[小説]私が発明する理由(3)

小説/本文

1時間後。

社員の中で、最も「久我の薬慣れ」している継人が
一番に目を覚ます。
「…ったくよー…どんな非常時でも非常識だよな…ヤツは…」
まだ少しガスが効いている継人は、自分の席に戻って
再度寝直そうと、研究室へと向かう。
研究室に入ると、床に1枚のFAXが落ちていた。
「…なんだこれ」
特に興味はなかったが、なんとなく、目を通す。


アリス草薙に関する報告書

ご依頼いただきました、「アリス草薙」の生い立ち、経歴、
学歴、血統、人間関係について、調査が終了いたしましたので、
ご報告いたします。

アリス草薙。11月16日生まれ、4歳。女。血液型A。
国際遺伝子研究所にて生まれる。
『某ライバル会社』の依頼により、天性の優性種として、
莫大な資金を投与され、「造られた」人間である。
「天性の優性種」とは、優秀な頭脳を持つ人間の
精子と卵子を人工授精させ、完全人工設備にて
胎児を育て、生ませた人間のことである。
1995年、『某ライバル会社』の特殊開発室の
室長であった、久我恭一郎が抜けた穴を
埋めるために、同じ特殊開発室員の
草薙京介の依頼により造られた。

アリス草薙は、生まれてすぐに言葉を話し、
理解することが出来、出生直後ですでに
小学校卒業までの知識があったらしい。
2歳半で、すでに大学院を卒業し、博士号を取っている。

…………etc

「……マジにこんなヤツ存在するのか?」
途中まで読んで、継人はなんだか信じられなくなってくる。
読むのが面倒になった継人は、FAXを久我のデスクに置く。

いなくなった橘達のことを心配しつつも、
めくるめく睡魔に勝てない継人は、自分の机で眠りについた。

午前10時。
次第に、他の社員も目が覚めてきた。

 ”ピンポー……ン ”

「ふあ~~~い……」
半分、頭の働いてない愛子が、客に応じる。

「いやいや~どーもどーも、皆さんお久しぶりでございます」
ドアを開けて現れたのは変なもみあげのスーツ姿。
以前、温泉旅行で社員達が巻き込まれた事件に登場した、
謎の探偵シャンゼリゼ島崎だった。
探偵以外にも別の顔も持つと言われる、紛れも無い変わり者である。
もっともその頃入社していなかった社員には知る由も無いが。
「し、島崎さんっ!?……どうしてあなたが!?」
「いやいやはっは、こちらにお邪魔させていただくのは初めてでしたね~。」
「久我さんと従兄弟って!?本当に!?」
「は~いそうですね、久我恭一郎さんは僕の従兄弟にあたるわけでして」
「へえ~~久我ちゃんの従兄弟、どーりで変態………」
満が妙に納得しながら言う。
「何か言いました?」
「おおわっ!!!」
音も無く5メートルの間合いを詰めた島崎の接近に、満は驚いて後ろへ飛び退いた。
「それで、全部話してくれるんだね?島崎さん」
英司が真剣な眼差しで言う。
「勿論ですよ、それが私の役目ですからね。」
島崎は懐から指揮者の使うタクトを取り出した。
「さて、少し長い話になりますが………」
見えないオーケストラを指揮するごくタクトを動かし、島崎が語り始めた。

その頃、恭一郎は。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で
いらっしゃいますか?」

『某ライバル会社』の受付にいる、恭一郎。
表向きは、N.H.Kもこの会社も普通の会社である。

「アリス草薙に会わせてもらおう」
「アリス…と申しますと…何処の部署になりますか?」
受付嬢は、アリスの存在を知らないらしい。
どうやら、会社内でも極秘の特殊社員なのだろう。

「……フッフッフッフ…なんてな……こんなマトモな
入り口から君に会えるとは思っていないよ……
さあ!!『某ライバル会社』特殊開発室の者どもよ!!!
私を君たちの所へ連れて行けーーーーーーっっっ!!!!!」

受付で騒ぐ、恭一郎。
受付嬢は、怖がって泣いている。
周りの普通の社員達は、びくびくしながら
両手をあげたりしてしまっている。

すると、突然。
恭一郎の姿が消えた。

目の前の変人が、突然消え失せたので、
受付嬢はその場に失神してしまった。

恭一郎は、アリスの造った「なにか」により、
どこかへ転送されたらしい。
「どこだ…ここは…」
辺りを見回す。
特撮のロケでも出来そうな、だだっ広く、何もない空き地。
風がものすごく強く、伸ばしっぱなしの久我の長い髪が、なびく。
囂々と砂埃がたち、目を開けるのも困難だ。

「ようこそ。久我恭一郎、さん」

目の前に、初めて聞く、少女の声がした。

「…2歳半で博士!? 何モンだそのガキ!?」
一方、ここは会社。
満達は、探偵・シャンゼリゼ島崎より、全ての事情を聞いている最中だ。
「人工授精で、人間のサラブレッドを造るなんて…
…そんな技術が、本当にあるの?」

奈津恵は、SFのような話に、半分信じられないといった表情だ。
「でも、なんかかわいそう……目的のためにつくられた赤ちゃんなんてさ…
……お父さんとお母さんの顔も知らないんだよね…」

愛子の言葉に、一同はしばし沈黙する。
「あぁ、そういえば」
シャンゼリゼ島崎がタクトで左手をポン!と叩いた。
「何か、知ってるの?」
「アリス草薙さんが生まれた、国際遺伝子研究所っていう所なんですが、遺伝子研究
と共に、『精子バンク』なんてものも運営しているみたいですよ~、先進的ですねぇ」

「せ、精子バンクぅ!?それって…」
芹子は顔を赤くして驚く。
「優秀な学者や人物の精子を買い取って、保存してるんですよ。そしてそれを、
依頼のあった女性に売る、なーんてことがSFの話じゃ無くなってるんですね~」

「そーいえば……そういう商売がアメリカにある、って話、聞いたことあるわっ!!」
ハリーが興味津々に言う。
「まさかっ!?」
「まぁ、恭一郎さんも優秀な科学者でありますし……」
「ちょ、ちょっと、じゃあ!?」
思わず立ち上がる芹子。
島崎はくるりと芹子のほうを向いた。
「はいそーです。そこには恭一郎さんの精子も置いてあったみたいなんですねぇ」

『えええええぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーっっっっっっ!!!!????』

ものすごい驚愕をする社員一同。
社員の興奮が収まるまで、シャンゼリゼ島崎はタクトを満足げに振り続けた。

しばらくして、ハリーが言う。
「じゃ、ということはよっ!?そのアリスちゃんって子が、
久我さんの子供ってこともありうるって事よね!?」

「まぁ、わかりませんけどねぇ。4年前、『某ライバル会社』から恭一郎さんが
抜けたとき、『某ライバル会社』が失った、彼の頭脳と同等のものを持つ人物を会社が
欲していたみたいですけどねぇ、親子の可能性は98パーセント程度の確率ですが……」

「……それって……ほとんど確実じゃん……」

「久しぶりだな。久我」
アリスの隣には、草薙京介。
恭一郎とは、元同僚同士である。
「おお!草薙じゃないか!!元気でやってるか~~?」
なんの戸惑いもなしに、ひらひらと手を振り、
挨拶する恭一郎。
「……相変わらずだな……貴様は……」
『某ライバル会社』を裏切ったことに、
なんの罪も感じてなさそうな恭一郎に、草薙は手を震わせ、怒る。
草薙が何か怒鳴ろうとした瞬間。
アリスが止める。
「待って、京介。こいつとは私が決着つけたいの」
「でも……!!!」
ごねる草薙に、アリスが怒鳴る。
「…私の言うことが聞けないっていうの!?
さっさとどっかに行きなさいよ!!!」

アリスに一喝された草薙は、
すごすごと、この場所まで来るのに使った車で去る。

「あなたには、いろいろと言いたいことや
試したいことがあるのよね。でもまあ、今はいいわ。
いなくなった社員がどこにいるか、何をしているか、
知りたい?返して欲しいでしょ?」

アリスは、人質のことをちらつかせて、勝ち誇ったように言う。
「別に、そんなものはどうでもいい」
あっさりと言う、恭一郎。
「あら?冷たいのね。まあ、なんの躊躇いもなしに
ウチの会社を裏切ったあなただから、そんな事は当然かしら。
でも、まあ…可哀想な社員さんたちね。あなたのせいで、
死んじゃうかもしれないわよ?」

恭一郎を冷視しながら、アリスは目を細め、クスクスと笑う。
その瞳には、明らかに怒りと、恨み、怨念が宿っていた。

「何故、こんなことをする?」
恭一郎が問う。
「さあ?どうしてかしら」
素知らぬフリをする、アリス。
「君は、本当にこんなことがしたいのかね?」
突然、訳の分からない質問をする恭一郎に、
「アッハハハハ……
ばっかじゃないの!やりたくなかったら実行してないわよ!」

アリスは笑う。

「違う。君は、本当はこんなことをしたいわけじゃないんだろう。

………もう、止めなさい。……我が娘よ……」

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