[小説]千葉湯けむり殺人事件(4)

小説/本文

一夜が明けた。

「さあさあ、眞妃ちゃんっ!早く捜査しましょっ!」
みはるは眞妃が言ったことを本気にしている。
「はぁ?なんでよぉ。そんなの警察に…….」
「でも、眞妃ちゃん『ねぎ秘密結社の名に賭けてっ!この事件は私達が解決するのよっ!!』
って言ったじゃないっ!!」
「ええっ!!?」
眞妃は覚えていない。
「ねぎ秘密結社の名に賭けてっ!この事件は私達が解決するのよっ!!」
と言ったことを 覚えていないのだ。
「とにかく、いきましょ~っ!」
眞妃は、みはるにずるずるひっぱられていった。

「やーあ!みんな!心配かけてゴメンよ~」
朝、芹子とハリー、橘が朝食を取ろうと宴会場に向かうと…
そこには昨日大怪我をして病院へ運ばれたはずの悟史がいた。
頭には、なんとも痛々しそうな包帯がぐるぐる巻きである。
「よ…吉村さん!大丈夫なんですか!?」
芹子が心配そうに駆け寄る。
「いやーもう平気平気!!!
ただでさえ出番が少ないのに入院なんてしてられないっての!!!
今度からこの小説のタイトルは、
『吉村青年の事件簿 ~千葉湯けむり殺人事件~』だ!!!
はっはっはっはっは!!!!!」
「………ねえ、やっぱり病院に連れ戻した方がいいんじゃない?」
「ですね…頭を打ったのがいけなかったんでしょうか…やはり」
あきれ顔の芹子と橘をよそに、ハリーだけは
「きゃーっっ!!イヤーーン吉村さんカッコイーッ!!!その意気よーーーっ!!
もう、ボク吉村さんに一生ついてっちゃうわ~~ン♥♥
と、ノリノリである。
何か変だ、営業部。橘はそう思った。

悟史が退院したのと同時に、悟史よりも軽傷だった満も
もちろん退院していた。
満は、自分の部屋で荷物の整理をしていた。
「まいったぜ…まさか芹子の頭突きで入院とはな…」
満のケガは、幸い軽い脳しんとうのみだった。
「それにしても今日はいい天気だな…ゆうべここで
人が死んだなんてウソみてえだ…
一歩間違えばオレも死んでたかもしれねえけど。」
雲一つない青空を見つめ、満は昨晩風呂場で
眞妃と芹子にさんざん沈められたことを思い出す。
二人のハダカも拝めなかった。
もう2度と、あんな思いはしたくない…
今度は、ちゃんと混浴かどうか確かめてから風呂は入ろう。
「おっと、こんなセンチメンタルになってる場合じゃねえ、
朝メシの時間が終わっちまう!」

朝食の時間までにはにはまだ少し余裕があったが、満はパタパタと廊下に走り出した。
「え~と、宴会場はこっちだっけかな?」
一階に下り、少し歩行速度を緩めてあたりを捜す。
「やっぱこっちか・・うっ・・・」
今来た廊下を引き返そうとして振り返った瞬間、満は見た。
その男はは廊下を通り過ぎるところだった。
身長は2メートルはあろうか。
「でっけぇなぁ、スポーツ関係?」
満は芹子の見た黒い巨漢のことを知らない。
「有名人だったらサインもらお!」
満は大男の後を追って廊下を曲がる。
しかし男はもうそこには居なかった。
「あれっ?どこだ・・・トイレ、か?」
廊下を真直ぐ行った所の左側にトイレの入り口があった。
そのまま行けば宴会場である。
奥に眞妃と芹子らしい女性達が座っているのがちょうど見えた。
そこまでであった。
衝撃が走り、満の意識は暗い淵へと落ちて行った。
何気ない朝の一時、一瞬の異変であった。

「え・・・?」
宴会場で、食事が並ぶのと仲間が集まるのを待っていた芹子は、
なんとなく開いたままの入り口の向こうを見ていた。
そして異様な光景を目にしたのだ。
それは浴衣を着た男が、トイレのドアから伸びた手によって
中に引き込まれるというものだった。
「何?・・・今の・・・・あっ!!」
(今のは満じゃなかった!?)

芹子は立ち上がると、トイレへ向って走り出した。

(なんだか…なんだかイヤな予感がする…無事でいてよ満…!!)
芹子はトイレの前で深呼吸をして、そっとドアを開けた。
中には…誰もいなかった。
しかし、床には水でぬかるんでいて、明らかに「何か」を
引きずった後がくっきりと残っていた。
ぬかるんだ床の水の中に、かすかに赤い液体が
点々と付いていた。血だ。
血痕はトイレの一番奥の窓へと続いている。
窓は、鉄格子などはなく、大人一人がやっと通れる程度の大きさである。
「まさか…この窓から…?通れなくはなさそうだけど…」
芹子はトイレで一人、考え込んでいると…
「…か、神崎さん!?なんで男子トイレになんかいるんですか?」
偶然、用を足しに来た橘は驚く。
「あ、いや、あのね…え、えーと」
そういえばここは男子トイレだった。
ふと我に返った芹子はあたふたする。
けれども、どうしても窓から目が離せない。
「そういえば、成沢さんが心配してましたよ。いったん戻った方がいいんじゃないですか?」
「そ、そうよね…で、でもね大島く…」
ずっと窓の方を向いていた芹子が橘の方を向くと…

橘の後ろに、忘れもしない、あの暗闇で会った身長2mの大男がいた。
男は、覆面をかぶって、手には鉄パイプを持っている。

「大島くん!!うしろ……っ!!!!」

「え?」
橘が振り向くと同時に!
ズドゴオォッ!!
「・・ぐ・・あっ・・」
大男がよろめいた。
「まっ、眞妃!」
スタッ。
大男の背中の急所にローリングソバットをヒットさせ、眞妃はタイルの床に着地した。
「あなたね!犯人はっ!」
「・・んぐっ・・ぐあぁぁぁぁっ!!」
再び鉄パイプで襲い掛かる大男。ドフッ!!眞妃の裏拳が男のレバーを直撃する。
「ぐうっ・・」
そしてかなわないと悟ったのか、大男は眞妃に鉄パイプを投げ付けると、
一瞬の隙をついてドアから廊下へ逃げ出した。
「だれかっ!!警察に連絡してっ!!」
眞妃が男の後を追う。
「・・・・・・はっ!満っ!?」
芹子はあわててあたりを捜す。
「あっちだっ!」「おいっ!待てっ!」ガシャーン・・
旅館の朝のひとときは、喧騒と激しい物音に包まれた。

大男は結局捕まらず、凶器の鉄パイプだけが残された。
満はトイレの窓の下に倒れている所を救助された。
命に別状は無いらしい。

そしてなんとか一段落した午前10時・・・
「・・・あ、あの~ 成沢さん?」
橘は部屋にいても落ち着かず、眞妃といっしょにロビーのソファーに座っていた。
「さっきは助かりました・・・で、あの・・」
「あぁ、私が来たのに驚いて、犯人は逃げたのよね、
遠山さんもたいしたこと無くてよかったわ。」
眞妃はもういつもの静かな物腰に戻っていた。
「は、はい・・・で~、あの・・」
「何?」
橘が恐る恐る訪ねる。
「あ、あの・・・成沢さんって、昔何かやってたんですか?」
「何かって?」
眞妃はきょとんとし逆に聞き返す。
「だって、さっきあんな大男を簡単に・・・」
「?」
本人には、自覚どころか記憶も無いらしい。
「あはは・・いや、いいんです。」
橘は眞妃の背後に黙って立つことだけはやめようと思った。

そこへ何やら外から、人の言い争う声が聞こえて来た。
「あ、遠山さん!」
病院に行った満と、つきそった芹子が戻って来たのだ。
「ちょっと!先生が今日は寝ていろって言ってたでしょ!?」
「うるせーなー、旅館で寝てればいいんだろー。話は済んだんだし。」
話とは刑事による事情聴取である。
「よっ!心配かけたな!」
橘と眞妃を見つけて元気そうに声をかける。
「あの様子では大丈夫そうですね。」
「そうみたいね。」
ロビーに現れた沢井と吉村がにっこり笑った。
その背後から・・ドタドタドタドーン!!!
「ぬおぉぉっ!!」「うあぁっ!!」
みはるが沢井と吉村をはね飛ばして現れた。
「大変大変よ~~~っ!!!」
「どうしたの?みはる、落ち着いて!」
眞妃がみはるをなだめる。
「ハ、ハリーちゃんが・・・」
「えっ!?」

そして一同は緊張の面もちでハリーの部屋に向った。

「う~ン、う~ン、くるしい~ン・・」
ハリーが倒れている。
しかしこの件に関して犯人は彼自身だった。
ハリーは事件後、朝食に出たウナギと梅干しを、
病院に行った満と芹子の分まで平らげたのだ。
「なんでまたあんなに欲張ったのよ!」
眞妃がハリーの顔を覗き込みながら言った。
「普段はそんなに食いしん坊じゃ無いのにね?」
芹子が首をかしげる。
「朝食にウナギってのもどうかしてるぜ~?この旅館も。食えなくてよかった。」
満が胸を押さえてベロを出してみせる。
「う~ン、う~ン・・イギリスでは午前中の果物は金という・・」
うわ言のようにハリーが答えた。
「ウナギのどこが果物よ!」
眞妃が突っ込む。
「まさかウメボシのこと?果物とはちょっと違うと・・・
それよりウナギよ、なんでそんなに・・」
芹子が聞いた。
「ウ・・ウナギ食べるの初めてで~・・・」
ハリーは日本に来てからまだウナギを食べていなかったのだ。
「それにしてもこんな古い迷信にかかるなんて・・・変に日本的なのね。」
眞妃があきれたように言った。
「め・・め・いし・・ん・・?・・・・・なぁーんだ!!」
ガバッとハリーが起き上がった。
「あ~あ!苦しんで損したわ~!イヤ~ね~♪」
さっきまでのことがウソのようにハリーはケロっとしている。
「あ・・あんたねぇ・・・」

再び倒れたハリーを横に、眞妃はまだ怒っている。
「誰があんな迷信教えたのかしら?」
「あはは~!あったしーっ!!」
みはるが手を挙げて答える。
「みはる、だめよ、コイツは以前からけっこう暗示に掛かりやすいんだから。」
「へぇ~よく知ってるねぇ?」
吉村が聞く。
「そ、そういうわけじゃ・・」
なぜかあわてる眞妃であった。
「じゃあ、このオカマ言葉も、クネクネしてるのも何かの暗示がかかってるのかしら?」
芹子がハリーの寝顔を見ながら言った。
「美形なのになぁ・・眞妃ちゃんも彼のこと誤解してるんじゃないの?」
吉村がよけいな方向へ話を持って行く。
「な!なんでそんな!関係無いですよっ!!」
眞妃は真っ赤になって否定する。(笑)
その時、

「なるほど~、暗示かぁ・・」

入り口の方から聞きなれない声がした。

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