”トゥルルルルル……トゥルルルルル…… ”
満のアパートに、一本の電話が入る。
悟史の妻、香澄からであった。
「はい、遠山……ああ、香澄ちゃん！久しぶりじゃん！」
『あ！遠山さん!?悟史さん、そちらにお邪魔してないかしら!?』
「はあ？さとっつあん？来てねぇぜ」
満は時計に目をやる。
午後11時。
残業にしても、遅すぎる。
たとえ残業をしても、家族との交流を最も大切にしている
悟史は、最悪でも７時には家に帰る。
『どうしたのかしら…いつも遅くなるときは
電話を入れてくれるのに…私…どうしたら……
何か、心当たりはない？遠山さん』
「…悪ぃ…香澄ちゃん。オレにはわかんねえや…
でも、オレも他の仲間んとこ電話してみるよ！
だから、心配すんなよ！気にしすぎはハラに悪ぃぜ！」
香澄は現在、身重の体である。
うろたえる香澄をなんとか宥め、満は電話を切った。
切った瞬間、また電話が鳴る。
「はい遠山……」
『もしもし満!?』
少し取り乱した感じの、芹子の声であった。
「ああ芹子か。どうした？」
『眞妃、そっちに行ってない!?』
「…眞妃ぃ？いるわけねぇだろ」
『さっき、眞妃ん家から電話があって、
定時で帰ったはずの眞妃がまだ帰ってないって……』
「…眞妃も!?」
芹子との電話を切った後、
しばらくして、今度は会社から電話が入る。
社員緊急召集の電話であった。
その頃、『某ライバル会社』では。
「ただいま。ご命令通り、何人か連れてきたわよ」
外見からは予想付かない、大人びた口調で言う、アリス草薙。
「よくやった。まずは計画通りだな」
アリスを誉めるこの男は。
アリスの所属する『特殊開発室』の室長、
草薙京介、32歳である。
アリスの「戸籍上の」父親でもある。
「…そういえば、我が社のパソコンに、
『何者』かが侵入した形跡があった」
「ふーん。ま、当然ってとこかしらね。
ワザとセキュリティ緩めにしておいたから」
特に驚きもしない、アリス。
「ワザと!? なんでそんなことをした、アリス!!」
「別に。知られちゃまずいデータは、ちゃんときっちり
プロテクトかけておいたわよ。そっちのデータは無事なはずよ」
「調べてみたら、社員名簿を覗かれたと思われる。
どうするんだ!!あちら側に秘蔵っ子のお前の存在が知られてしまうだろう!?」
怒る草薙に、アリスは冷たい視線を向ける。
「…いいのよ、それで」
「何!?」
「社員名簿は、『あいつ』を呼び寄せる『餌』よ。
……あいつが、本当に天才なら、私の挑戦がわかるはず……」
午前０時。
緊急に会社に集められた社員達。
しかし、何人かは姿を見せていない。
この場にいないのは、
みはる、眞妃、悟史、橘、千雪、次郎、クリスの７人。
幹雄もいないが、栃木に住んでいるため、
すでに今日の電車がなく、会社に来られなかっただけだ。
会社側でも、この７人を四方手を尽くして捜したが、
結局見つからず終いだった。
試しに、警察に
『今日、行方不明で捜索願が出されたりしていないか』
と、問い合わせを入れてみたが、特にそんなことはなかった。
N.H.K社員のみが、消えているのだ。
「いったい……どういうことなのかしら……」
頭を抱える、芹子。
「これって、完璧ボク達が狙われてるのよね!?」
心配と怒りで、興奮気味のハリー。
それもそのはず。誰よりも強いはずの眞妃がいなくなったのだから。
「それにしても、一気にこんなにいなくなっちゃうなんて…」
半泣き状態の愛子。
「……ふあぁぁ……」
時間が時間なだけに、大あくびの継人。あくまでマイペース。
消えた社員は、定時で帰った者と、
営業で外回りをしていた者である。
「…そういえば、沢井さんと瀬上さんと久我さんは？」
ふと、芹子が周りを見渡す。
「沢井さんと瀬上さんは、会議室で何か打ち合わせをしていたよ」
穏やかに上総が言う。
「じゃ、久我さんは…？昼から見かけなかったけど…」
「……それが……さきほどから研究室に籠もりきりで、
誰も研究室に立ち寄らせないように、って……」
「…どういうこと？」
その頃、恭一郎は。
一人、研究室でパソコンに向かっていた。
しかし。
パソコンには何も、映っていない。
システム設計部のパソコンがやられた時と同じ手口で。
恭一郎のパソコンまでもが、ハッキングされたのだ。
恭一郎は、震えていた。
しかし、怒りとか恐ろしさとか、そういう震えではない。
感動の震えなのだ。
「……ここまで私を彷彿とさせるとは……!!
面白い、面白いぞ!!!受けてたとうではないか!!!!
はーーーーっっはっはっはっはっは!!!!」
その時、開発研究室直通のＦＡＸに、一枚の文書が受信される。
そのＦＡＸには、文章がぎっしりと書かれていた。
待っていましたとばかりに、恭一郎は文書を取り、読む。
読み終えると、喜びか、はてまた困惑か。
不思議な表情をして、微笑む。
「………間違いない………!!」
ＦＡＸを手に、恭一郎はどこかへ電話をかけ始めた。
一夜開けて、朝７時。
結局、残された社員達は会社で一夜を過ごした。
明け方まで打ち合わせをしていた英司と奈津恵が、
初めて姿を見せた。
「……というわけで、社内すべてのパソコンから
データが引き抜かれていたわ」
深刻な表情で説明する、奈津恵。
「それで、総務部のパソコンに、メッセージが残されていたの」
「メッセージ？」
芹子が問う。
「『これは、神よりの警告である。
即刻、業務を停止せよ。
１週間以内に停止せねば、
汝らの迷える子羊は、天へ召されるだろう』
……と、いう内容よ」
辛そうに、奈津恵が答える。
「差出人とかは……書いてあるわけねえか。
書いてあっても本名なわけねえし」
「…それがね、最後に『From 某ライバル会社(はあと)』
って、ご丁寧に書いてあったわ」
なんだそりゃー!? ズッコケる一同。
「それで、この社員失踪騒ぎが起こる前に、久我くんに
いろいろと調査してもらっていたのだが…」
言葉を濁し、頭を抱える英司。
「何か、分かったんですか？沢井さん」
心配そうに尋ねる上総。
「どうやら向こうには、久我くんレベルの頭脳を持った
すごい科学者がいるようなんだ。
さらわれた社員達も、何か特殊な方法であっさり
捕まったんだろう…きっと」
そうでなければ、格闘技の達人の眞妃までもが
捕まるはずもない。
「でもっ!!これって立派な犯罪じゃない!!
即刻警察に言うべきよ!!!」
ハリーが興奮して言う。
「いや、相手はウチと同じく普通の組織じゃない。
あまり相手を刺激すると、人質が無事に済まないだろう」
英司が冷静に答える。
「でも…このままじゃみはるちゃんたちが……」
泣きじゃくりながら愛子が言う。
その時。
「はっはっはっはっは!!警察に言うまでもないわ!!!!」
突然、研究室のドアが勢いよく開き、恭一郎が現れる。
「くっ、久我さん!!」
背後から朝日の光を浴びて、とても神々しく見える。
実際は悪魔だが(笑)
恭一郎は、何故か防毒マスクをしていた。
手にはスプレーのようなもの。
社員が きょとん としているスキをみて、
そのスプレーをオフィス内に一気に撒く。
「なっ………!!何すんだよ久我ちゃん!!!」
「ちょおっとおお!!!何よコレ!!!」
煙に巻かれる社員達。
「今回のことは、すべて私に一任いただきたい。
君たちには、少しの間、眠っていてもらう」
つまり、これは催眠ガスなのだ。
「な……なんで……久我くん……」
意識朦朧とした英司が、かろうじて問う。
「理由は、今日午前10時に私の従兄弟でもある
探偵が来て、全てを話すように頼んである。ガスの効き目も
丁度10時頃解けるようにしてあるから、その者に聞いてくれたまえ!!!!
ではさらばだ!!!!はーっはっはっはっはっは………」
真っ白になったオフィスに、８人の社員が横たわる。
…ある意味、さらわれた社員同様、気の毒なことである(笑)
