日曜日。
付き合い始めてから毎週恒例となっている、奥田早瀬と関口結佳のデート。
今日は生憎の雨模様であったため、結佳が早瀬のマンションを訪ね、
二人でまったりと過ごしていた。
結佳は借りてきた特撮DVDを鑑賞、早瀬は読書。
一見、何事もなくまったりと過ごしているように見えて、地味に距離を保つ二人。
やはり先週の出来事が少なからず、尾を引いていた。
(……いつもより無口……やっぱり、先週のこと、怒ってる、のかな……)
結佳はDVDを観ているつもりであったが、実際は内容などまるで頭に入っておらず、
早瀬の様子ばかりを気にしていた。
キスを拒んでしまったことで、早瀬を怒らせてしまった。
そう思っている結佳は、早瀬にどう接していいか分からなくなってしまっていた。
(嫌なわけじゃ、なかったのに……それだけは、分かってもらわなく、ちゃ……!)
何かを思いついたかのように、再生しっぱなしのDVDなどお構いなしに、
結佳はその場を立ち上がった。
……すとん
結佳は真っ赤になりながら、早瀬の50cmくらいそばに座り込んだ。
そして、一呼吸入れながら、じりじりと彼に近寄っていく。
「…………?」
突然の、彼女の謎の行動に、早瀬も首をかしげた。
早瀬も彼女同様、雑誌を読みつつも、
このぎこちない空気を打開する方法を模索していたところではあったのだが。
結佳はゆっくりとじりじりと近寄り、とうとう早瀬に擦り寄る形で密着した。
(ま、まずは…自然に、し、自然に会話するのよ…!)
急激な胸の高鳴りに苦しみを覚えながら、結佳は第一声を発する。
「……な、なにを……読んでる、んですか……?」
ガチガチの笑顔を沿えて、おどけてるつもりで問う。
「け、経済誌だが…」
「そ、そぉですかぁ~…お、おもしろいですかあ?
わ、わたしも読んでみようかな、なんて…」
雑誌を覗き込むふりをして、べったりと密着する結佳。
早瀬に詫びるように、無理やりに甘い空間を作ろうとしている。
(ど、どうしたんだ…?これはどう解釈すれば良いのか…というか、
こんなにぴったりとくっつかれたら……当然……)
若干訳分からなく思いつつも、早瀬は自分の思うままに結佳の肩に腕をまわし、
抱き寄せようとした。
「ぅひぁっ!?」
驚いた結佳が、妙な声を発して肩をびくつかせる。
(や、やだ…なに変な声出してるのわたし…!
触れてもらいたくて近づいたくせに…!)
肩を震わせ、顔を真っ赤にし、瞳を涙で潤ませているようにも見えたが、
それでも早瀬は肩にまわした手を離そうとはしなかった。
「………結佳。」
手を後頭部にまわし、こちらを向けさせる。
(……こ、こ、今度は、拒んじゃ、駄目……!!)
結佳は、瞳をぎゅっと、唇は真一文字に閉じ、覚悟を決めた。
「……そんな、取って喰われるような顔しなくても、
君が嫌なら俺は何もしないから、安心してくれ。」
早瀬はため息混じりに言うと、結佳の唇ではなく…額に自分の額を軽く当てた。
胸を高鳴らせていた結佳に、後悔と懺悔の波が押し寄せる。
(……も、もしか、して……呆れられ、ちゃった……!?)
感情が一気にあふれ出て、それと同時に結佳の瞳から大粒の涙がこぼれる。
頑張ったつもりが、また、前回と一緒……そんな残念な思いで胸がいっぱいになる。
「……なあ、結……」
「ご……ごめ……ごめんなさい! ほんとに、ごめんなさい!
わ……わ、わたし、早瀬さんのこと、好き……好きなんです!!」
「………!?」
唐突の告白に、早瀬は嬉しく思いつつも目を丸くした。
「は…早瀬さんの、こと…好きで…好き過ぎて…心臓がドキドキしすぎて…
爆発しちゃうんじゃないかって思うくらい、息苦しくて……
…キ、キ、スが、嫌なわけじゃ、絶対に、ないんです……!」
「………………」
「い、言い訳みたい、ですけど……わ、わたし……男の人と、お付き合いするの、
う、生まれて初めて、で……何もかも、が、初めてで……ほ、ほんと、こういうこと、
24にもなって、まったく、な、慣れてなく、て……で、でも、信じてください!
嫌なわけじゃないんです…!」
「………は、ははっ」
真っ赤になりながら必死に弁解する結佳が、とても可愛くて、愛おしくて。
結佳の涙を指でぬぐいながら、再度、額と額を合わせた。
「そんな可愛いこと言われると、キスで済ますどころか、
無理矢理にでも押し倒したくなるんだが?」
いたずらっぽく、早瀬が笑う。
「ふ、ふぇ !? ……は、はい!ど、どうぞ!お、押し倒して、くださいっっ!」
結佳は、またしても力いっぱい瞳を閉じて、まな板の上の鯉になろうとする。
彼女の必死っぷりを見て、早瀬は笑いながら彼女の頭を優しく撫でる。
「……良かった。ほっとしたよ。
俺は……先週、君を傷つけたんじゃないかって、不安で仕方がなかった」
真っ赤になって肩を震わせていた結佳が、早瀬の意外な言葉に、目を開けてきょとんとする。
早瀬は何も悪くないのに…ただ自分に勇気がないだけだったのに。
「だから…無理しなくていい。君が本当にそうしたいと思える時まで、待ってるから。」
「は、早瀬さん………」
「俺もちゃんと、君には本音で接するから。
君も良いこと、嫌なこと、俺に正直に言って欲しい。
……君とは、同じ速さで、一緒に歩いていきたいから」
自分ばかりが、追いかけていると思っていた。
だが、早瀬はちゃんと、自分を伴侶として見ていてくれている。
歩幅を自分に合わせようとしてくれている。
………この人を好きになって、良かった。
結佳は心からそう思った。
「……じ、じゃぁ、早瀬さん……お、お願いが、あるんです……!」
「何だ?」
「……キ、キス、したい、です……!」
「…………本当に、いいのか? 無理してないか?」
「無理してます!」
「!?」
「で、でも…本心は、ほんとうは…したいんです!!すっごく、したいんです!!
た、ただ…ど、ドキドキしすぎて、心臓発作で死んじゃいそうで…怖くて…」
「い、いや……死なないだろう……そんなことで」
「『そんなこと』 !? わたしはこんなに苦しいのに……!
早瀬さんはわたしといても大してドキドキしないってことですかー!?」
「いや断じてそんな事は! ……むしろキスのその先も今すぐにでも……」
「? なんて言ったんですか?」
「何でもないっ!」
ついうっかり出てしまった本心をごまかすように、早瀬は結佳の唇を塞いだ。
もちろん、自らの唇で。
………………
「……んっ……」
初めての感覚と、緊張と、幸福感で胸がいっぱいになり、瞳を潤ませる結佳。
一度唇を離した後も、頬を赤らめたまま早瀬を見つめている。
(か、可愛い……)
早瀬は、右手を結佳の頬に添えたまま、
彼女の持つ『女の魅力』を目の当たりにし、思わず唾を飲む。
このまま………先ほど呟いたように、自分の欲望のままに押し倒してしまいたい。
だが、今日はここまで。
この先、彼女の『はじめて』を、自分で埋めていく度に、
こうやって新たな彼女の魅力を確認していくのも、悪くない。
『とりあえずは』そう心に言い聞かせて、自制した。
「……心臓、止まったりしなかっただろう?」
「は、はい……」
「そんなに、顔真っ赤にして…………………………真っ赤?」
早瀬は、結佳の顔から若干距離を取った後に、
頬の赤さとは別の『赤』が、彼女の顔に現れたことに、気がついた。
「鼻血──────!!?」
キス未遂によるギクシャクは解消されたものの、
結佳は再度、早瀬に平謝りする羽目となってしまったのは言うまでもなかった。
(おしまい)