[小説]Early Christmas(後編)

小説/本文

(何がプロポーズよ…言葉も何もあったもんじゃないわよ…)
「……子……」
(別に、結婚がイヤってわけじゃないけど…)
「…おい、芹…」
(もうちょっとロマンってものが……)
「おい、芹子おっ!!」
「はっ!?」
「もうチャイムなったぜ、帰るぞ」

いつの間にか、終業時間を過ぎていた。
オフィスにはすでに誰もいなかった。
「お前…いい加減その考え込んだら他の何も受け入れない
ドリーム状態になるの、やめろよ(汗)
誰が声かけても返事しねぇからみんな心配してたぞ」

「ごっ…ごめん…」

駅に着くまでの道のり。
満は、結婚してからの事を延々と話し続けた。
入籍のこと、引っ越しのこと、蔦子夫婦のこと。
どんな家に住もうか、新婚旅行はどこに行こうか…など。
芹子は、ただそれを黙って聞き、ときどき相づちをうつ程度であった。
まだ、全く実感がわかないので、喜びも寂しさも全く感じられないのだ。

駅に到着し、足をホームに向けようとしたその時。
「待て芹子、こっちだ」
満に呼び止められる。
何故か満はタクシー乗り場へ並んでいた。
「どこ行くのよ?」
「いいから、ちょっとつき合え」

タクシーに乗り込んだ二人。
車は、会社とは反対方向の、専門店街へ向かって走り出した。
何処へ連れていく気なのか。
もっとも、満はデートの時も行き先は
行き当たりばったりなので、こういうことに芹子は慣れていた。

「なに、ここ…」

芹子が連れて来られたのは、空高くそびえ立つ高級ホテル。
近くには海も見える。
「遠山様ですね、お時間になったらお知らせしますので」
フロントの女性がルームキーを満に手渡す。
(…お時間って?)
何が何だかさっぱりわからない芹子は、
おそるおそる、早足で歩く満の後をついて行くばかりであった。
満が借りたと思われる部屋は、最上階らしく、
満はエレベーターの一番上のボタンを押す。

「……2時間……2時間か……」
エレベーターの中で、満がブツブツと呟いている。
(なんなのよ、もう…)
特に会話もないまま、エレベーターは最上階へとたどり着く。

エレベーターを降りた瞬間、
今まで早足だった満の歩く速度が、急にゆっくりになる。
「ど、どうしたの?」
さすがに芹子も口を開いた。
「…このホテルのオーナーの息子、オレの高校時代のダチでな」
「……?」
「ホントは一部屋一晩借りようと思ったんだけどな……
何せオレビンボーだからよ…そいつに頼んだら2時間だけ
タダで貸してやるって言うから……」

ゆっくりと、二人は満が借りた部屋の前へとたどり着いた。
「開けてみ。」

芹子は、満に言われるままにドアのキーを挿し、そっと回した。

「……わぁ……」

部屋は一面、クリスマスのデコレーションで覆い尽くされていた。
サンタのぬいぐるみに、色とりどりの星々。
窓際には煌びやかなクリスマスツリーと、
そのクリスマスツリーの輝きに負けない、東京の夜景が広がっていた。
満は、部屋の真ん中にあるテーブルの上にある、
大きなキャンドルに灯をともす。
「これもオレのダチでな、インテリアコーディネーターやってる
ヤツがいてよ。頼んだら喜んで飾り付けてくれてな…
お前、こーいうの好きだろ?」

「……うん……きれい……」
「まぁ、ちーーっとばっかし早いけどな!ハハハ!」
普段は呆れるほどダメ男なくせに、
時々こういうびっくり箱があるから、ついつい感心してしまう。
しばらく、二人は部屋中のデコレーションと夜景に酔いしれていた。

「…ま、お前には気の利いたこと、全然してやれなかったからな…」
「………え?」
「せめてものプレゼントってとこだな…
……時間制限付きなんてビンボーくさくて情けねぇけど…」

そんなことない。
窓際で夜景を眺めながら、芹子は黙って首を振る。

「芹子」

声の方を振り向く、芹子。
満の手には、小さな箱。
「……ま、安物だけどな」

ゆっくりと満に近づく、芹子。
動揺のあまり、足下がふらついてしまう。
「……手、貸してみ」
黙って左手を差し出す。
満は、芹子の左手をぎゅっ、と握る。
「……?」
「言っとくが…」
満の声が震えている。さすがの満も緊張しているのか。

「…蔦子に言われたからでもなく、幹雄に便乗したわけでもない。
……オレがお前を嫁に欲しいと思ったから、決めたんだからな」

芹子が、心の中で不安に思っていたこと。
それは、結婚があまりにも成り行きで決まってしまったため、
結婚は本当に満の意志なのか?
ずっとずっと気がかりだった。
そんな芹子の不安を、満は気付いていた。
いつもは、自由奔放で自分を振り回してばかりいる満。
だが、一番大事なことは、ちゃんとわかっている。
この人となら………歩んでいける。
芹子は今、そう確信した。

「………結婚しよう、芹子」

瞳に、溢れんばかりの涙と幸せを溜めて。
無言で頷く、世界で一番短いYES。

二人を祝福するかのような、
煌びやかな部屋中の星々と、東京の夜景。

だが、その中でも最も輝ける星は。
芹子の薬指でひたすら輝き続けていた。

END

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