とある日曜日。
普段から割と行き慣れているはずの秋葉原の街に、
西城寺初南賛は緊張した面持ちでたたずんでいた。
(オフ会なんて初めてだなぁ…。普段チャットで話し慣れてる人たちが相手とはいえ、
実際に会うとなると…すごい緊張する…。)
初南賛は、普段オンラインゲームで共にパーティーを組んで仲良くしている者同士、
実際に集まって交流する…いわゆる『オフ会』に参加するためにやって来たのであった。
(あぁもう、早く集まらないかな…ホント、こういうの苦手だけど…
東京来てから新しい友達も全然増えてないし、多少は人見知りしないで行動しないと…)
「あ、あの~、すいません。…もしかして、ジョナサンさんですか?」
いきなり見知らぬ人から呼びかけられる。背後には同じ年頃の男性が二人。
「え、あ、は、はい…。」
「あぁ!良かった。前もって聞いてた服装と外見と似てたから…。
あ、俺は『シューティングスター』です。」
オフ会らしくハンドルネームを名乗る。
ちなみに初南賛のハンドルネームは『ジョナサン』。
まさかそのまま本名であるとは誰も思うまいと、あえてつけた名である。
「あ、どうも初めまして…。ジョナサンです」
普段、自分の名前を嫌うが故に、名前を名乗るのをとてもためらう初南賛であったが、
ハンドルネームだと割り切ってしまえば、さらりと名乗れることに妙な感覚を覚えた。
「えーと、こっちが『ハルキング』、こっちが『雄兎(ユウト)』。
ジョナサンはオフ会初めてだっけ? 今日はよろしく!」
一緒に連れていた二人を紹介する、『シューティングスター』。
3人とも人柄は良さそうだ。仲良くなれそうな空気を感じ、初南賛は安堵した。
その場で談笑しながら待つこと10分。その間にさらに男性2人が合流した。
「さて、そろそろ時間だね。……後は、『ケイリー』だけか~」
今日の参加者は全部で7人。残る一人が集合時間間近になっても来ない。
しかしその『ケイリー』こそが、今日の主役といってもいい存在であった。
「俺、ケイリー一番会ってみたかったんだよな~!
あんな廃人中の廃人、なかなかいないと思うんだよね」
「レベルとか装備とか神がかったのばっかだしなー。
ゲームに生活かけたニートかと思ったけどちゃんと働いてるみたいだしなー。
どんなヤツなんだろ」
『ケイリー』という人物は、仲間内でもキャラクターのレベルや装備品などが
ずば抜けており、戦力ではリーダー格であるともいえる存在であった。
だがその実力を決して鼻にかけることはせず、マナーや言葉遣いなどもとても丁寧。
『彼』の実生活を知る者は誰もいなかったが、誰もがなんとなく
『昼は仕事に打ち込み、夜はゲームに打ち込むエリートサラリーマン』
というようなイメージを抱いていた。
『ケイリー』の正体はどんな人物なのか。その話題で持ちきりな中で
初南賛も例に漏れず会うのが楽しみになってきていた。
(ケイリーさんか…確かに、ゲーム内じゃホント、
只者じゃないからなぁ…どんな人なんだろう…)
集合時間から遅れること5分。その注目人物が、遂に現れた。
「……あ、あのっ……とつぜんすいませんっ……!
しゅ、しゅーてぃんぐすたーさんたちのあつまりは、ここ、ですか……?」
声を掛けてきた人物の姿を見て、男6人は目を丸くする。
そこに現れたのは、エリートサラリーマン風の男性………などではなく。
男6人の集団の前には隠れてしまいそうな、小柄な女の子。
「……え、もしかして……『ケイリー』……?」
「は、はい…! わたしが、ケイリーです……おそくなってすいませんでした」
「まぁぁああじでええええ―――――― !? ケイリーって女の子だったの !?」
「俺なんて絶対男だって信じて疑ってなかったのに !! いや~びっくりした!」
反応はともあれ、皆『ケイリー』のことを大歓迎した。
ただ一人、固まったまま動かない男を除いては。
「あ、ケイリー紹介するね。まず俺、シューティングスター。
左から、ハルキング、雄兎、もこ丸、ロイヤル先生、…で、最後がジョナサンだ」
背の低い『ケイリー』は、シューティングスターが紹介してくれるのを見て、
顔を上げてひとりひとりの顔を見た。
そして最後に紹介されたジョナサンの顔を見て驚愕する。
「……えっ…… !?」
驚いたのは、初南賛も同様であった。
誰もが認める神ゲーマー『ケイリー』の正体とは、同じ会社の長谷川恵莉だったのだ。
思わず名前を口にしそうになった二人だが、オフ会で本名を晒すのはタブーである。
それがとっさに思い出されて、二人とも何も言えずに固まっていた。
軽く自己紹介を終えた後、一行は喫茶店へと向かい、改めて落ち着いて談笑した。
「それにしても、何度も言っちゃうけどケイリーって女の子だったんだなぁ~。
失礼かもだけど、イメージと全然違ったよ」
「そ、そう、です…か…?」
「まあ中の人の性別なんて、あんま聞いたりしないしなー!
ま、むさいヤローが中身よりも全然いいよ!なんてな!」
「あ、あはは…」
「そんな緊張しなくていいよケイリーちゃん。いつも通りで」
「……は…はい……」
オンラインでのいつもの仲間達にフレンドリーに話しかけられる『ケイリー』…
恵莉だったが、緊張と困惑とでガチガチになっているように見えた。
(まぁ…参加者7人中、女の子たった一人だしなぁ…)
かくいう初南賛も、ちょっとでも話すと『リアルでのつながり』がバレてしまいそうで、
何も話せず、黙々と飲み物をすすることしかできなかった。
「ジョナサン意外に無口だなー。チャットじゃ結構しゃべるくせに!
堅くならずに気楽に行こうぜぇ!」
さっきから一言も発しないジョナサンに気づいたシューティングスターが、
初南賛の肩を勢いよく叩く。
(もともとこの場で何を話していいか分からなかったのに……
長谷川さんがいるだけでさらにどうしていいか、わからなくなったよ……)
「…それじゃ、適当に腹いっぱいになったことだし、ゲーセンでも行くか!」
場所は変わって、ゲーセン。
男性だらけでまともに会話もできないほど困惑していた恵莉は、
ゲームの仲間ならゲームで打ち解けようといわんばかりに、
オンライン上では『神』とも称されたその腕を黙々と披露した。
「うおお!すっげえ!何でそこでそんな技出せんの !?」
「速い速い速いって!相手一瞬で沈んじゃったよ!」
「やっぱり『ケイリー』なんだなぁ!」
初南賛も以前、彼女の腕前は拝見したことはあったが、
やはり改めて見ると感心する腕前であった。
だが、やはりうっかり妙な口を叩いてしまいそうで、
遠目からその様子を見ていることしかできなかった。
「……あ、すいません。ちょっと……しつれいします」
ゲームの筐体の前から立ち上がり、バッグを抱えてお店の隅に向かって歩き出す恵莉。
「……ほい、いってら~」
『お手洗いに行く』と察した一人が、ひらひらと手を振る。
恵莉が去った後の筐体の前で、他のメンバーが、
恵莉が披露した技を自分でもやってみようと次から次へと群がった。
注目の的であった恵莉から、皆の視線が外れると。
一人、別の場所でぼんやりと立っていた初南賛の背中を、
恵莉が掴んで引っ張り、歩き出した。
「……え? ちょ、ちょっと?」
「あの…その、すいませんでした」
初南賛と恵莉は、騒々しいゲーセンの中から抜け出し、入り口脇の路地で立ち話をした。
「…なんで謝るのかはよくわからないけど…まぁ、びっくりしたよ…。
まさか長谷川さんがケイリーさんだったなんてね」
「西城寺くんこそ…まさかほんみょうそのままの、ジョナサンさんだったなんて…」
「う、うん…まあね……。
……けど、よく君がオフ会になんて来たね。男ばっかりだったのは予想できただろうに。
女の子ひとりで、つらくない?」
初南賛に痛いところを突かれ、恵莉が表情を曇らせる。
「……そ……それが……
……あ、あの!……お、おねがいがあります西城寺くん!」
「へ?」
「こ、この仲間うちだけでいいです、わたしの……
か、か、か、……彼氏、に、なってくれませんか!」
「はぁああ !?」
(つづく)