[小説]千葉湯けむり殺人事件(6)

小説/本文

「眞妃ちゃん、どこいっちゃったのかしら?」
珍しく真面目に心配そうなハリーが、水族館の廊下を歩いていた。
「先に帰ったってことは無いわよねぇ?みはるちゃんもいるんだし・・・」
10分ほど前から姿が見えない眞妃を、ハリーとみはるは手分けして捜していた。
「あら・・・?」
水槽の無い壁の隅に、飼育係り専用のドアがある。そのドアに何かが挟まっているのが見えた。
ハリーがドアを押すと、鍵は掛かっていなかったのか簡単に開く。
「こ・・・これは・・!」
挟まっていたのはハンカチ。
ハリーに見覚えがある、それは眞妃の物であった。
「まさか・・!」
ハリーはハンカチを握り締め、ドアの向こうに消えた。

「思わず立入禁止の通路に来ちゃったけどん…
ホントに眞妃ちゃんはこっちにいるのかしら?」
ハリーは、恐る恐る奥へと進んでいく。
しばらくして、突き当たりにまたドアがあった。
ドアは少しだけ、開いている。
ハリーは、ドアの隙間から話し声が聞こえるのに気が付いた。
男二人の話し声に。

「ったく…計画がめちゃくちゃじゃねえか!」
一体、なんなんだ!俺達の邪魔ばっかするヤツらは…」
「どうやら同じ会社の者らしいな、ヤツらは」
「特にこの女は要注意だ。こいつのせいで一人捕まっちまったからな」
「どうするんだ?この女」
「殺すに決まってんだろ。生かしておくとやっかいだからな」

「冗っ談じゃないわよっ!!!そんなことこのボクがさせないんだから!!!」
――とんでも無いことを耳にしたハリーは、
思わずその部屋に飛び込んだ。
部屋には、身長がものすごく高く、体格のいい男二人。
そして入り口のドアのそばに、眞妃が横たわっていた。
ハリーは眞妃を背後にかばう。
「なんだ、てめえ!この女の仲間か!!」
「ちょうどいい、一緒に始末しちまえ!!」

その時。
「……ん……?何?ここ……」

眞妃が目を覚ます。
しばらく目をパチパチさせたあと、すぐに状況を把握した。
「この私を眠らすなんて、やってくれるじゃない……!!」
眞妃は早速臨戦態勢だ。
男二人は、焦る。
「や、やべえ!この女が起きるとやっかいだ!
こいつめちゃくちゃ強ええんだよ!!」
「なに女一人にビビってんだよ!撃っちまえ!!」
そう言って一人の男が銃を取り出し、引き金に手をかけた。
眞妃は銃ごときにはひるまず、よけようとした。が、その時。

「眞妃ちゃん、あぶないっっっ!!!」

眞妃がよけようとしたわずかに前に、
ハリーが眞妃を突き倒す。

ズキュゥゥーーーーンン……

銃弾がハリーの脇腹に命中する。
撃たれたハリーは、その場に崩れ落ちた。

「……え……!?ちょ……ちょっと……」
眞妃は、何が起こったのか、一瞬分からなかった。
倒れたハリーの腹部から、ジワジワと血が流れる。

「じょっ………冗談じゃないわよ!!」
男が2発目を撃とうとするよりも前に、
眞妃がブチ切れる。
「………よくも…っ……!!!!!」
眞妃は、一瞬にして銃を持つ男の懐に入り、
急所を一突きする。
「ぐああっっっ!!!!!」
男は、衝撃で銃を床に落とす。
すかさず眞妃がそれを拾う。
拾ってすぐ、眞妃は男二人に向け、銃を構える。

形勢逆転された男二人は、あわてて逃げ出す。
「待ちなさい!!!!」
追いかけようとしたが、ハリーの救助が先だ。
眞妃は銃を捨て、ハリーの容態を見る。

「ちょっと…何やってんのよ!!もう…!!」
「えへ…ちょっとしくじっちゃったわねン……」
力無く笑いながらも、ハリーの顔色はどんどん悪くなる。
出血の酷さに驚き、青ざめながらも眞妃は気丈に手当をする。
眞妃は、着ていた上着を脱いで、Tシャツ1枚になり、
上着を裂いて止血する。
それでも、ハリーの出血は止まりそうにない。
眞妃は、ハリーの持っていたカバンから携帯電話を
取り出し、119番通報する。

「もうっ……あんたがかばわなくても私は平気だったのに!!!」
眞妃は泣きそうになりながら叫ぶ。
「なに…言ってるの…よン…男のコが女のコを…守るのが当然でしょン…」
ハリーの言葉が次第に途切れ途切れになっていく。
「ちょっと…しっかりしなさいよっっ!!!」
「…ましてや……好きな…女の子なら…なおさらなの…ねん…」
やっとの事でそこまで言い終えると、ハリーは意識を失った。

「…冗っ談じゃないわよ!!!目ぇ覚ましなさいよ!!!………明!!!!」

…数時間後…

「まあったくも~びっくりよねえ~!!ボク、死にそうだったんだって!」
そう言って、ハリーはいつもの調子でヘラヘラとしている。
ハリーの傷は、出血こそ酷かったものの、応急処置が良かったのと
唯一、ハリーと同じ血液型の沢井が「忘れ物を取りに来た」と、
たまたま戻ってきていて、即座に輸血に応じたため、大事には至らなかった。
しばらくの入院は必要だが。

ハリーがいる病室には、満、芹子、悟史の3人、そして眞妃が駆けつけていた。
「まったくもう!!脅かさないでよね…」
冷たく言い放つ眞妃だが、さすがに少し動揺しているのか、
心なしか、声が震えている。
「んもう~!眞妃ちゃんってばっ!!無理しちゃってっ♪
ホントは『ハリーちゃん死んじゃいやーーっ!』とか思ってたんでしょ??
も~お、眞妃ちゃんの、て・れ・やサンっ♪」
「誰が思うかぁぁぁーーーーーっっっっ!!!やっぱ死ねえーーーっっ!!!!」
「ま、マズいって!!眞妃っっ!!一応ケガ人なんだから!!」
いつものように波動拳をかまそうとする眞妃を、
満・芹子・悟史の3人がかりで止める。

「それにしても…犯人が複数だったとはな…」
満が首をかしげる。
「そうなのよぉっ!しかもみんな背がめっちゃくちゃ高いのっ!!」
ハリーも力説する。

「ふむふむ。な~るほどぉ~」

犯人について熱く語る社員達の言葉を遮り、
聞き覚えのある声が。
「あ、島崎さん!!一体どこに行ってたんですか?」
今朝から姿を消していた、シャンゼリゼ島崎であった。

「どうも皆さん、この度は大変なことで」
どことなく間の抜けたような声は相変わらずであったが、
その表情はいつもとやや違っていた。
その醸し出す雰囲気も。
少し組んでいた腕を解いた島崎は、ゆっくりとした足取りで病室に入って来た。
そしていつに無く真剣な、それでいて慈愛に満ちたような顔で眞妃に軽く会釈をする。
反射的に眞妃は会釈を返し、ハリーのベッドへの道を開けた。
島崎はハリーの側に寄る。
「痛みますか?」
と、優しく声を掛けた。
「いいぇ~、御心配なく
ハリーは微笑みを返す。
その途端、眞妃が島崎の両腕を掴んで詰め寄った。
「教えて!!あいつらはいったい誰なんです!?なんでこんなことになるんですかっ!?」
眞妃は涙をためていた。
「明は・・・明は、もう少しで・・・」
眞妃は泣き崩れてしまった。
「・・・眞妃ちゃん・・・」
ハリーが伸ばした手で、眞妃の背を優しく撫でる。
「お話ししましょう。」
相変わらずの声で島崎は言った。
「あの組織の正体を。その目的は私の推測の域を出ませんが。」

坂本龍一のピアノが病室に静かに流れている。
島崎持参のラジカセであった。
「彼らの目的はおそらく勝野氏の資産です。しかしその手段が尋常じゃぁないんです。」
わざわざBGMを用意する島崎も尋常ではない。
「私も初めはお家騒動かとも思いましたが、眞妃さん。」
「へぇ!?」
突然振り向かれて眞妃は素頓狂な声を上げてしまう。
「あなたの言った、『暗示』というキーワードでピン!ときました。」
「暗示?」
そう聞かれて島崎は、ポーズを取りつつ言った。
「彼らの中には居るのです。人の心を自在に操れるヤツが。」
一同の驚愕は如何ばかりなものであっただろうか?

かちゃん!音楽が止まった。というのも、ラジカセの電池が
なくなってしまったのだ。
「どどど、どういうことなのん!?」
ハリーは「人の心を自在に操れる」ということがよくわからなかった。
「たとえば…そうですね、あなたが本当に思ってないことを
やってしまうとか…えーと、うーん」
島崎は音楽か、落語に使う扇子がないと説明が下手なようだ。
あいにく、島崎は予備の電池も、扇子も忘れていた。
きょろきょろとあたりを見回す島崎の目に止まったのは、見舞いの花を生けた花瓶だった。
「失礼、よろしいですか?」
島崎は花を一本、手に取った。
一同は“暗示”の説明に使用するのだと思ったが・・・
「かなう・・・かなわない・・・かなう・・・かなわない・・・」
おもむろに始める花占い。
一同は目が点、口あんぐり状態である。
「かなえばこその恋なれど・・・かなわぬせつなさ、これもまた恋・・・・・
今晩は、シャンゼリゼ島崎です。」
昼間である。
「今宵は、催眠「ヒプノーシス」についてお話ししましょう・・・」
どういう演出であるのか。
「皆様も御存じかとは思いますが、眠りから覚める少し前などに、
耳から入った情報で感情が激しく揺れ動くことが、我々人間の場合にはあります。」
説明が始まったようだ。さきほどの花占いはなんだったのであろうか?
「たとえば、ラジオをつけたまま眠ってしまい、目覚める前のまどろみの中で、
ラジオから流れる番組が、頭の中で映像としてよみがえることがおありでしょう?」
「あ!あるある!ありまーすっ!!」
みはるが手を上げた。
「あたしねっ!テレビつけたまま寝ちゃってたんですよぉ!!
そしたらね!サッカーやってて、でも頭ん中では大勢のサポーターに担がれた
巨大なハリボテの中田選手が10体くらい列をなして、イタリアの街を走り回ってるの!!」
「げ・・」
唖然とする眞妃達であったが、
「そうそう、そんなようなことです。」
島崎はあっさりと同意してしまった。

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