都心から車を走らせれば、2時間ほどでたどり着ける、海辺の小さな街。
”俺”はそこにいた。
海は好きだ。ずっと前から。元々住んでいたところも、海が近かったし。
夏はよく海水浴に行ったっけな。泳げないくせに。
でも、不思議と海は好きだった。
海を眺めていると、俺の悩んでることなんて、小さく思えてくるから。
”あいつ”も、そんな俺の気持ちを察してたのかな。
だからこの街を選んでくれた。
「あれ」から何年経ったっけ。
あの時、俺の心は滅茶苦茶で、ボロボロで、フツーじゃなかった。
人を殺した。いや、死なせてしまった。
どちらにせよ、俺が原因で5人もの命が落とされた。
信じがたい惨劇に、俺の心は耐えきれなかった。
その事実を知った直後から、俺の記憶は途絶えている。
気づいたら、空にいた。
どこかから身を投げて、自ら命を絶ったらしい。
自分の葬儀の様子も見ていた。
泣き叫ぶ妹。幼過ぎて状況がよくわかっていない弟。
そして「仕方ない」と切り捨てた両親……
実の娘が亡くなったというのに、両親を含む親族の反応は淡々としたものだった。
……妹を除いては。
俺は、自ら命を絶つなんて愚かなことをしでかしたのだから、
どんなに軽蔑されても、仕方のないことだと思っていた。
だけど妹は激昂し、俺の遺骨を持って家を飛び出した。
そして俺の終の棲家に、この海辺の街にある墓地を選んでくれた。
今年も、この日が来た。
秋が終わり冬の足音が近づいてくる、少しだけひんやりした季節。
気づいたら俺が空に浮かんでた日だ。
毎年、楽しみにしてしまう。
俺には、会ってもらえる資格なんてないのにな。
でも、あいつらは必ず来てくれる。
「姉さん、今日に限って車が調子悪いなんて、運が悪かったね」
「ま、たまには電車もいいんじゃね?結構快適だったな~」
この声は…いた!
俺のかわいい、妹と弟。
妹はひとつしか違わないから、俺と大差ないけど。
弟はでっかくなったな。
俺がいなくなった時は、何か悪いことが起きた、という感じは受けていたものの、
どうしていいかよくわからなかったという、弟。
俺がいなくなり、妹が家を出た後は、弟にも苦労をさせてしまった。
弟は父親の愛人の子で、いわゆる腹違いってやつ。
そのせいで、親戚はおろか、父親にすら冷遇される始末。
今は家を出て、妹と一緒に暮らし始めてくれたから、ホッとしてる。
「うっす、来たぞ。真砂」
「真砂姉さん。久しぶり」
いるともいないともわからない墓石に向かって、二人が話しかけてくる。
大丈夫、ちゃんといるよ。
浪路。会社楽しそうだな。肌ツヤ良くなったじゃん。
八雲。大好きな姉ちゃんと暮らせて、幸せそうだな。大学、頑張ってるかな。
もっともっと、お前たちと話したかったよ。
でもそれは、叶わぬ願い。
自ら命を捨てた、俺の罰だ。
こんな湿っぽい墓地で、何が楽しいのかってくらい長居してくれて。
ひとしきり話した後に、二人ともさっぱりした様子で帰っていった。
ありがとう。浪路、八雲。
できることなら、来年もまた、会いたいな。