[小説]純情青年の憂鬱(2)

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次の日。

橘は、昨日の出来事が頭から離れず、仕事もロクに手が着かない状態だった。
「はあぁぁ………。」
仕事の手を止めたかと思うと、深いため息をつく。その繰り返しだ。
「…ど、どうしたの?大島さん…なんか嫌なことでもあったの?」
同僚の愛子が、橘の様子がおかしいのに気づき、声をかける。
「いや……別に何でもないです…………はぁ……」
明らかに何でも無くはない。
「悩みがあったら、スポーツするに限るわよっっ!!
あたし、毎朝毎晩20kmずつジョギングしてるのっ!
あと腹筋100回に背筋100回、腕立て指立て伏せ…」

(…確かに、それだけやれば悩むヒマなんて無いだろうけど…)
マネは出来ない、というかしたくない、と橘はまたため息をつく。

「ミハル!お客サマデスよー!」

同じフロアにある総務部の席の方から、
社長秘書のクリスの声がする。
(みはるちゃんにお客さん?誰だろう?)
気になる橘は、受付の方をそっと覗いてみる。
ちょうどみはるも駆けつけたところだ。

「あっ!みひろちゃん!!どうしたのっ!?」

(えっっ!!!!)
なんと、みひろであった。
「もーっ、みはるってば、お財布忘れたでしょっ!はいっ」
そう言って、みひろはみはるに財布を渡す。
「あー!ホントだ!ありがと!!」
そこに、たまたま通りかかった満が、みひろの顔を見て驚く。
「!!?? みはるが二人っっっ!?」
「あっ、まんちゃーん!あのね、この子は
あたしのお姉ちゃんのみひろちゃん!双子なんだよ~!」

紹介を受けたみひろは、満に行儀良く挨拶をする。
「はじめまして、みはるの姉の森川みひろです。
遠山さんですね?みはるからいつもお話は聞いてます!」

「へぇ~……当たり前だけど、ほんっっとにウリ二つだなあ……」
みはるの姉の登場に、いつしか同じフロアにいる社員みんなが集まっていた。
橘を除いて。

「…あっ、橘さん!!」

影から覗き込んでいた橘は、運悪くみひろに見つかってしまう。
すごすごと、みひろの前に来る、橘。
「昨日はどうもありがとうございました!」
「………い、いえ………こちらこそ……」
橘は、即座に昨日のことを思いだし、耳まで真っ赤になる。
(……まいったなあ………ん?)
気が付くと、社員一同の
『何で君ら知り合いなの?』
という視線が、橘とみひろに集中していた。

「照れなくったっていいじゃ~ん!橘くんってば!
みひろちゃんは彼女でしょ!カ・ノ・ジョ!!」

そう言って、みはるが冷やかす。

”何っっ!? ”

驚く社員一同。
無理もない。橘がみはるに片思いしている、ということは、
社員みんなが知っていることなのだから。
「やだっ!もうっ!みはるってば!!」
みひろもその気なのか、赤面する。
(え……え!?ちょっ…ちょっと待ってよ!!どういうこと!?)
「…お前、いつの間にんなことになってんだよ~!」
満が橘の背中を思い切り叩く。
「結構やるじゃ~ん!橘くん!」
悟史も冷やかす。
橘が言葉を挟むスキもなく、冷やかされまくる。
「…あっ、すいません、長居しちゃって。
これから授業あるんです!それじゃ!
…あ、橘さん!今夜電話しますねっ!」

そう言い残し、みひろは足取り軽げに去っていった。

みひろが去った後、橘はみはるを無理矢理自分の席に連れ込み、
小声でみはるに問う。
「みはるちゃん!彼女って一体どういうことっ!?」
「? え?違うの?だって昨日二人でデートしたんでしょ?
それって付き合ってるって言わないの? みひろちゃんはOKもらったって言ってたけど」

(えええぇぇぇーーーーっっっっ!!!???)
どうやら、みひろは
『自分(みひろ)の指定したデートに顔を出す=OKのサイン』
だと思ってしまっているようだ。
(ちょっ……ちょっと……どうすればいいんだああっっっ!!??)

「なんだ、やっぱり違うのか」
冷やかしに耳の痛くなった橘が屋上に行くと、偶然にも継人と鉢合わせした。
仙波継人。同じ会社に勤める、橘の従兄弟だ。
継人に事の真意を話すと、継人は「やっぱりな」といった表情をする。
「だいたい、昨日初めて会った女といきなり付き合うなんて、
んな度胸が橘さんにあるとは思えねぇもん」

「……継人……(汗)」
一応、自分と血を分けた従兄弟なだけある。
他の人よりは橘のことをわかっている。さすがというべきか。
ただちょっと、そうあっさりと片づけられるのも少しむなしいが。
「で、きっぱり断るつもりなのか?」
「え……う~ん……そうだねえ……」
「んじゃ、このままつき合ってくつもりなのか?」
「…それは……まあ……断ろうとは思ってるんだけど……」
「『思ってる』?ってことは、きっぱり断るんだな?」
「え、あ、いや…そーじゃないんだけど……でもねえ……」
はっきりしない橘に、短気な継人は苛つく。
身内じゃなかったら、張り倒してるだろう。
「…だいたい橘さんは、どっちが好きなんだよ?」
「そ…そりゃあ……みはるちゃん……」
「どーせ森川と同じ顔にキスされてぐらついてんだろ!?
でもそれは森川と同じ顔だからそうなんだろ?『みひろ』って女には
所詮そのてーどの気持ちなんだろうよ」

「う…うん…でもみひろさんも悪い子じゃないし……」

あまりにもじれったい態度に、継人はブチ切れる。

「……ったく!!どーしてアンタはいつもそーやってハッキリしねえワケ!?
オレはアンタのそーいうトコが昔っから大っ嫌いなんだよ!!
『いい女』と『好きな女』ってのは違うんだよ!!わかんねえか!?
そーじゃなくても女で遊ぶことを知らないアンタが、
本命がいるくせに『いい子だから』なんて気持ちで
付き合うと後で絶対痛てぇ目見るぞ!!」

言いたいことを言い終えると、継人は屋上の床にあぐらをかいて座り込み、
タバコに火をつけた。

しばらく、沈黙が続いた。
継人の言葉に、橘は何も言い返せずに黙ったままだ。
やっとの事で、橘が口を開く。

「…ご、ごめん、継人…」
「オレにあやまるなよ」
「………………………」
「あやまるんなら、オレじゃないだろ」
「!」
「森川みひろ」

その日の夜、橘のところに、予告通り
みひろから電話があった。
が、どうしても話す気分にはなれず、居留守を使ってしまう。
留守電をONにしたままの部屋の電話と、
電源を切った携帯電話を見つめながら、橘はうつむく。
(……確かに……継人の言うとおりなんだ……)
みひろは確かに悪い子じゃない。
もし、みはるよりも先に出会っていたら……
もしかしたら、好きになっていたかもしれない。
けれども、自分はもう出会ってしまった。
森川みはるという、この世でたった一人の、好きな人。
他の誰にも、代わりにはなれない。
たとえ、同じ顔を持っているみひろでも…
(ごめんっ……みひろさん……)

意を決して、橘はみひろの携帯ナンバーを押した。

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