[NEWS] ほんとうの恋 final

○刊ねぎ秘密結社ニュース

「……青木さんになんて……会いたくもないです。酷いです。最低です。
二度とその顔を見せないでください。どうか死んでください!!!!」











「氷雨ちゃぁぁああん――――――!!」


…………

悲痛な叫びと共に、青木大空は目を覚ます。そこは薄暗い自室。
(……夢……か…………)
黒髪の小柄な少女に罵声を浴びせられていたのが、夢であったことに気づく。
(正夢、かなぁ……ああ言われても、仕方ないこと……俺、しちゃったんだもんなぁ……)

あれから約3ヶ月。
社員寮に閉じこもったままの朝霧氷雨が、姿を現す気配は、まだない。






大空はそのまま眠れず、一睡もしないまま朝を迎えた。
氷雨と別れてから彼女を思わない日はなかったが、夢に出てきたのは初めてあった。
(謝らなきゃいけないのは、分かってる…分かってるけど……
なんでだろうな……女の子に罵倒されるのなんて、慣れてたはずなのに……
今は、氷雨ちゃんの顔を見るのが、これほどまでにつらいなんて……)


いつもなら、恋愛に関してはガンガンに推し進めるタイプの大空なのだが、
徹底的に相手を傷つけてしまったがゆえに、
また触れたらさらに傷を深めてしまうのではないかという

恐怖心に、完全に支配されてしまっていた。
(けど……もう、あれから3ヶ月……もう3月……。弱気なこと言ってなんて……ん?)

憂鬱な顔を水で洗い、歯を磨きながら、
大空は洗面台の横にあるカレンダーに視線を向けると、

とあることに気がついた。

「……あ……あぁぁぁぁぁぁ~~~~~!!!!!!」

何かを思い立った大空は、慌てて着替え、クリスマスに氷雨と過ごした遊園地へと向かった。






遊園地へ向かい、用事を済ませた後。
大空は猛ダッシュで会社へと向かった。だが既に時は午後。

「青木君?連絡もなしに午後から出勤なんて、いい度胸してるのね。
真っ当な理由がないのならそれなりの覚悟はしてもらおうかしら。」


午前の勤務を無断欠勤していた大空は、上司の成沢眞妃を相当怒らせてしまっていた。
「すいません成沢部長っっっ!!!!
俺どうしても、今日中に決着させなきゃいけないことがあるんです!!!
それが済んだら、いくらでも殴って蹴って罵って減給してくれても構いませんから!
あでもクビだけは勘弁してください!!!!」

「言ったわね……決着させたいことって、何なの?」
いつになく必死そうな大空を見て、さすがの眞妃も何かを察したのか、冷静に問いかけた。

「社員寮です!!!!」






氷雨が閉じこもってからの、ねぎ秘密結社社員寮『わけぎ』は。
相変らず氷山のように凍らされたままであった。
どうにかして氷を溶かそうとも、削り落とそうとも、生きているかのように、
瞬く間に修復されてしまう。

氷雨の、誰とも関わりたくないという心境の表れなのかもしれない。
この3ヶ月、氷雨が苦手とする男性達はもちろん、
氷雨と親しい女性達がどんなに呼びかけようと、

何も反応は示してくれなかった。
そしてこの3ヶ月…大空は氷を崩すことはおろか、彼女に向き合うことすらも恐ろしく、
社員寮に近づいてすら、いなかった。

(けど……今日……伝えなきゃ……氷雨ちゃんに会って、話さなきゃ……謝らなきゃ。
俺は、絶対に後悔する――――――!!)


大空の、並々ならぬ決意を目の当たりにした眞妃と、その騒ぎを聞きつけた社員達が
ぞろぞろと氷山の社員寮前に駆けつけた。
ギャラリーの視線が、大空の一挙一動に集中する。
大空は、社員寮の前で大きく深呼吸し、叫んだ。


「氷雨ちゃぁぁぁぁぁ――――――――――――――ん!!」























(………青木さん………?)


暗く固く、冷たい氷に閉ざされた社員寮の一室に、氷雨はうずくまっていた。
ここに閉じこもって、どれだけの時が経っているかなど、氷雨にはわからない。
閉じこもっている間、氷の外側から色々な人の声を耳にした気がする。
だが、大きなショックを受け、能力を暴発させ、精神的にも消耗していた氷雨は
誰の声にも耳を傾ける気にはなれなかった。

大空の事も…誰の事も、憎んでいるわけではなかった。
ただ、怖い。それだけ。
『男性』を意識しただけで、幼い頃の恐怖が鮮明に蘇ってしまう。
だが大空と共に過ごした時間は、心から楽しく、嬉しく思えることばかりであった。
(でも……ダメ……どうしても、怖い………!)



「氷雨ちゃ―――――ん!! お願いだ――――!!
少しでいいから、会ってくれぇ――――――!!」




氷の壁の向こうから、かすかに大空の叫ぶ声が聞こえる。
大空の声を聞くのは、クリスマスに彼を突き放して以来。
最後に会ってから相当の月日が経っていることは、感覚的には分かっていた。
今更、合わせる顔なんて……と思いつつも、氷雨は重い腰を少しだけ上げた。


   …シャラッ


「……!」

上半身を起こすと、氷雨は首から下げていた、光り輝くものの重みに気がついた。
大空が買ってくれたガラス細工のネックレス。
取り乱していて、完全に忘れてしまっていたが…
それを目にした瞬間、氷雨は心が少しだけ癒された気がした。

大空が、首に掛けてくれて…手放しで可愛いと褒めてくれたことを、思い出す。
(そうだ……私、青木さんに……このネックレスのお礼、言ってない……!!)



……パキッ……









「!!」

何度も、何度も、社員寮に向かって大きな声で呼びかけていた大空は。
寮の3階の一部の氷に亀裂が入ったのを見逃さなかった。
「おおぅ…呼びかけただけで、氷にヒビが入るなんて……
この3ヶ月じゃ、一度もなかったっスよね……」

社員寮と、二人の行く末をギャラリーから見守る、社員寮管理人の湧木廉太郎が呟く。

氷雨は、会ってくれる。
その亀裂に根拠のない自信を感じ取った大空は、その亀裂目がけて大きく飛び上がった。
(氷雨ちゃんを連れ戻せるのは、俺だけだ――――――!!)
心の中でそう叫び、大空は左腕の拳を大きく振りかぶらせた――――――

「!! ……駄目だ大空君、左腕は――――!」

湧木と同じくギャラリーの中から見守っていた、
久我恭一郎が何かに気付き、小さく叫んだ。

それだけで彼を止めることなど出来るはずもなく、
彼の拳は氷の亀裂に打ち付けられた。

だがその拳で、氷の亀裂が広がることはなく。代わりに広がったのは…

「……血……!?」




大空の表情が、苦痛に歪む。
氷の亀裂は広がらず、彼女は氷の中に閉ざされたまま。
だが、大空は諦めなかった。
(こ……こんな痛み……氷雨ちゃんの心の傷に比べたら……!!!)
大空は、社員寮の3階部分の、氷の崖にしがみついたまま、叫ぶ。
「氷雨ちゃん――――――!!」


……パキ、パキッ……ガラガラッ……


大空の叫びに応えるかのように、突然亀裂が広がったかと思うと、
亀裂部分の氷が崩れ落ち、人が一人入れる程度の穴が開いた。
大空はすかさず、その穴に入り込んだ。
(氷雨ちゃん……!)




恐る恐る、部屋の奥に入り込むと……そこには。
床に膝をついて崩れ落ち、顔を伏せて震えている氷雨がいた。
「……ひ、氷雨ちゃん!」
もしかして、何ヶ月も閉じこもっていたせいで弱って倒れてしまったのかと、
不安に思った大空が、とっさに抱き上げようとした。

「……触らない、で、ください……」

無意識に触れようとしたが、氷雨のその一言で、自分が氷雨に何をして
そして現状、こうなってしまったのかを大空は思い出した。
「ご、ごめん…!」
「………………」
姿を現してくれたものの、氷雨は目も向けてくれず、何も語らない。
ただ先ほど発した、涙声だけで……この数ヶ月、泣いていたのだと想像は付く。
「……そのままでいいから、聞いてくれないかな」
大空は、氷雨から一歩下がったところに跪き、氷雨の目線で語り始めた。

「氷雨ちゃん。ホントに…本当に、ごめん、ごめんなさい。
俺の気持ちを一方的に押し付けて、あんなことしちゃって……
氷雨ちゃんも、俺のこと好きだって言ってくれたけど、
それは俺が男として、ってことじゃないんだ…
って思って、ムキになって……本当に、馬鹿なことをしたと思ってる。
好きって言ってもらえただけでも、幸せだったのに…。」

「………………」
「あれから、すぐに謝らなきゃいけなかったのに……
ごめん、氷雨ちゃんの悲しい顔、見るの怖くて…
今まで、時間かかっちゃった。本当にごめん。
でも、今日、絶対言わなきゃだめだ、って……」

大空は、コートのポケットから、
赤い包装紙に金色のリボンが掛けられた小さな包みを取り出すと、

顔を伏せたままの氷雨の前に、そっと置いた。
それに気付いた氷雨が、ゆっくりと、少しだけ顔を上げる。
「…………?」
「誕生日おめでとう、氷雨ちゃん。今日、3月4日だよ。」



大空は今朝、カレンダーを見て思い出し、
慌てて用意したものはこれであった。

「……昨晩、初めて氷雨ちゃんが俺の夢に出てきてね?
なんでだろうって思ったんだ。今までだってずっと会いたくてたまらなかったのに、
なんで今日…って。
俺、やっぱりどうあっても氷雨ちゃんが好きなんだなぁ、って自分で笑っちゃったよ。」

氷雨は、大空と視線は合わせないまま、震えた手で小さな包みに手を伸ばす。
そして、そっと包装紙を取り外すと……。
クリスマスに氷雨にプレゼントしたネックレスと同じデザインのハートを抱える、
天使のガラス細工のオブジェが現れた。

「………………」
それでも氷雨は、何も言わない。何か言いたそうには見えたが、口は開かれない。
「うん、いいよ。これも…俺の自己満足だから。でもこれだけは、言わせて。
氷雨ちゃん、誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう。
ここにいてくれてありがとう。もう、それだけでいいよ。俺はもう何もいらない。
だから……また、前みたいに笑ってくれないかな。
…………氷雨ちゃんがまた笑ってくれるなら、俺はもうどうなってもいい!」

「……………!!」
顔を伏せたままの氷雨の肩を、大空は右手だけで持ち上げると、ようやく彼女と向き合った。







氷雨の顔は、涙でぐしょぐしょに濡れていた。
ずっと何も言わなかったのは、涙が止まらず声が出せなかっただけ。
向き合う恐怖ももちろん感じたが、氷雨は大空から目を逸らすことはなかった。
「氷雨ちゃんが、俺がここから…会社から出て行けって言うなら、喜んで出て行くし、
死んで詫びて欲しいって言うなら…喜んで死ぬよ。それで氷雨ちゃんが笑顔になれるなら!
も、…もう、氷雨ちゃんが笑えない世界にいたって、俺にとって意味なんてない…から。
だから………」

「……あ、あお………………    !?」

やっとのことで、何か言葉を発そうとした氷雨は、自分の左肩を掴む、大空の右手の…
反対の手に視線を向けると、驚愕した。

今まで顔を伏せていたので気付かなかったが、大空の左拳は……血だらけであった。
その出血の程度は酷く、大空の足元を広く赤く染めるほどであった。
「……ち、血……?」
気持ちが高ぶって、左手の怪我になど意識が行っていなかった大空は、
氷雨に指摘されてようやく思い出すと、苦笑いした。

「あ、あぁ…これは、ここに来る途中に、ちょっとね。」
そもそもサイボーグである大空が、どうして流血し、
見たところしっかりと骨折もしているのかが疑問であった。

その疑問を読み取ったかのように、大空が説明を加えた。
「俺、全身全部機械ってわけじゃなくて、あちこちちゃんと肉体も残ってんの。
で、純粋に大きく残ってる身体のパーツが、左腕なんだけどね。
ここ割って入るときに、無意識に左腕出してた。
………なんだろ、ホントの俺で勝負したかったっていうか。
そんな気持ちが出たのかな………うん」

「……ご……ごめんな……さい……」
「なんで?氷雨ちゃんが謝ることなんて、全くないよ。
………ごめんね、氷雨ちゃんが、昔ひどい目に遭ったって話、聞いたよ。」

「………!!」
「氷雨ちゃんが受けた、身体と、心の傷に比べたら……こんなの、どうってことないよ。
男の俺が言っても、説得力もなければ、信じることも出来ないかもしれないけど……
氷雨ちゃんが触るなっていうなら、俺一生氷雨ちゃんに触れられなくたっていい……」

「………嘘」
決死の覚悟を語る大空の言葉を、氷雨がぽつりと遮った。
「……い、今……私の肩、触ってるじゃ、ないですか……」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、大空の言葉の矛盾を指摘する氷雨に、
大空は真っ青になる。

「あ、い、いやこれはなんとゆーかつい、アレで!ご、ごめん!」
慌てて右手を離す大空。だがその離された右手を、氷雨が力なく掴んだ。
「……青木さん……私が笑うなら、なんでもしてくれるって……言いましたよね……」
「!!」
「なら、お願いが、あります………」
「も、もちろんだよ!俺氷雨ちゃんのためならいくらでも死ねる!」
「し……死んじゃ、駄目です」
氷雨は、大空の右腕を掴む手に力を込めると、ゆっくりと、
膝を引きずりながら大空に近づいた。

「死んだら……いなくなったら、駄目です。青木さんのこと……好きなんです。
……青木さんは、男の人だけど……それは分かってるけど……
私は、男の人じゃなくて、青木さんが好きなんです。
自分でも、何を言ってるのか…わかりませんけど……男の人は、嫌いだし、怖いけ、ど……
あ、青木さんは、好きなんです……!」

「ひ、ひさめちゃん……?」
「た、たぶん…………せ、性的な、こと、とか…………
そういうのは、駄目です。怖いです。無理です。
でも、青木さんがいなくなるのは、だめです。いなくなったら、悲しい……です。
も、もう…私、なんて言っていいの、か……」

言いたいことが色々混じって、支離滅裂になってしまう氷雨は、
必死に言いたいことをまとめようと、
顔を真っ赤にしながら、考えた。
「お、俺……氷雨ちゃんのそばにいても、いいの……?」
黙り込んでしまった氷雨に、大空が恐る恐る、問いかける。
その大空の言葉から、氷雨はようやく、一番伝えたい言葉にたどり着いた。


「そばに、いてください」







氷雨の想いが告げられると同時に、社員寮を覆っていた氷が一瞬にして消え去った。
突然起こった奇跡に、社員寮を見守っていたギャラリーから歓声が沸き起こる。
「うわ……」
氷に覆われ、洞穴のような状態であった社員寮の一室が、
何事もなかったかのように元通りになり、

魔法のような出来事に大空は驚いた。
しばらく、気持ちが落ち着くまで。
二人は床に膝をついたまま、呆然としていた。
窓から、春の気配を思わせる暖かな陽の光が、差し込んでくる。
ようやく涙が乾き、落ち着いた様子の氷雨は、
永い眠りから覚めたかのように、うんと背伸びをして、立ち上がった。
そして、大空としっかり向き合うことができた。
「もう、3月になったんですね………
青木さん。私、クリスマスからずっと、
青木さんに言わなきゃいけないことがあったんです。」

「な、何……?」
「ガラス細工のネックレス…そして、誕生日プレゼント、ありがとうございました!
……かわいいって言ってもらえて、とっても嬉しかったです……!」








ようやくプレゼントのお礼が言えた氷雨は、大空が待ち望んでいた笑顔を見せた。

「……っしゃ――――――!! やっと氷雨ちゃんの笑顔が見れた!!!」
思い切りガッツポーズをして喜ぶ大空に照れながら、氷雨はそっと、大空に急接近した。
「……!?」
「お願いが、あります」
「な、ななななな何 !?」
いきなり至近距離に近づかれて、どぎまぎする大空。
慌てる大空にお構いなく、氷雨は自らの頭を大空の胸に、うずめた。

「………ぎゅって、してほしいです」

!?
触れるなって言ったよね !?
大空はツッコミを入れようとするが、氷雨からのそんな嬉しい申し出を断る理由もなく。
何も言えずに口をパクパクさせた。
「なんていうか…現実に帰ってきたっていう、実感がほしいんです。
男の人は無理だけど…青木さんなら、嬉しいというか…
青木さんなら、してほしいです。」

そこで拒否や我慢するわけもなく、大空は言われるがままに氷雨を抱きしめた。
男性は怖いはずなのに…なぜか大空の胸と腕に包まれていると、
安心感や、幸福感すら覚える。

「へへ………なんだか、幸せです………っ」
氷雨から、腕の中でそっと呟かれると、大空の理性スイッチが一瞬にして破壊された。
「氷雨ちゃん……!!」
氷雨の顔に、つい唇を向けてしまう。

「そこまでしろとは言ってないです――――――!!」

彼女の、越えてはいけない一線を越えようとした瞬間、大空は氷の風で吹き飛ばされた。
彼らが笑顔で社員寮から出てくるのを待っていたギャラリーの前に、
大空が大きく舞い上がって落ちていく。


 あれ……? 解決したんじゃないの……?

社員寮を閉ざしていた氷が溶け、
万事解決と思っていた社員達は訳がわからず不安な声を漏らした。





(ある意味、氷雨ちゃんは雪女だけに魔性の女だ……
でも俺は……絶対に氷雨ちゃんの笑顔を守るぞ――――!!)





その後、大空はあちこち破損した身体と、
左腕の骨折が完治するまで3ヶ月を要することとなる。

だが彼の未来は、とても明るい。











(おわり)

タイトルとURLをコピーしました