[NEWS] 司とレイン

○刊ねぎ秘密結社ニュース

※この話は小説「これがおれの人生だ !!」のネタバレを多大に含みます。





午前2時。

非常灯以外の明かりがなく薄暗い、ねぎ秘密結社社屋の中に。
闇に溶けるような漆黒のローブを身にまとった、怪しい影が忍び込んでいた。

(……一見、何の変哲もないただの企業。だが……
あの男が従属するほどの組織だ……何か重大な理由があるはずだ……)


”あの男 ”とは、かつては戦友であり盟友であった。
それがいつしか、自分達から見れば下等であり、
ただの食糧同然である人間に加担するようになってしまった。

人を喰らうのが当然である者からすれば、気が狂ってしまったとしか思えなかった。
(そう……人間など、この世の秩序を乱すだけで、生かしておいて何の得もない、
実に下らない生物……
せめて有効に利用してやらないで、一体なんの利益があるというのだ……)


少し前に、この会社に所属する、ある人間の男と知り合った。
その男は生まれつき身体が弱く、近いうちに死ぬのは目に見えていた。
死ぬのがわかっているならば、生きているうちにその血を戴き、
戯れに冥土の土産代わりとして夢を見させてやることにした。

男の望みどおり、人間には勿体無いほどの運動能力を与えてやった。
そしてその男は、弱々しい自分の身体にそぐわない体力を身につけた反動で、
間もなく命を落とした。

自分の手を取らなければ…もしくは、命乞いでもすれば、多少は生きながらえたであろうに。
(本当に……愚かな男だ。どうせ放っておいたっていつかは落とす命を、無闇に散らすとは)



「………よぉ、レイレイ」



誰も居ないはずの社屋で、自分の頭上から。
聞き覚えのある『愚かな男』の声。
「……司……か」
「なんだよ相変らずつれねーなぁ。ふるやんって呼べって言ってるじゃん、レイレイ!」
「そのふざけた呼び方は止めろと言ったはずだろう。私の名はレインだ」
人間の敵である……吸血鬼、レインを目の前にしても全く恐れも怯みもしない。
少し悪戯っぽい視線を向けながら、天井に近い位置から見下ろす形で、
古屋 司は立ちふさがった。


「夜中だから霊視システムは切ってあるんだが……あんたには見えるんだなぁ、おれの姿」

司は既にこの世の人間ではない。
しかしどういうわけか、すぐにはあの世に旅立てず、この会社の地縛霊となってしまい、
この世に取り残されている。

昼間は会社の厚意で設置された特殊設備により、
霊とはいえ誰にでも見える環境に置いてもらっているのだが、

夜はその設備が切られるために、その姿は…
霊視能力に長けた者でもなければ、見えなくなる。


「大抵の、特に吸血鬼の真祖ともなれば、霊など見えて当然だ」
「そうなん?おんなじ吸血鬼の夜半っちょは、おれのこと見えないって言ってたぜ?」

夜半っちょ…とは、白鳥夜半。この会社に所属する吸血鬼。
レインの”かつての盟友 ”である。
「吸血鬼であってもその能力には…人間同様、個人差がある。
あの男は……精霊や眷獣に人一倍関わりのある一流の魔導師でありながら、
霊を見る能力に関しては並以下なのだ」

「ふーん、まあいいや。それより…おれさ、ずっとあんたに会いたかったんだ」
「…………」

司が死ぬまでの約1年間、彼とは、血の供給・運動能力の収受という利害関係から、
ずっと行動を共にしていた。

今夜は、司が死んでから初めての再会であった。

「恨み言なら…聞かんぞ。」
「恨み言?」
「先ほど言ったとおり、霊が見えるお陰で…
今まで喰った人間共の霊から、恨み言を聞かされることなど日常茶飯事だ。
特に何の役にも立たん奴らを、私が栄養にしてやっただけでも
感謝してもらいたいものなのだがな」

「はははは、そりゃー大変だな。でもおれは恨み言なんて何一つないぜ。
レイレイの言うとおり、感謝したいんだ」

その言葉通り、司は嘘偽りのない瞳でレインを見つめ、穏やかな笑みを浮かべる。
「おれ、レイレイにちゃんとお礼も言えないまま死んじゃったからさ…
改めて、ありがとうな。
レイレイのお陰で最後の1年、人生の100年分くらい楽しく過ごせたんだ。
この通り、肉体はなくなっちまったし、なんでか幽霊としてこの場にまだ留まってるけどさ。
さっきも言ったように恨んでもねーし、後悔もねーよ。」


レインは、感謝しろ、と口では言ってみたものの、
実際に感謝を述べてきた頭の悪い霊に出会ったのは初めてであった。

「……貴様は、馬鹿なのか?」
本気で意味のわからないレインは、心からの感謝を述べられても、呆れた声で静かに罵る。
「そーだなー、おれ馬鹿なんだろうなー。
大人しくして、スポーツ以外の何か好きなこと見つけてりゃ…
どんなにポンコツの身体でも、親からもらった大事な命。壊れないように丁寧に扱えば、
それなりに生きていられたんだもんな。結婚だって出来たかもしれないし、
子供だって生まれてたかもしれない。」

語られる言葉は悲しげ、だがそれでも司の表情は一点の曇りもなかった。
「当たり障りのない人生を送るっていう選択肢しかなかったおれに、
『命と引き換えに夢を叶える』っていう選択肢を増やしてくれたのは、
レイレイ、あんたなんだ。」

「…分かっていないのか?私は別に貴様の願いを叶えたくて近づいたわけではない。
貴様を食い物にするついでに遊んだ程度なのだぞ。その命などどうなろうとな」

「そんなんさー、血が欲しかったら吸うだけ吸って、
そのまま放っておく事だってできただろ?」

「ふん…近年は、人間を無闇に食い散らかすとやたらと騒がれる面倒な時代になったからな。
貴重な生き血を自ら与えようとする人間には、
多少恩を売っておいても損はないと思っただけだ」

「………くくっ」
どう褒め称えようと、憎たらしい言葉しか返さないレインに、
司はとうとう笑い声をこぼれさせる。

人間からは、恐れや憎しみの目でしか見られたことのないレインは、
自分に対し全くの怯みがない司に、次第に苛立ちを覚えた。

「……貴様、さっきから上から目線で憎たらしいな……
恨み言は無いと言っておきながら、私をからかっておるのか?」

「上から目線って…まあ上に浮かんでるからな。
おれ地に足つけないんだからしゃーねぇじゃん。
いやぁ。言ってることは憎ったらしいのにさ、
やっぱおれにはあんたが悪い奴には見えなくってな」

「………!?」
「夜半っちょと、久我っちがあんたのこと、色々言ってるの聞いたけどさ……
あんただって、別に夜半っちょを殺したいとか倒したいってわけじゃないんだろ?
ただ、昔みたいに仲良くやりたいだけなんだろ?
おれに手を出したのだって、夜半っちょに昔を思い出してもらうきっかけにしたかった。
そんなとこだろ?」

司は、自分に力を与えてくれていたレインが、自分に対する善意などまるでなく、
利用されていることなど生前から気付いていた。

自分よりも下等な生き物に、何もかもを見透かされていたレインは激昂する。
「人間如きが、小賢しい!! たかが20年程度しか生きていない若造が、
何もかも分かった風なことを言いおって!
…アレクが、どんなに人間と馴れ合おうと、人間社会に取り入ろうと、奴は永遠に独りだ!
この私と同じく、未来永劫に死ぬことの出来ない吸血鬼の真祖なのだからな!!
そんな、我々にとっては当たり前の事を忘れている奴の目を
覚まさせたいだけなのだ、私は!!」

「………死ねないって、辛いよなぁ」

どんなに痛い思いをしても、身体を切り刻まれても、
痛い思いをするだけで絶対に死ぬことは出来ない。

どんなに精神的に追い詰められても、世界に誰一人、味方がいなくなっても、
自ら命を絶つことすら許されない。

どんなに愛しい人が出来ても、心を許しあえる仲間が出来ても、皆自分より先に死んでいく。

それがどんなに辛いことか。慰労の言葉を掛けることはできても
実際の恐ろしさは司にも想像は付かない。

「あんたが言うように、人間はダメで低レベルな生き物なのかもしれないけどさ。
死、っていう結末や選択肢があるだけ…そういう意味じゃ、あんたらよりマシなのかもな。」

「……貴様……吸血鬼よりも人間の方が高等だとでも言うのか……?」
「そーじゃねぇよ。なんでそんな捻くれた解釈するかなー。
死ぬのも辛いけどさ、死ねないってのも辛いんだろうなって。それだけだよ。」

「………………」
「そして、死ねない辛さはたぶん、吸血鬼の…あんたと、
夜半っちょにしかわかんねぇことなんだろ。
だから死ねない同士の夜半っちょと仲良かった頃に戻りたいんじゃねーの?」

「ば……馬鹿なことを言うな! 私は単に、吸血鬼として腑抜けた奴に……」
「友達がちょっと道を外しちゃったから、正してあげたいってことだろ?
………やっぱ、あんた悪い人じゃないじゃん。いい加減認めろよ、はははっ!」

「貴様ぁぁぁ!!!」
司に煽られ、怒りが頂点に達したレインは、特技である光の剣を魔導で召還し、
司に斬りかかる。


ガキィィィィィィン!!!! ”

当然、司は霊体なのでその刃が通るわけもなく、風圧のみが空振りし、
司の背後の天井に大きな斬り跡が出来る。

「おいおい、おれ幽霊だもん。斬れるわけがないんだぜ?」
「何が友達だ!! アレクが目を覚まさないなら、奴を叩きのめすのみだ!
腑抜けた吸血鬼の真祖など、同族として恥としかいいようが無い!」

「はいはい。ま、とりあえずおれはまだまだこの世に留まれそうだから、
今度機会があれば夜半っちょに、友達が怒ってたよーって伝えておくわ。」

「おのれ……たかが人間のくせに言いたい放題………」
「はははは!正確にはもう人間じゃねーけどな!」
レインは、どんな言葉を浴びせても余裕の笑みしか浮かべない司に対し、
光の刃を再度構えるが、
物理攻撃が効くわけもない相手に対し、唇を噛むことしかできない。


「……何だ……? 今の大きな音は……」


先ほどの衝撃音で、社内の宿直室に寝泊りする久我恭一郎が、
懐中電灯を片手に眠そうに呟きながら、現場に近づいてきていた。
「ち……人が来たか。社内の探索はまた改めるか……」
「おう、また来いよレイレイ!」
「………馬鹿が………!」

これ以上は何を言っても無駄とばかりに、レインは足早に、静かに消えていった。















「なんだ……古屋君か。」

霊視機能のある社員証と懐中電灯を片手に、司の前に現れた久我。
改めて、通路の照明を点けると、壁につけられた大きな斬り跡に驚いた。
「なっ……何だねこの、刃物で斬りつけたような傷は……何があったんだね? 古屋君」
どう説明したものか、笑いながらもちょっと困った顔をするものの、
司は胸を張って答えた。



「友達が、遊びに来ただけ! 壁はおれが責任を持って直しまーす!」






(おわり)
 

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