※この話はねぎ秘密結社ニュース2011年01月02日号・
2011年01月09日号を読んでから読むことをおすすめします。
ポケットに入れている携帯が小刻みに震える。
メールの着信バイブ。差出人は見ずともわかっていた。
内容は大体予想はついている。ややいらついた表情をしながら、
南十字照美は至極面倒くさそうに携帯を開いた。
「………くそじじい。」
祖父からであった。
最近携帯メールのやり方を覚えた祖父は、メールを送るのがとにかく楽しいらしく、
他愛もない内容のメールを、やたらと頻繁に照美に送ってくるようになった。
その内容とは……。
9割方、”婚約者 ”の泉 次郎とは上手くいってるかどうか、というものである。
(だから…婚約はおろか、付き合ってもいないって何度も言ってるのに…!!)
”僕がもっと、自分に自信が持てるしっかりした男になるまで…
待っていて、もらえませんか。”
親たちが勝手に決めた「口約束の婚約」を破棄したものの、
次郎は照美に対し、こう宣言してきた。
次郎のことは、やたら腰が低いことと、自分に自信がなさすぎること。
それらさえ除けば十分魅力ある男だとは、思っている。
(でも……あたし、いつまで待ってればいいの?)
次郎は自分よりも6つも年下の、22歳である。
いったいどれだけ先を見て、そんな宣言をしてきたのであろうか。
2年も経てば、次郎はまだ24歳だが、照美は30歳になってしまう。
(あたしが『もう十分だよ』って言って申し入れるのは簡単だけど……
……でも、やっぱり、なんていうのかな……
求められたい願望みたいなのは、捨てきれないのよね……それに……)
自分は本当に、次郎のことが好きなのだろうか?
結婚願望の強い自分にたまたま与えられた、
可能性にすがってるだけではないのだろうか?
心の奥底には、そんな不安が潜んでいることに、照美は気づいていた。
「照美ちゃん」
誰もいない倉庫の前でぼんやりと考え込んでいると、
自分のかなり上の方から、おっとりとした男の声に呼び止められた。
「………吉村部長」
「こんなとこにいるとはねぇ。捜しちゃったよ」
「あ、ちょっと資料の探し物をしていて…すいません。何か用です?」
「……新年度の人事のことなんだけどね。ついさっき、決定したんだ」
にこにこしながら、悟史は照美に1枚の文書を手渡した。
「異動はないけど、何人か昇進するかな~。あ、一応公布はまだ先だから、内緒だよ」
「へぇ…………………って、え!?」
文書に書かれた名前に、照美はわが目を疑った。
照美の驚きように、悟史は満足そうな笑みを浮かべた。
”営業部 課長 泉 次郎 ”
「か………課長おおおお!?」
「最近彼すっごい頑張ってくれてるし、
その成果がここ1ヶ月ほどでバンバン出てるからね。
利益も急上昇さ。ほんと、すごいよ。ま、コレが俺の評価だよ♪」
「で…でも、ヒラからいきなり課長…って」
「君だってヒラからいきなり部長だったじゃないか。それには劣っちゃうけどね~」
「そ、それは!部長公募に応募して、部長昇進試験をちゃんと受けたからでしょ!
例外みたいなもんじゃない!普通だったら…」
「………君の、泉くんに対する評価は、どうなのかなぁ?」
照美から文書を返してもらうと、悟史は文書に目をやりつつ、ニヤニヤと照美を見下ろす。
「部長とヒラじゃ不釣合いかもしれないけどね。
部長と課長なら別にいいんじゃないかなぁ?
でもそんな理由で彼の昇進を後押ししたわけじゃないよ。
彼の行動と、それによる結果を考慮しての評価だからね」
「………な、何を………言いたいんですか」
何もかもを見透かされてるような気がしてきた照美は、上からの視線に、やや怯む。
「彼はもちろん、会社のために頑張ってくれたんだろうけども、それ以外にも…
確実に、君のために一途に頑張ってるようなんだよねぇ~。
………そろそろ、君から、ご褒美があってもいいんじゃないかな~、
とか思ったりして、ね」
混乱して硬直してしまった照美の頭を、悟史は黙って優しく撫でると、
倉庫から去っていった。
数日後。
社長の承認を得た新年度の人事が、正式に公布された。
次郎の昇進は、照美が驚いた以上に、本人が驚愕した。
「よ、吉村部長っっっ!!!!?????
あ、あれ、あれじ、じじじ、じぶ、自分がか、かちょ、課長とか…!!!!!」
驚きすぎて、いつも以上にどもってしまう次郎。
そんな次郎を微笑ましく見つめ、悟史をはじめとした営業部の面々が盛大に祝った。
「君の頑張りからしたらこの昇進は奇跡でもなんでもない、当然のことだよ~」
「すっごいな~☆ 泉先輩が課長かぁ~☆☆
…おっと、もう泉課長って呼ばなきゃダメですよね☆」
「泉課長おめでとうございマス!!
次の新刊からは泉課長シリーズとタイトルを改めて描かなきゃデスね」
「泉課長って……な、なんだか慣れないッスね……ホントにこんな自分が……」
次郎は、申し訳なさそうに頭を掻くと、榊 ゆたかから勢いよく背中を叩かれた。
「こんな自分、とか言っちゃダメですってば☆
じゅう~~~~~~ぶんに、自信持ってくださいよ☆
ヒラからいきなり課長ですもん☆きっと南十字部長もホメてくれますよーぅ☆☆
いいなぁ泉課長!! オレも南十字部長からお祝いのハグしてもらいたーい☆☆」
「…………!」
ゆたかの一言に、何かを思い出したかのように考え込み、黙ってしまう次郎。
「……す、すいませんっ!!!! 少し休憩してきます!!!!」
次郎は猛ダッシュで営業部オフィスからいなくなってしまった。
「………あれー……?オレ何か変なこと言っちゃったかなぁ?☆」
次郎が走り去った方向を見つめながら、怪訝な顔をしているゆたかの両肩を。
悟史が背後から両手でがっしりと掴む。
「榊くん」
「ひょぇあっ!?☆ ……な、なんですか……?」
悟史から謎の威圧感を感じ取ったゆたかは、怖くて振り向くことも出来ずに苦笑いで答える。
「君に、ちょこーっと無理難題を、部長命令でお願いしても、いいかな?」
(つづく)