[小説]千葉湯けむり殺人事件(終)

小説/本文

「ウチの車をこんなにしやがって、高くつくぜ・・」
陣内は車の前に回り込む。
「シケた車に乗ってやがんじゃねぇか、新車を買ってやろうかい?
もっともお前はもう乗れねぇがな。」
言って琴蕗が足を止めた。
メキ!!バキバリッ!!
陣内が車のバンパーを引き剥がした。それを武器にするらしい。
「その分まで請求するんじゃねぇぜ!」
琴蕗が走る。二人は互いに回り込もうと素早く動いた。
駐車場には車はほとんど停まっていない。戦う場所には不自由しなかった。
ビュォン!
バンパーが宙を薙いだ。琴蕗は難なく避けて蹴りを放つが、陣内もそれをかわした。
「しょぁっ!」
そしてバンパーを軸に回転して踵蹴りを放つ。
「しぇっ!」
避けた琴蕗が着地した陣内の足を狙う。
陣内が再びバンパーを地面に着けてそれをかわす。
靴音と空気を裂く音だけが伝わって来る戦いを、悟史と眞妃、そして島崎が見守っている。
芹子と満は事務所で、気絶したみはるに付き添っている。
「け、警察とか呼ばなくていいのかな?」
悟史が恐々聞いた。
「そ~ですねぇ、まだいいでしょう。」
島崎は、何かスポーツでも観戦しているかのような雰囲気である。
「凄い動きね、あの人何者なの?」
眞妃が聞いた。
「ん~、なんとかって言う拳法みたいなモノをやってたような、やって無かったような・・・」
「要領を得ないわねぇ・・」
トボけているのはわかったが、眞妃も深くは聞かなかった。
琴蕗と陣内が駐車場の中央まで移動した時、遠くから車の音が近付いて来た。
二人は距離をとって音の方を一瞬だけ見た。
駐車場の入り口に車が向って来る。
その時。
ドフゥン!!
二人の肉体が初めて激突した音だ。
一瞬で間合いを詰めた琴蕗の前蹴りが、陣内の胸元に炸裂したのだ。
数メートルも吹っ飛び、しかし立ち上がる陣内。
そこへ車が突っ込んで来た。
避けられるはずも無かった。

車に乗っているのは橘だった。
橘はもはや超能力と言っても良い特殊能力で、みはるの危機を知った。
銃を突き付けられたみはる。
気を失ったみはる。
(みはるちゃんをこんな目にあわせたヤツは絶対に許さない!!!)
そして目の前の敵。
橘の怒りは爆発、完全にブチ切れていたのだ。

ドガッシャァァァン!!!!!!!!!!
陣内をフロントガラスに突き刺したまま、
橘の車はガードレールを突き破り、海にむかってダイブした。

そして・・・

「大島くん、気分はどう?」
病院で意識が戻った橘のベッドを横には、芹子と眞妃がいた。
「あ、うん、まぁまぁ・・・かな?」
橘は頭の包帯に軽く手を触れながら言った。
「それにしてもムチャしたものね、大島さん。いざとなると恐いのね。」
眞妃が何故か感心したような口調で言う。
「それは~。ねっ、やっぱり、“みはるちゃんのこと”となると、ってやつよね~。」
芹子がからかうように言った。
「ははは・・・あ!!そうだっ!!!みはるちゃんはっ!?」
橘はあわてて起き上がろうとする。
「だ、大丈夫よ!でも疲れてるようだから、先に家に帰したのよ。」
芹子が橘をなだめて再びベッドへ寝かせる。そこへ、
「お~い、橘、大丈夫か?」
満が入って来た。
「あ、遠山さん、心配かけまして・・・」
「お前の車、廃車だってさ。」
「いいんです、もう・・・(しくしくしく・・・)」
かなしそーな橘。
「もう、満!こんな時に!」
芹子が怒るが、目は笑っている。
「でも、なんかすぐに保険が全額下りるみたいだぜ?」
『ええ!?』
これには3人とも驚いた。
「本当ですか!?調査とか、いいのかなぁ?それにしても・・・」
橘は半信半疑だ。
「あのシャンデリア松崎って探偵さんが、いろいろ手を回してくれたみたいだぜ。」
「え?シャンゼリゼ島崎さんですか?」
「そう、それそれ。お前もいつの間にかただの被害者ってことになってるみたいだし。」
「・・・・・」
橘はまだ頭が整理できない。
「島崎さんはどうしたの?」
「二人で行っちまったよ。車に乗って。」
「二人?もう一人は琴蕗さん?」
眞妃が聞いた。
「・・・・え?琴蕗さん?」
橘は思い出した、自分を助けてくれた琴蕗を。あの少女は家に帰れたろうか?
「そう、琴蕗って人。海に飛び込んでお前を助けてくれたんだぜ。」
(・・・・・そうか・・・また助けてくれたんだ・・・)

病室のドアが開いて、悟史が入って来た。手に紙切れを持っている。
「よかったねぇ、たいした怪我じゃなくって。あ、これ。君に電報だって。」
悟史から電報を受け取ると、橘は早速読んでみた。

(シゴトハオワッタ アリガトヨ マタナ)

差出人の名前はわからなかったが、橘には誰からのものだか良く分っていた。

事件は解決した。
陣内以下、5人の男が殺人、誘拐などの容疑で逮捕された。
連中が扱っていた薬はやはり麻薬で、催眠効果を大幅に高める作用があるという。
行方不明の旅館経営者、勝野隆昌はアジトから無事に発見された。
そしてあの少女の名前が勝野博子であり、勝野隆昌氏の娘であることも後でわかった。
彼女は薬と催眠術によって洗脳されていたのだ。
逮捕されていた勝野隆昌の息子、隆司は釈放されるらしい。
彼は妹が父の資産を狙う何者かに利用されていることを知り、
島崎に調査を依頼した後に術をかけられ、妹同様に洗脳されていたのだった。
と、ここまでは島崎の話から、だいたい想像はついていたのだが・・・

「結局、犯人の本当の正体は分からないのねぇ・・・」
帰りの電車の中、芹子が呟いた。
ハリーの病室で島崎が語った組織の正体。今思えば具体的な話はあまりにも少なかったのだ。
ちなみに眞妃はハリーの病室に行ってから戻るという。ハリーにとっては僥倖である。
「この日本にも、妖し気な組織が活動しているってことか・・」
悟史が窓の外を見ながら言った。
「妖しいって言えば人のこと言えないけど、あの島崎って人もかなりな妖しさだぜ?」
満が言った。
「そうね、あの人、なんだかあたし達のことも調べてたようだし。」
「・・・オレ達の秘密結社のこと、知ってたみたいだしな。」
二人の会話に悟史が振り向いた。
「それより、俺達って、何のために秘密なんだろ?」
『う~~~~ん・・・』
3人とも、考え込んだきり動かなくなってしまった。
窓の外の景色だけが流れて行く。

その頃、ハリーの入院する病院では。

「え~っと……307号室……」
ハリーのいる病室をさがし、ウロウロとしている眞妃。
ふと、目の前が真っ暗になる。
「!?」

<だぁぁぁ~~れぇぇぇ~~だ~~???>

あからさまなウラ声でささやかれた眞妃は、
ため息を付いて自分の目を覆う手を無理矢理剥がす。

ウラ声の主は、もちろんハリーであった。
「何よ、もう起きあがっても平気なの?来て損した」
内心、ハリーのことが少し心配だった眞妃は、
いつもと変わらないハリーの態度に腹を立て、
病室へ向かうはずだった足を、再度出口へと向ける。
「いや~~ん♪♪眞妃ちゃん怒っちゃいや~~んっ!!
……あいたたたた」
眞妃の早足に合わせて歩こうとしたハリーは、
まだ塞がりきっていない傷に痛みを覚え、脇腹をさする。
「…ほら!やっぱりまだダメじゃないの!ちゃんと寝てなさいよ!!」
「だ、大丈夫よんっ」
眞妃の制止を無視するかのように、ハリーは
『ボクは全然平気よん♪』というのを
アピールするかのように、両腕をブンブンと振る。
だが顔はちょっと辛そうである。
「何をそんなに意地はってんのよ?」

「…だ、だって、ね…ボクが寝てる間に
みんな解決しちゃってね……」

自分一人、みんなに迷惑を掛けてしまったこと、
役に立てなかったことを悔やむハリーは、
常に笑みを絶やさない瞳を、少し曇らせる。

「誰も、あんたが役立たずなんて思っちゃいないわよ」
「!」
「あんたが私を追って来てくれなかったら、私はあのまま殺されてた」
眞妃は、ハリーの瞳を、しっかりと見つめる。

「…助けてくれて、ありがとう…」

眞妃の、心からの言葉に、
ハリーは感極まって眞妃にしがみつこうとする。
だが眞妃はそれを颯爽と避ける。
「ま…眞妃ちゃん………(汗)」
せっかくのいいムードを、とばかりに目をウルウルさせるハリー。
「……だからって、それとこれとは別問題よ!調子に乗らないでちょうだいよね!!」
だが表情はほんの少し嬉しそうだ。

出口に向かって歩き出した眞妃を、
ハリーが何故かツーステップで追いかける。
「待ってよ~~ん♪眞妃ちゃんっ!…あいたたたた」
「もう、知らんっっっ!!!!」

ハリーと同じ病院に入院している橘は、
二人のそんな様子を、松葉杖をつきながら優しく見守っていた。
「……良かったですね、相原さん」

病棟の廊下に差し込む暖かな日の光に、春の訪れを感じながら。
橘は、いつも通りの日々に感謝しつつ、自らの病室へと足を向けた。

END

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