(つ……つつつつ……つ、つい、に……この日が!来てしまった……ッ!!)
12月某日、クリスマスに一番近い日曜日。
待ち合わせの時刻の、何故か一時間半も前に。
目印である駅前の銅像の前で仁王立ちするのは、青木大空。
(今まで氷雨ちゃんと二人で、ちょっと買い物程度なら行ったことあったけど…
本格的にデート、ってのは初めてだからなぁ…す、すごく緊張…する…)
毎年『幸せなクリスマス』を過ごそうと、あれこれ努力していた大空だが、
今年はついに、『好きな女の子と過ごすクリスマス』を実現すべく、
前々から気になっていた朝霧氷雨をクリスマスデートに誘うことに成功した。
しかし…彼女は社内でも有名な『男性嫌い』。
そんな彼女がなぜ大空の誘いを受けたかというと。
(デート、即答でOKしてくれたけど…
相変らず、俺のこと男だと思ってないみたいだしなぁ…)
氷雨は『人間の男』が嫌いなのであって、
それ以外の種族の男性には好意的に接してくれる。
サイボーグである大空は『人間の男』ではなく、
ロボット的な何かだと認識されているらしい。
お陰で彼女に好意的に接してもらえる、社内では数少ない男のひとりとなっていた。
…だがそれでは、いつまで経っても、夢の恋人同士にはなれない。
(今日こそ…氷雨ちゃんに、俺は普通の男だと認めてもらうっっ!!!
どんなに罵られても怒られてもいいっ!そうしないと始まらないんだ!)
雪女である氷雨にどんな攻撃を受けてもいいように、
自らのサイボーグ化の主である久我恭一郎に、完全防水・防寒・耐冷凍処理に加え、
対衝撃処理を施してもらった。
(まずは…今日は一日、氷雨ちゃんに楽しんでもらわなきゃ!)
一時間半後。
「青木さんっ!こんにちはー!」
予定の時刻どおりに、氷雨が現れた。
暖かそうなマフラーに、ふわふわで触り心地の良さそうな、ピンクのコート。
(うおっ……か、かわいいっ……うう、抱きしめちゃいたい……)
大空はあまり見る機会のない彼女の私服にうっとりしつつも、
我に返るように首を勢いよく振った。
「よっ!氷雨ちゃんっ!今日はパーッと楽しもうぜっ!」
二人がまず足を運んだのは、遊園地。
「わぁぁぁ…!ここ、一度来てみたかったんです…っ!」
カラフルで多種多様なアトラクションを目の当たりにした氷雨は笑顔を輝かせる。
(やった…!前もってこっそりと歓子ちゃんに頼んで
氷雨ちゃんの好きそうな場所を訊いておいてもらってよかった!)
「青木さんっ!私、あれ乗りたいです!一緒に行きましょう!」
いつもの涼しげな顔はどこへやら、
氷雨はまず目の前にあったジェットコースターを、ワクワクした様子で指差した。
「う、お、あ、あれ?いきなりあれ乗るの…?」
「え、駄目ですか?乗る順番とか決まっているんですか?」
「そそそそんなことないけど」
「……あ、もしかして……こういうの、苦手ですか?」
……ぎくっ
図星を指された大空は、苦笑いで誤魔化そうとする。
「大丈夫ですよ!私がついてますから!」
そう言って、乗るとも乗らないとも答えていない大空の手を、氷雨が引く。
(………!!??)
思いのほか積極的な氷雨に大空は驚きつつも、
氷雨の手の小ささと温もりに心臓を高鳴らせた。
(……あぁ……俺、今人生で一番幸せなクリスマス、過ごしてるよな……)
・ ・ ・ ・ ・
「あ、あの……青木さん、大丈夫ですか……?」
ジェットコースターに、上下左右天地無用に揺さぶられた大空は、
乗り物酔いを起こしてしまった。
「あはははは……大丈夫だいじょーぶ……」
「ごめんなさい……私が、無理矢理乗せたからですよね……」
先ほどまで最高に楽しそうだった氷雨の表情が、みるみる曇っていく。
せっかく楽しんでもらうために誘ったのに、彼女に悲しまれたらいけない。
大空は勢いよくベンチから立ち上がった。
「俺は全然大丈夫っ!氷雨ちゃんが楽しければ、俺も楽しいから!」
「あ、あんまり無理しないでくださいね?…そうだ、ちょっとのんびりするついでに、
そこのアクセサリーショップが、見たいです!」
氷雨が指差した先にあったお店は、ガラス細工のアクセサリーショップであった。
店の中央にあるガラス張りの個室の中で、
ガラス職人がガラス細工をひとつひとつ作り上げる作業を披露していた。
「すごい………!魔法みたい…!」
ただのガラスの塊が、職人の手が触れただけで様々な形に変化していく。
見事な手さばきに、氷雨は食い入るように魅入っていた。
(あれ、かわいいなぁ……欲しいかも……)
氷雨の視線は、いつの間にか職人の手から、
職人の手元に置いてある小さなガラス細工の完成品に移っていた。
そしてその熱心な視線に、大空も気付く。
「すいませーん!コレ、買えますか?」
「!?」
すかさず大空が、氷雨の視線の先にあったものを買えるかどうか問い合わせる。
「あぁ、もうすぐ完成しますから、買って行っていいですよ」
「あざーすっ!」
「え、ええっ !? 青木さん… !?」
職人は引き取り手の決まった小さなガラス細工に金具を付け、チェーンを通す。
かわいいガラス細工のネックレスの完成である。
氷雨に財布を取り出させる隙も与えず、大空がレジにてお金を払った。
「はいっ、どーぞ!コレずっと見てたもんね。」
大空は店の外で、可愛く包まれたネックレスを氷雨に手渡した。
「そっ……そんな!お金払います……っ!」
「いーっていーって!さっき心配かけちゃったお詫びってことで!ね!」
ネックレスを無理矢理押し付けられ、握らされ、
手放せない状態にされた氷雨は申し訳なく思いつつも、
とても気に入って目の離せなかったネックレスを、すぐに見てみたい衝動に駆られた。
「……あ、開けてみても、いいですか……?」
「うん!ガラスだから、気をつけて……あ、そこのベンチ行こうか!」
店の軒先にあったベンチに二人で座り、小袋からそっとペンダントを取り出す氷雨。
太陽の光を浴びて、キラキラと輝く様子をうっとりと眺めていた。
「すごいなぁ……手作りなんですよね、これ」
「そうだねぇ。一個一個手作りだから、同じものは2つとないよね!
せっかくだから、今ここで付けてみる?」
「……!」
氷雨はネックレスを自分で首にかけようとするが、なかなか上手く付けられない。
「待って、ガラスだし落としたら危ないから、俺がつけてあげるよ」
自分でそう名乗り上げたものの、氷雨の首の後ろに腕をまわして、
ネックレスのチェーンを留めるその仕草は……
(う、うっ……すごく、近い…………抱きしめたい…………)
またしても大空の心臓の鼓動を激しくさせるのであった。
うっかり理性が飛んでしまう前に、大空は手早くネックレスの金具を止めて、
すぐに氷雨と距離をとった。
「おおっ! かわいい !!」
氷雨が選んだのは、ハートに天使の羽が生えたかわいらしいデザインのもの。
素直に『かわいい』と言われ、氷雨は顔を赤くする。
「かっ……か、かわいいですよね……このネックレス……」
「ネックレスもかわいいけど、
氷雨ちゃんがかわいいからネックレスがかわいく見えるんだって!」
何のためらいもなく褒めちぎる大空を前に、氷雨が耳まで真っ赤になる。
「やっやだ……何言ってるんですか青木さんっっ……」
恥ずかしくて居ても立ってもいられなくなった氷雨は、どこへともなく走り出してしまう。
「ちょっ、ちょっとどこ行くの氷雨ちゃーんっ!」
その後、色々なアトラクションに乗り、パレードを眺め、
あっという間に日が沈んでしまった。
「ふあーっ、いっぱい遊びましたね…! もう、夜かぁ……」
遊園地内で夕食を済ませた二人は、既に園内からは出て、帰路についていた。
「今日は、本当に楽しかったです……!」
前々から行きたかった遊園地を存分に楽しんだ氷雨は、満面の笑顔。
だがそんな氷雨とは対象的に、大空の表情は緊張に包まれていた。
(俺も、楽しかった…でも、俺にとっては、ここからが…本番…なんだ…!!!)
「青木さん……大丈夫ですか?疲れましたか?」
遊園地を出てから、妙に口数の少ない大空の様子がおかしいと気付いた氷雨が、
心配そうに問いかけた。
「あ!あぁいや……なんでもないよ! とっところでさ…氷雨ちゃん」
「はい?」
まずは氷雨を不安にさせまいと、大空は沸騰しそうな頭で考えながら、話題を切り出す。
「おっ俺が今日誘ったの……OKしてくれてありがとう。
でっでもさー俺断られると思ったよー」
「どうしてですか?青木さんからお出かけを誘われたら、断る理由なんてないです。」
にこにこと微笑みながら、氷雨が答える。
この笑顔を、曇らせたくない。
この先の自分の行動が、彼女の笑顔を守るか、壊すか……
賭けにも似たような気持ちで、大空が切り出した。
「どっ……どうして、俺の誘いを断る理由が、ないの?……だって俺、男だよ?」
「青木さんは、青木さんじゃないですか。」
………違う。
氷雨は笑顔で答えてくれるも、その笑顔の元は『異性への愛情』ではない。
それに気付いた…いや、元々気付いていた大空は、
彼女のその笑顔すら、今は歯がゆく思った。
どうすれば、自分は男として…恋人として、見てもらえる…?
「……俺さ、氷雨ちゃんのこと、好きなんだ。」
「私も青木さんのこと、好きですよ?」
「!?」
「だって青木さんは、私の唯一の同期ですし、
とっても強くて頼りになるロボじゃないですか!」
「………」
”どうやって男として認めてもらう? まずかる~くキスでもして…… ”
その時ふいに、クリスマス前に助言してきた、榊 ゆたかの言葉が大空の頭をよぎった。
(もう………どうにでもなれ………っ!!!)
きょとんと目の前に立つ氷雨を、大空は強く抱きしめた。
今日一日、抱きしめたくてたまらなかった欲望が、一気に爆発する。
「あっ、青木さん……!?」
「俺は、確かに完全な人間じゃない……けど……けど!
……俺は、俺は……氷雨ちゃんを好きな、ただの人間の男なんだ……っ!」
「…………!!!!」
大空の感情の篭もった、いつもよりも低めの声を耳にした氷雨は、
ようやく『男性への恐怖』を感じたのか、次第に大空の腕から逃れようとする。
だが、もがこうとする腕を掴んで抑えつけた大空は、
動けなくなった氷雨の顔を目の当たりにすると…
そのまま、強引に唇を奪った。
…………………
ほんの数秒が、何時間かと思うほど長く感じられた。
(なんか、もう無我夢中だったけど…ここまでしたら…わかってもらえる、よな…?)
大空は、ゆっくりと顔を離すと同時に、氷雨を抱く腕の力も緩めた。
その瞬間。
「い……いやあああああああああああああ――――――!!!!!!!!!!!!!!」
「うわっ!!?」
絶叫と共に現れたのは、前も見えないほどの猛吹雪。
二人がいた公園が、見る見ると白く染められていく。
瞬く間に、公園を中心とした街中に、雪嵐が舞い乱れる。
猛吹雪の中心である氷雨は竜巻のように変化したかと思うと、
吹雪を撒き散らしながら猛スピードで飛び去っていった。
「氷雨ちゃん――――――!!??」
氷雨が変化した小さな竜巻が飛び去った、その行き先は……
「あっちは……社員寮!?」
氷雨が撒き散らした猛吹雪は都心部全体を襲い、
交通機関はあっという間に麻痺してしまった。
ホワイトクリスマスなどと、能天気に報道するレベルのものではない。
大空は1時間ほど走り続けて、ようやく社員寮にたどり着くと。
そこには、大空が見たこともない状態の社員寮がたたずんでいた。
「社員寮が……こっ……凍ってる……!?」
愕然とする大空。社員寮が完全に氷の塊と化してしまっているのだ。
「こっ……これ、中の人たち、マズい…よな……!?」
「とりあえず、大丈夫だよ」
「! ……白鳥部長 !?」
唯一の被害者であった白鳥夜半が、気だるそうに説明を加えた。
「部屋で寝ながらTV見てたら、いきなり電気が消えて、
一瞬にして氷漬けにされちゃってね。
まぁそんな芸当が出来るのはここの住人のあの子だけだとは思ったけど。」
「氷雨ちゃん………」
「しかし今回のはちょっと規模が酷いなぁ。
俺はともかく他の住人がいたら間違いなく死人が出たよ」
クリスマスで皆予定があり、外出してたのが不幸中の幸いと言ったところだろうか。
唯一、社員寮に残っていた夜半は不死身の吸血鬼、かつ最強の魔導師。
閉じ込められても何とか抜け出せたのだろう。
「一体何があったんだろうね。
……というか、君がここに駆けつけたという事は、何か心当たりがあるのかい?」
氷雨の暴走は間違いなく自分のせいである。
どうしていいか分からない大空は、夜半にすがる思いで、語り始めた。
「………お、俺………」
氷塊と化した社員寮は、周りの氷をどんなに削ろうとも、
生きているかのようにすぐに元通りになってしまう。
埒の明かない状態だと判断した二人は、とりあえず社員寮の近くにて対策を練ることにした。
「なるほど、ねぇ……」
大空から事情を聞いた夜半が、軽くため息をついた。
「最近俺のとこに来ないと思ったら、青木君にけしかけてたのか、あの子は」
「……あの子?」
「ええと誰だっけな、氷雨ちゃんの上司だとかいうあの女の子」
「あ、吹雪おねーさん!?」
「あぁそんな名前だったっけか」
人間以外の女性は特にどうでもいいといった感じの夜半は、
名前すらも思い出せなかったらしい。
「元々氷雨ちゃんは、俺の監視も兼ねてこの会社に寄越されてるようなもんだから、
吹雪ちゃんに、ついでに俺が氷雨ちゃんに男慣れさせるようにしてくれって頼まれたんだよ。
面倒だからって断ったんだけどね」
「そ、そうなんスか……」
「しかしまぁ、無理矢理しちゃったのがまずかったかな。それのせいで過去の記憶が
フラッシュバックされて、この状況になったのかもしれない」
「過去の、記憶……?」
「彼女の、男嫌いの原因になった過去だよ。吹雪ちゃんから聞いたんだけどね。
君は聞いてないのかい?」
「!」
”…あの娘は昔、人間の男に…あまり詳しくはいえないけど、酷い目に遭わされたのよ。”
大空は、夜半に言われて思い出した。
氷雨はそれが原因で人間の男を憎むようになった、と。
「でも、詳しくは言えない、って……」
「若い君に配慮したのかなぁ。まあ、男が女の子にする酷いことなんて、想像付くでしょ。
……まだ10歳かそこらの時に、人間の男にレイプされたらしい」
「………!!!」
「いくら男を喰らう雪女といっても、さすがにその年齢じゃトラウマにもなるだろうね」
氷雨の凄惨な過去を聞かされ、大空には猛烈な勢いで後悔と懺悔の波が押し寄せた。
彼女の都合も、心の傷の深さも全く考えずに、傷口を押し開け、広げてしまった。
今日は、彼女にはどんなに怒られ、罵られても耐え切る覚悟で臨んだ。
今までも様々な女の子に恋をし、アタックして、散ってきた。
振られることなんて、慣れていると思っていた。
だが………。
「ねえ白鳥部長。なんか変なんだよ……」
「何が?」
「俺、振られても殴られても罵られても全然平気だったのにさ……
氷雨ちゃんには…氷雨ちゃんだけは、振られたら、すごいつらいんだ……
直接殴られたりしたわけじゃないのに、すごい痛いんだ…なんかもう、心とか、色々…
俺、なんであんなこと、しちゃったんだろ……
氷雨ちゃんには、ずっと笑ってて欲しかった…のに…」
「……笑顔を守りたいと思うなら、それは本当の恋なんじゃないかな。」
自分にも心当たりがある。
夜半は内心そう思うも、今は多くを語らずに、悩める青少年を励ました。
「……そっか……俺、本当に氷雨ちゃんが好きだったんだな……
本当の恋って、つらいんだな………」
氷雨の涙の代わりのように、大粒の雪がしんしんと降り積もる。
彼女の心の猛吹雪が止むのは、いつなのか。
何もわからない大空は、今は雪の粒に交えて涙の粒を流すことしか、出来なかった。
(つづく)