[小説]継人でショート(第3話:大島家の人々)

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天気の良い、日曜日の午前。

継人は橘の家に来ていた。
縁側で団扇を片手に、寝転がりボーッと空を眺めている、継人と橘。
橘の家は、荘厳な植木が立ち並ぶ、日本庭園のある和風の家。
都会のごみごみした住宅街の中で、
まるでそこだけ京都の庭園を思わせるような雰囲気だ。
婿取りであった橘の母の趣向なのである。

「いい天気だねぇ…」
「……ああ」

継人は、特に用事があったわけでもないのだが、
何となくここに来ていた。
両親は共働きで、12歳年下の妹が生まれるまでは
ずっと一人っ子だったため、兄弟の多い橘の家に
預けられることが多かった継人。
3人兄弟の橘たちとは、本当の兄弟のように過ごしてきたのだ。
そのため、継人はこの家ではもはや客ではない。
だが、橘と同じ会社に就職したのは
橘の勧めでもなんでもなく、ただの偶然だったのだが。

「……暑いねぇ」
「……ああ」

暑さも手伝って、言葉数も少ない二人。
暑いなら、縁側になど居ずに、涼しい場所へ移動すればいいものの、
何故か二人とも太陽の光を浴びたい気分だったのだ。
変なところで気が合う二人であった。

そういった、穏やかに時が流れるのをぶち壊すかのように、
『奴』は現れた。

「はぁ~~~~い、橘くんに継人くん!お兄ちゃんがただいま帰りましたよ~~」

(…出たっ!!)

ものすごく嫌そうに、声のあった方を向く、継人と橘。
「おや~?何ですか~~?その嫌そうな顔は~?
!!…まーたまたー いくらお兄ちゃんが超カッコイイからって
そんなにテレなくってもいいんですよ~?」

(違う)

視線でツッコミを入れる二人。

緊張感ゼロのこの声の主は、大島 柊(おおしま・ひいらぎ)、27歳。
大島家の長兄であり、橘の兄である。
継人と橘は、この兄がとても苦手であった。

「今日はね~番組の収録がありましてね~いや~はっはっは」
そう言って、柊は食いかけのロケ弁を継人に手渡す。
土産のつもりなのか。
柊は、本業は保険会社に勤める普通(?)のサラリーマンだが、
サイドビジネスとして、男性ファッション誌のモデルもしている。
初めはバイト気分のつもりが、何故か人気が出てしまい、
今では時々深夜番組にも出演する芸能人となってしまった。

「…で、何の用?」

会社では見られない、橘の冷たい応答。
おそらく継人よりも橘の方が、柊をより一段と嫌っている。
「も~~橘くんってば、そんなに冷たくしちゃって~
僕に何か恨みでもあるんですか?」

「恨みならいっぱいあるっっ!!!!!」
橘は力強く言う。
幼い頃から、兄からはおもちゃのように苛められていた橘。
橘の、被害者意識の強い性格は、間違いなく柊が作ったものであろう。
「え~?どうしてかな~?僕はこんなに橘くんのことが好きなのに…
継人くんはお兄ちゃんのこと、好きですよね~~?」

「嫌い」
継人は即答する。
苛められていたのは継人も同様である。
だが橘とは逆に、柊の苛めをバネにして、強くたくましく育った継人。
継人のような強さがあれば、橘ももう少し強い人間になっていたかも知れない。

「なんだいなんだい二人とも~!そんなにお兄ちゃんをのけものにして!
せっかく、二人が喜ぶお客さんを連れてきたって言うのにっ!!」

「客?」
「さあさあ!どうぞ入って下さい~みはるちゃん。」

”みはるちゃん!!?? ”

予想も付かなかった来客に、二人は度肝を抜かれた。

「えへへ…おじゃまします…」
少し遠慮がちに、縁側にやって来るみはる。
まさか自宅でみはると対面することになろうとは。
継人はともかく、橘は生まれて初めて兄に感謝した。
「…なんで、柊さんと森川みはるが知り合いなんだ?」
継人が問う。
「いやいや、さっき街中で彼女に声をかけられましてね~
でも僕に用事があったわけじゃなく、人違いだったって言うんですよ。
で、聞いてみたら僕と橘くんを間違えたらしくってね」

確かに、柊と橘はよく似ている。
だが、柊の髪型は、短髪の橘とは違い、
背中まであるストレートのロングヘア。
そんな柊と橘を間違えるみはるもみはるである。
「でね、聞いてみたら、柊さんって橘くんのお兄さんだっていうから、
びっくりしちゃった。モデルもしてるって聞いたから、
さっそくサインもらっちゃったっ♪」

ウキウキで手帳を開くみはる。
手帳には『二階堂 柊』の文字。
「二階堂」とは柊の芸名である。
「で、よかったら家に来てみますか?橘もきっと縁側あたりで
ヨダレ垂らして寝転がってるだろうから、と僕が誘ったわけですよ~」

「……ヨダレはよけいだよ……!!」

「さあさ、みなさん。冷たいものでもどうぞ」
ほどなくして、橘の母が冷たい麦茶とお茶菓子を運んでくる。
橘と柊の母、大島華絵。48歳。
日常生活を和服で過ごす、今時珍しい女性だ。
和服なせいか、一見礼儀作法に厳しそうな、威厳のある感じがする。
だが。

お茶を配り終わった華絵が、橘と柊に挟まれて
嬉しそうに会話するみはるに目をやりつつ、継人に耳打ちする。
「ねえねえ、継人さん。」
身内にも子供にも『さん』付けするのは華絵のクセである。
「あの子はどっちとラブラブなのかしら?」
…ブッ!!
継人は麦茶を吹き出す。
息子が可愛い女の子を連れてきたものだから、
興味津々といった感じで華絵が問う。
だが、継人の答えを待たずに、突然立ち上がる華絵。
「ああっいけないっ!これからGLAYのコンサートの
ビデオ見なきゃ!あー忙しい忙しいっ!!」

そう言って、華絵は足早に去っていった。
…なんとなく、柊の性格はこの母親から来ているのでは、と
継人は思った。

一方、柊と橘、そしてみはるは。
柊とみはるは、妙に気が合うらしく、
橘そっちのけで盛り上がっていた。
部屋の隅でいじける橘。

「そうだ、みはるちゃん。僕がお花教えてあげましょうか」
「お花ぁ?」
「うちは母親が華道やってますからね。僕も橘も多少嗜んでいるんです。
まあ花嫁修業の一環として、ひとつやってみませんか?」

「えーっ!花嫁だなんてぇっ♪もお~柊ちゃんったらっ!」
すっかり「ちゃん」呼ばわりでフィーリングばっちりの二人。

そんな様子を、黙って見ている継人。
(……………あ~あ……)
そんな継人に、ふと良からぬ(?)考えが頭に浮かぶ。
ものは試しにと、それを橘に言ってみる。

「…なあ、橘さん」
「……え~?……」
すっかりダークモードの橘。

「…森川みはるが、兄嫁だったらどうする?」

………ぶちっ

ドガッシャーーーーン!!!!!!

「!?」
突然、橘がちゃぶ台をひっくり返す。
「それだけは…それだけは…絶対に許せないっっっっ!!!!!」
橘、ブチ切れモード全開。
「ど、どうしたの橘くん?」
「あっはっはっは~橘くんも若いですね~」
のんきに見守る柊とみはる。
驚いて華絵も戻ってくる。
「ちょっと橘さん!そのちゃぶ台高いんですからね!
丁重に扱ってちょうだいっ!」

橘の豹変よりも、ちゃぶ台の心配をする華絵。
「……僕も……生けます、花……
あなたには絶対に負けませんっっっ!!!!!」

(あちゃー……やっぱ言っちゃまずかったか…)
花を切るハサミを手に、柊に対抗意識メラメラの橘。
そんなこと全く気にせず、橘の反応見たさに
みはるの肩まで抱いてしまう柊。
GLAYのビデオ片手に、ウキウキとちゃぶ台を片づける華絵。

(この家の人間って…一体…)
呆れてものも言えない継人。
だが、継人にも確実に大島家の血は流れている。

(はぁ…願わくはオレはマトモでありますように…)

無意識に神に祈ってしまう、継人であった。

END

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