「似合うよー継人!! ブレザー姿!!」
そう言って継人の隣で嬉しそうに言うのは、橘。
継人は、研究室へと配属されて以来、制服はワイシャツの上に
白衣着用だったため、ブレザーを着るのは実に久しぶりである。
先日、久我恭一郎に脅迫された社長は、
恭一郎に無理な条件を飲まされたその仕返しに、
恭一郎の溺愛する部下、仙波継人を突然、開発研究室から
総務部秘書課へ異動させてしまうという暴挙に出たのだ。
社長曰く「人件費削減のため」とのことだが
はっきりいってただの恭一郎へのイヤガラセである。
イヤガラセ一つのために、人一人を何の予告も報酬も無しに
異動させられるという、人権を全く無視したこの人事異動。
怒りが専売特許の継人だが、
この件に関してはまるで怒ってなどいなかった。
むしろ大喜びである。
「…これで…これで久我さんのあの実験地獄から
逃れられるんだねぇ………良かった…良かったよ…
僕…継人がいつ久我さんに殺されるかと…いつも心配で…」
橘は思い切り嬉し泣きしている。
毎度毎度、恭一郎の作った得体の知れない薬の実験台に
される継人のことを、本当に本気で心配していたのだ。
「な、泣くなよ、んなことで…」
継人は今日から研究室員から社長秘書となる。
自分の直属の上司が久我恭一郎から社長へと替わるのだ。
(社長もはっきり言って得体の知れねーヤツだが…
ヤツ(久我)よりはマシだろう…
ま、一つ今日からそれなりに働かせてもらうぜ。)
「社長!!!!」
「い――――やだよぉぉ~~~ん♪」
社長室から男女のけたたましい争い声が。
社長と久我恭一郎である。
「もう…この通りですよ…顕微鏡と予算アップは諦めますからぁ~」
恭一郎はすっかり腰が低くなってしまっている。
よほど継人を返して貰いたいのだろう。
「ダ~~メ~~。顕微鏡はもう注文しちゃったし、
予算アップもこの間会議で可決されちゃったしね~~はっはっは」
「……ぐむむむむぅぅぅ~~……」
実に悔しそうに、下唇を咬む、恭一郎。
そんな恭一郎の表情を見て、社長は
「あら~久我さん♪ そんな顔もカッコイイわよ~♪」
様々な形相をする恭一郎をとことんコケにしている。
悪魔である。
「シツレイシマース!シャチョー!センバサン連れてキマシタ!!」
「…失礼」
元気良く社長室に飛び込んできたのは、
社長秘書のクリスティーン・フォックス、
そして新・社長秘書の継人である。
「あー御苦労様、クリスちゃん。
仙波くんは今日から私の秘書なんだよね♪
たいした仕事はないからさ、まぁ気楽にね!
クリスちゃん、先輩なんだからいろいろ教えてあげてね~」
「ハイ!センパイデスもんネ!ガンバリマース!!!」
社長は、恭一郎のことは完璧無視である。
「仙波くんっっっっっ!!!!!!」
業を煮やした恭一郎が、継人の両肩をガシッッッ!!と掴み、詰め寄る。
「君は…君はっ!! 研究室に戻る気は全く無いのかねっ!?」
「無いね。」
「そそそ…そんなブレザーなんて着て!!
社長宛の電話を取ったり、スケジュール管理したり、
社長の趣味の電化製品屋のハシゴに、コンビニ弁当の食べ比べに、
おいしいラーメン屋探しに付き合うって言うのかいっ!?」
「変な薬で死にかけるよりはマシだな。」
何を言っても継人は研究室に戻る気などカケラも無い様子だ。
「あ、クリスちゃんと仙波くんはとりあえず
会議室でお仕事の打ち合わせでもしてて。」
突然、秘書二人を下がらせる社長。
二人が社長室から出ていくのを見届けると、
社長が勝ち誇った笑みを浮かべ、たった今出ていった
継人の方を指差す。
「…じゃあ、仙波くん本人の口から
『開発研究室に戻る』って言わせたら、戻してあげるよ」
ガックリと項垂れていた恭一郎が、
ハッ!と頭を上げる。
「本当かいっ!?」
「ただし!薬や機械で操ったりしちゃダメ!!
『開発研究室に戻りたい』って書いてある紙を読ませたりとかじゃ
ダメだからね!仙波くんの意志で言わせるの!!」
「……え……そ、そんな………!!!」
(続く)