!!??」
空中をあわあわと泳ぎ抵抗しながらも、山音はなすすべもなく閣下の手中に堕ちた。
「ここは魔法の国なのだろう?魔法の国は誰に何が起こるかわからないものなのだ!
男なら覚悟を決めるがいい! ハ――――――ッハッハッハッハッハッハ!!!!!」
閣下は、パノスと山音を連れて、空間移動魔導でその場から消え去ってしまった。
その場に残された早瀬と結佳は、何がどうなっているのかさっぱり分からず、
呆然と大口を開けて、彼らが消えた空を見上げることしかできなかった。
閣下が派手に壊していった、カフェテラスのテーブルや椅子の片づけをし、
支配人に平謝りしてる間に、すっかりと夜になってしまっていた。
ようやく落ち着いた早瀬と結佳は、他の店に入るのも申し訳なくなってしまい、
園内に流れる川の岸にあるベンチでぐったりと項垂れていた。
「……な、なんだかよくわからないことになってしまいましたけど……
お疲れ様です……奥田さん」
「……あぁ……」
閣下があれだけ派手に暴れたのに、カフェにいたお客はイベントの一環だと思ったらしく、
特に騒ぎにならずには済んだのが幸いであった。
「レオンハルトさんが二重人格というのは、話だけは聞いていましたけど…初めて見ました。
山音さん達……今頃どうしてるんでしょうね……」
「……まぁ、彼の別人格は、派手な悪事を働くと、
確実に上司の白鳥部長からお咎めが来るのが分かっているから、
まず山音達を悪いようにはしないだろう」
「そうですか……」
しばらく黙ってベンチに座り込み、後片付けの疲れも癒された頃、
お互いに、閣下が現れる前の状況をじわじわと思い出した。
「奥田さん、弟さんと仲良いんですね」
「……なんだ、突然」
「だって…ご兄弟で遊園地に遊びに来るほど仲が良いんだなって。
レオンハルトさんも言ってましたが………彼女さんも、誘えば良かったですのに。
ご都合、悪かったんですか?」
日が沈み、辺りはすっかりと暗くなり………そんな中で、早瀬とふたりきり。
そんな状況に置かれていることに今更ながら気づいた結佳は、
高鳴りだした心臓の音を落ち着かせるために、あえて早瀬の彼女の話題を出した。
早瀬は、黙りこんだまま何も応えなかった。
何か気に障ることを言ってしまっただろうか?
結佳の胸の高鳴りに、別の不安が混じってくる。
目線を合わないよう気をつけながら、結佳は早瀬の様子を伺いつつ、言葉を待った。
「…………もう、別れたんだ。彼女とは」
(つづく)