[小説]千葉湯けむり殺人事件(8)

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そのころハリーの病院。

「・・・・・・・・・・・」
重苦しい空気が病室を包んでいた。
あまりにも恐ろしく、不可解な「敵」組織の実体。
秘密結社とはいえ、ほのぼのとした自分達の手に負えるケースなのか?
今までの仕事とはワケが違うのだ。
怪我人が出ている。
しかも怪我で良かったぐらいなのだ。
まさに命がけだった。

一同の沈黙に、シャンゼリゼ島崎さえも沈痛な表情で、ただ止まったラジカセを見つめている。
実はCDの取り替え方が分からなかっただけなのだが、そんなことは誰も知る由も無い。

重い重い、沈黙の中、みはるの寝息だけが静かに流れている。
(寝るなよ)

「…ちょっと、みはる!起きなさいよ!」
さすがに客人の前で失礼と思ったのか
(客人とは島崎氏のこと)
みはるを起こそうとする、眞妃。
みはるは一向に起きようとしない。
それどころか、何か夢を見ているようで、
顔をしかめている。
「何か…夢でも見てるみたいだね?みはる」
芹子の言葉を聞いて、眞妃がかすかに青ざめる。
だが、その事に気付いた者はこの時点では
誰もいなかった。
「……だ……」
完全に夢の中の住人になっているみはるが、寝言を言い始めた。

「……だめ……死んじゃだめ……たちばなくん……」

その時!!

パパパパパパパパパパパパン!!!

眞妃がみはるの頬を両方から平手打ち連打する。
「起きなさいっっっ!!!」
眞妃の平手打ちを受けたみはるは、さすがに目が覚める。
「…いったあ~~い……眞妃ちゃん……ひどおい……」
みはるは半ベソをかいている。
「何をそんなに必死になってるのよ、眞妃?」
芹子が不思議そうに問う。
だが、眞妃は芹子の問いを無視して、みはるに問う。
「みはる!あんた今どんな夢見てたの!?」
寝起きできょとんとしているみはるは、
しばらくボーッと考えた後、寝ぼけ気味の声で言う。

「……たちばなくんがね、しらないおとこのひとに
ナイフかなんかでさされちゃうゆめ……」

「……な…なっ、な、なんですって!?」
一人で突っ走る眞妃を見かねて、ハリーが眞妃を宥める。
「眞妃ちゃん、落ち着いて?どうしたの一体」
「みはるの夢は当たるのよ!!」
「?」
「昔から、みはるが見た夢はほとんどが現実になってるのよ!
みはるからいつも、前日の夜に見た夢の話とか聞いたりするんだけど…
10回中9回は当たってるのよ、いつも!!」
「すっ………すげえな、それ………」
驚愕する社員一同。
なんの取り柄もなさそうなみはるに、そんな特殊能力があったとは。

「…じゃ…じゃあ…大島くんは9割の確率で
死にそうな目に遭うってこと…?」
芹子が青ざめながら言う。
「そういえば橘ってどこ行ったんだ?」
「沢井さんに無理矢理東京に連れ戻されたはずだけど…」
「そうなのか?…でも、あいつのことだから
きっと戻ってくると思うぜ(みはるがここにいるから)電話かけてみるか?」
そう言って、満は公衆電話へと向かっていった。

数分後。
「…ダメだ…自宅も携帯もつながんねえ…」
「まさか…もう…」
青ざめる眞妃。
「やだ!不吉なこと言わないでよおっ!!」
芹子が怒鳴る。しかしすでに半泣き状態だ。
「と、とにかく、みんなで橘くんを探しましょっ!!」
入院しているハリーを残し、一斉に病室を駆け出す社員達。

そのころ、島崎は。

「…ふう、ようやくCDを取り替えられましたね~
…え~、さて………おや?」
CDの取り替え作業に夢中だった島崎は、社員が全員去ったことに
気付いていなかったらしい。
唯一残っているハリーも、すでに寝息をたてていた。
「…………………」
少し黙った後、島崎は気を取り直して、
花瓶の花をもう一輪、取る。
その花に軽く口づける。
「…今宵も、あなたの夢の中にお邪魔するかもしれません…
それでは、ごきげんよう、さようなら」

その花をハリーの髪に飾ると、シャンゼリゼ島崎は病室を去っていった。
ラジカセから流れる曲は、ショパンの「別れの曲」であった。

「いないわね、大島さん……..」
そのころ、眞妃達はタクシーで東京方面に向かっていた。
「まだ、つながんねぇぜ、携帯。」
満はみはるのPHSを借り、橘の携帯に電話していた。
「どうしたんだろ、大島くん……」
みはるはまだもうろうとしている。

「ねぇ、みはる。どんなところで刺されてたの?」
「うーんと….倉庫みたいなところだったよ、たしか。」
倉庫…….?なぜ?
「お客さん、この辺で倉庫っていうと、丸橋第2倉庫しかないですよ。」
「運転手さん!その、丸橋第2倉庫に行ってください!!」

そのころ当の橘は、すでに車で旅館に到着していた。
そして水族館の事件とハリーのことを聞き、病院に向っていた。
「まただ・・なんでこう僕達に色々と起るんだ・・・」
信号待ちが煩わしい。それでも安全運転である。
「なんか・・・嫌な予感がするな、まさかアイツら、
今回のこととなんか関係あるんじゃ・・」
自分を倉庫に監禁した集団。その中にいた少女の顔が思い出された。
橘は霊感が強い。
霊を感じたり、虫の知らせが当たったりすることがよくある。
今回もただならぬ不安と共に、もう一人の自分の声が遠くから聞こえてくるようだった。
(まだ、事件は続く・・・そして・・危険が近付いている・・・)
橘は病院の駐車場へ車を滑り込ませた。

「こまったな、皆はどこに・・」
病室へ到着してハリーから事情を聞かされた橘は、
皆の行き先が分からないことに愕然とした。
誰かに電話しようにも、橘は携帯を紛失していた。
そこでハリーの携帯で連絡を取ろうとしたのだが、事件の所為か、壊れていたのだ。
二人とも番号は電話機にメモリーしていたので憶えていない。
橘はみはるの番号さえ、気安くかけられるわけでも無かったので記憶していなかった。
眞妃はハリーに電話番号を教えていない。
「ごめんね、タッちゃん、ボクがこんなじゃなければ・・」
もちろんハリーの責任では無い。
しかし自分独り動けないという状況が、彼を弱気にさせていた。
「そんなこと・・・相原さんは成沢さんを守るために怪我したんじゃないですか!」
「いつもボクは役立たず。眞妃ちゃんを守ってやるなんて・・・
アハハ、ごめんね~愚痴っちゃって」
いつもは見せないハリーの姿に橘は心を打たれた。
「相原さん・・・」
こうしてる間にも、掛け替えの無い人達に危険が迫っているかもしれない。
(みはるちゃん・・)
橘は唇を噛んだ。
「ねぇ、タッちゃん。感じない?」
ハリーが言った。
「え?」
「みはるちゃんはキミのことを夢に見たのよ。だから・・・キミにも」
「!!」
(そうだ・・・!!)
橘は思い出した。自分は人の心が手に取る様に解ることがある。
遠くの人のことが“見える”ことがある。
はっきりと認識できないが、はずれたことは無いのだ。
(そうだ!みはるちゃんは僕のことを・・・だから今度は僕が!!)
目を閉じる。
(できる・・いや!やってみせる!!)

橘は念じた。
そして、強く強く思った。
病室の壁が、ハリーのベッドが、窓の外の風景が、一つ、一つと消えて行った。
そしてその向こうに・・・・・

「たのむわよ、タッちゃん・・」
一点を見つめながら、トランス状態で病室を後にする橘。
その背にハリーはそっと声をかけた。

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