「こんにちは、結佳さん。いつも息子がお世話になっています」
「え……あ、いえ!こちらこそ!お世話だなんてそんな!」
土曜日、午前11時。
結佳は、時間通りに待ち合わせ場所…東京マジカルドリーム王国の入り口前に来てみると、
パノスだけがやって来るかと思っていたのが、
父親であるフレスリーザ・レオンハルトが同伴していることに驚愕した。
想定外の同伴者に、理由を求めるように結佳がパノスに視線を向ける。
「だって~?オレまだ子供だし~?ホゴシャがいないと遊園地なんて行けないし~?」
今日の『デート』は、保護者がいないと遊園地に行けないような子供の、全ておごりである。
「ホラホラ、父ちゃん!結佳ねえちゃんはレディなんだからな!
ちゃんとエスコートしてくれよっ!」
「そうですね。……結佳さん。バッグお持ちしましょう」
結佳がいるから、と言うよりは息子の満面の笑顔が見れて嬉しいといった感じのリーザが、
息子に言われるがままに、結佳の手荷物を持つことを申し出る。
「うっわー!父ちゃんかっこいい!まるで結佳ねえちゃんと夫婦みたいだなぁー!」
(今日の、この遊園地の計画って……パノスさん……まさか)
パノスは、数年前に実の母親を亡くしてしまっている。
結佳は、パノスが自分を母親のように慕っていることは自覚していた。
リーザが自分と結婚すれば、本当の母親になるのに……と、願望を口にされたこともあった。
(わたしと、レオンハルトさんの……縁結びをしようとしている……!?)
「かーちゃん!あれ乗ろうぜ!
……あっれー?オレ間違って結佳ねえちゃんのこと、母ちゃんって呼んじゃったぁ!
だって、父ちゃんと結佳ねえちゃん夫婦みたいなんだもんなーっ!」
「……………」
あからさまな仕草、言動。
パノスは機転は利くが、どうやら演技力は無いようであった。
一方、奥田兄弟も。 結佳たちと同じく、
東京マジカルドリーム王国へと足を運んできていた。
昼過ぎに山音が押しかけてきたため、時間は既に午後である。
「はぁ…何が楽しくて、土曜日の午後から弟と二人で遊園地とか…」
「一人で引きこもって仕事してるよりは100万倍楽しいはずだろおおおおお!!??」
「せいぜい1.25倍くらいだな」
憎まれ口を叩きながらも、園内から聞こえてくる軽快なBGMを耳にすると、
早瀬のテンションも僅かながらに上がってきていた。
(まぁ……たまにはこういうのも……悪くはない、かな。
確かに、最近の俺は落ち込んでいた…のかもしれんしな……)
チケットが勿体無いだけなのか、それとも本当に自分を元気付けるために誘ってくれたのか、
山音の真意はわからないが、弟に素直に感謝していた。
その気持ちを口に出すことはなかったが。
「なーなーはっちゃん!あれ乗ろうぜ!」
「男同士でメリーゴーランドなんて恥ずかしくて乗れるかっ!!!」
…………
26歳と27歳、割といい年の男二人が二人乗りの馬に乗る。
傍から見たらどんな風に見られてしまっていたのかと考えると、
早瀬はメリーゴーランドから降りた後、しばらく顔を上げることができなかった。
「なにしょげてんの?はっちゃん」
「お前……あんなの……よく恥ずかしくないな……」
「ああいうのは恥ずかしがるよりもパーッと楽しまなきゃ!ささ、次何乗るー!?」
「お前の好きに……いや、好きにさせたら大変なことになりそうだから……
俺が決めるか………」
園内のミニマップを片手に、
奥田兄弟はメリーゴーランドを背に次のアトラクションを探した。
「ねぇねぇ、父ちゃん!あれ結佳ねえちゃんと乗ったらいいよ!」
「メリーゴーランド……?というか、パノスさん、
自分が乗りたいものを探せばいいんじゃないですか?」
「えーなんでー?せっかくの、父ちゃんと結佳ねえちゃんのデートなんだからさー!」
いつの間にやら、リーザと自分のデートということにされている結佳は、
困惑しながらも大はしゃぎのパノスの後ろを、リーザと並んで付いていく。
「すいませんです、結佳さん。息子は結佳さんのことが本当に大好きみたいで」
「あ、あはは……」
結佳は、会社でもリーザと言葉を交わしたことはほとんどなく、
会話自体も今日が初めてで何を話したら良いのやらわからず、
会話の間をどうやって埋めればよいのか、苦悩した。
リーザが良い人なのは分かっているのだが、
彼に対する情報があまりにも少ないこともあるが、
どうしても彼を恋愛対象に見ることはできなかった。
何かにつけて「デート」と言うパノスだが。
パノスに誘われて、彼の父親と予期せぬ「デート」。
これも男女のデートと言うのだろうか。
(これがもしレオンハルトさんじゃなくて…………奥田さんだったら…………)
こういった、楽しく明るい雰囲気のテーマパークで。
あの真面目で厳格な、そして時々力強い優しさを見せる早瀬なら、
どんな顔をしてこの場に立つのだろうと、結佳は想像を張り巡らせていた。
「じゃ、次コレ乗ろ!ウサちゃんゴーカート!」
「だから何でお前はそんな可愛らしい乗り物ばっかり…!」
メリーゴーランドの前から一歩も動かず、二人でミニマップのあちこちを指差しながら
次乗る物をまだ協議している、奥田兄弟。
「もういい、適当に歩いて、行列のなるべく少ない、気になる乗り物を片っ端から……」
「ねーねー!あの外人さんすっごいカッコよくない?」
「ここのキャストさんかなぁ?」
「でも女の人と子供連れてるよ?ただの家族連れじゃない?」
中高生と思われる女の子達が、嬉々とした視線で、とある『家族連れ』を揃って見ていた。
女の子達の視線の先には………
「………関口」
歩こうとした早瀬の足が、止まった。
結佳と共にいる、やたら目立つ美しい金髪の男にも、見覚えがあった。
「おーいはっちゃん!はっちゃーん!はぁぁぁっっちゃぁぁぁああん!!!!」
視線が固定されて動かない早瀬に、
いつの間にか置いてかれていた山音がものすごい大声で呼ぶ。
その大声に、何ごとかと、結佳が振り向いた。
「奥田さん!!??」
(つづく)