7月。ほとんどの学生は夏休みに入る時期。
専門学生である石流星香主催の「オフ会」が、
夏休みに入ると同時にやたら頻繁に開催されるようになり、
同じゲーム仲間である長谷川恵莉と西城寺初南賛は、
会社が休みのたびに呼び出される日々を過ごしていた。
「よぉ!恵莉ちゃんにジョナサン!」
待ち合わせ場所の喫茶店に入ると、星香と、
総務部長の奥田早瀬の弟である奥田山音が一緒にいた。
「こ、こんにちは…………山音さん、今日も何かすごい格好ですね…………」
山音の服装が、喫茶店内の客の視線を一様に集めていた。
「ん?あぁコレ、戦国ナントカとかいうゲームの格好だって!
星ちゃんが着てくれっていうから!」
奥田早瀬の恋人である関口結佳を通じて、星香と知り合った山音は、
とりあえずは恋人同士らしい関係ではあるようなのだが
どちらかというと、コスプレ好きな星香の着せ替え人形という存在となっている。
「もー、山音くんてば何着ても似合っちゃうから大好き!」
「おうよ!戦国でも未来でも縄文時代でもなんでも来いっての!」
現状、星香にいいように扱われているようにしか見えないが、山音はこれで幸せらしい。
「石流さんと山音さんが知り合ったって聞いてびっくりしたけど……
……ま、まぁ幸せそうで何よりです……よね」
初南賛は、やたら目立つ格好の山音から視線をそらすと同時に、
隣にいる恵莉に同意を求める視線を向けた。
(……長谷川さん……?)
視線の先の恵莉は、幸せそうな二人とは裏腹に、とても暗い表情をしていた。
恵莉の視線は山音と星香の二人に向けられていたが、
とても悲しそうな…それでいてどこか懐かしむような、切ない表情。
仲の良い二人を羨望のまなざしで見つめている…ようにも、見えなかった。
「長谷川さん、どうしたの?」
初南賛の問いかけに、恵莉は我に返るように、伏せっていた目を見開いた。
「あ……はい?」
「……立ったままでいるのもなんだから、座ろうか」
初南賛は、恵莉の様子にとりあえずは気にしないことにして、座るよう促した。
今日の「オフ会」は、ねぎ社に関係する面子以外のメンバーが
都合がつかなかったこともあって、喫茶店で終始会話を楽しむだけで終わった。
ラブラブ…といった感じではないにしろ、趣味を共有して仲良さそうに話す、
山音と星香をずっと見つめていた、恵莉。
仲睦まじい男女と、7月という季節が、
恵莉にとって辛く悲しい出来事を思い出させていた。
かつて、自分の恋人だった男がこの世を去ったのが、7月であった。
同じねぎ秘密結社の社員であり、
3つ年上の、長身だがどこか儚げな印象のある優しい青年…烏丸雪彦。
(雪彦さん………)
彼は人間ではなく、雪女族という種族の生まれであり、この種族の男性は
長くとも30歳くらいまでしか生きられないという短命という運命を背負わされていた。
自分も、彼も、その運命は受け入れていた……受け入れているつもりであった。
しかし、それでも…どうしても考えてしまう。
彼は、本当ならもっと長生きしたかっただろう。
もっともっと、楽しい人生を送りたかっただろう。
こうして、友達と仲良く、楽しく過ごすのは本当に幸せなことであるが、
この幸せが、彼が掴めなかったものであるかと思うと、時々心が痛くなった。
「今日は何か、ずっと考え込んでるみたいだけど……どうしたの」
夜7時。帰る方向が違う星香と山音と別れ、恵莉を最寄の駅まで送ろうと
共に歩いている初南賛に声をかけられ、恵莉ははっとした。
「ご、ごめんなさい……」
自分の都合で楽しい場に水を差してしまった、と恵莉は反省した。
「別に謝ることでもないけど。あの二人は全然気にしてないみたいだったしね。
ただ…僕が気になっただけで。」
「……………」
「言いたくないなら、無理に話さなくていいから。」
若干簡素で、そっけない言葉だが、
恵莉の顔を見ずに話す口調からは心配する気持ちが伝わってきた。
気にかけてくれた彼に対し、「なんでもない」の一言で終わらせるのは、
申し訳ない気がした。
しかし、恋人を亡くしたことで感傷に浸っていたことなど、
何も知らない彼に話したところでただの不幸自慢をするだけに思え、気が引けた。
「………初南賛くんは、たいせつなひと…
家族とか、恋人とかを、なくしたことは……ありますか?」
「………?」
「たとえばの、はなしです……初南賛くんに、彼女さんがいて、たとえば……
初南賛くんが、彼女さんをのこして、しんでしまったと、します……
……初南賛くんなら、のこった彼女さんに、どうしてほしいですか……?」
ただの例え話、のはずなのに……声を絞り出すようにして問いかける、恵莉。
この例え話と、彼女が今日落ち込んでいた理由と、どう繋がるのかがまるで分からない。
「僕、彼女いたことないし、家族も、
小さい頃におじいちゃん亡くしてるけどほとんど覚えてないし…。
だから、憶測でしか答えられないけど……」
「うん……」
「残された彼女には幸せになってほしいと思う。
僕じゃない他の誰かと一緒になるの、悔しいと思うけど、
かと言って、死んじゃった僕はもう彼女に何もしてあげられないし、
ずっと僕の事を引きずったまま、一生独りで寂しくいられるほうが、
きっともっと嫌だと思うし…。」
とりあえず、憶測で自分の意見を淡々と答える初南賛の言葉を、
恵莉はうつむきながら、噛み締めるように聞く。
「………綺麗事かも、しれないけどね。正直言うと、
そこまで考えられる相手に出会ったことないし。」
本気の恋愛は、恐らくまだ未経験の初南賛は、
恋愛に関してそんなに偉そうな意見を言える立場じゃない、
この意見をそんなに深刻に考えないでほしいという意味も込めて、言葉を付け加えた。
「も、もうひとつ…しつもんです。
初南賛くんが、もし…うまれかわることができたとしたら、また…おおきくなってから、
その彼女さんに、あって、もういちど恋をしたいと、おもいますか……?」
「それはないと思う。」
最初の質問とは打って変わって、初南賛は迷わずに即答した。
「………!」
「よく…漫画とか小説とかで、生まれ変わりって聞くけど……
生まれ変わりを信じないわけじゃないけど、
所詮、生まれ変わりって『代わり』であって、僕自身じゃない、別の人だと思う。
生まれたところからやり直して、また18年生きたところで、
今と同じ僕になるのは、不可能だと思う。
そして生まれ変わって別人になった僕は、
きっとその人生に見合った別の恋を見つけると思うし。」
「……………」
「人生って二度とない、一度きりのものだから。
次のステージが用意されてるものじゃないでしょ?
だからどんなに辛いことも楽しいことも
その人生の中で受け止めなきゃならないものだと思うんだけど……
……って、僕が偉そうなこと言えた立場じゃないけどね、本当に。」
「………そう、ですか………」
恵莉は、やはりうつむいたまま……初南賛の顔は見ないまま、相槌だけうつ。
背を向けたまま、何も答えない恵莉に、今度は初南賛が問いかける。
「じゃあ、今度は僕が訊いてもいいかな……
………………今の話………………本当に例え話なの?」
恵莉は背を向けて隠しているつもりだったのだろうが、
いつの間にか、肩を震わせて泣いていることに、初南賛は気付いてしまった。
「…………っ」
「ただの例え話なら……なんで、泣いたりするの」
「……ご、ごめんなさ……」
もう、取り繕いようがないほど涙が溢れて止まらない恵莉は、
事情を説明することもできず、謝ることしかできなかった。
そう、かつての恋人、雪彦は生まれ変わったのだが、
生まれ変わった彼に対してどうすれば良いのか、
恵莉は気丈に振舞いながらも心の奥では悩んでいた。
恵莉も、「生まれ変わり」に対する概念は初南賛とほぼ同じ考えを持っていた。
生まれ変わった雪彦は、以前の雪彦とは別人。以前の雪彦とは全く別の人生を歩む、別の人。
そう理性では割り切りつつも、内心、かつての雪彦の面影を追いかけつつ、
彼の新しい人生を見守ろうとしていた。
………やはり、どこかで、認めたくなかったのだ。
かつての雪彦はもうどこにもいないし、もう会えることもない、ということを。
そしてその現実を、第三者である初南賛から突きつけられた気がして、
思わず涙してしまった。
(じぶんで訊いたくせに……わたし、なにやってるの……)
彼と別れた7月の、少し湿気まじった空気が、あの日の喪失感を思い出させる。
(雪彦さん……)
理由も語らず泣き止まない恵莉の前に、初南賛がゆっくりと回りこんだかと思うと、
そっと、包み込むように自分の胸に抱き寄せた。
「…………!?」
「……ごめん、さすがに……放っておけなくて……」
「…わ、わたし……ごめ……」
恵莉は、いきなり大泣きしだした自分の方こそ申し訳ない、と返そうとするも、
声が詰まって言い出せない。
「謝らなくていいし、理由も話さなくていいから。ただ……
今の君には、何か……支えが必要な気がして。」
「…………」
「迷惑だったら、突き放して。」
確かに、彼の腕は……いつでも振りほどけるくらい、
もどかしい感じに恵莉の背中を包んでいた。
だが…
”支えが必要”
愛しい恋人を亡くした喪失感を、再確認してしまった今の恵莉は、
確かに何かの支えがなくては、立っていられないほどに涙が止まらなかった。
そして、支えが必要なのは、泣き崩れる身体だけではなく、心も。
(……めいわくなんかじゃ、ないです)
言葉には出来なかったが、その代わりに首を数度横に振ると、
恵莉は初南賛の背中に腕を回し、力強くしがみつき、声を上げて泣いた。