[小説]中原幹雄誘拐事件(プロローグ)

小説/本文

天気の良い、5月のある日。

住宅街のど真ん中にある、小さな公園にて。
公園の隅にある、大きな一本木の伐採が行われていた。
樹齢何百年はあろうかという老木の伐採なだけに、
周囲に住む住人達、十数人が野次馬に訪れていた。

「それにしても…大きな木だね~。この辺じゃ珍しいんじゃない?」
「何だか切るのがもったいないね」
「しょうがないよ、道路を広くするのに、あの木は邪魔らしいから…」

様々な住人達の言葉が飛び交う中。
突如、人混みの中から一人の青年が。
老木にチェーンソーを入れようとしていた作業員に歩み寄った。
「その木を切るのを、少し待って頂けませんか」

いきなり目の前に現れ、突然何を言い出すかと思えば。
気の短い作業員は、少しムッとする。
「何言っとんだ、兄ちゃん!ここに道路が出来んだから
この木は邪魔なんだよ!とっとと切らねぇと工事が進まねぇんだよ!!」

作業員の荒い言葉に、ほんの少し怯みつつも、青年は気丈に答える。
「…それは、この方もわかっています。
これも、文明が進む世の中の理。これが私の運命なのだろうと…」

「はぁあ?誰の運命だって!?」
何を言っているのか、さっぱりわからない作業員。
周りで見ている住人達も、訝しげに青年に注目する。
「この木がそう言ってるんです。
切られるのは仕方がない、けれども少し待って欲しいと言っているんです」

訳の分からないことを連発する青年に、
ついに作業員は切れ、青年の胸ぐらを掴む。
「何ボケたこといっとんじゃコラ!!木が喋るわけが無ぇだろっ!!!」
作業員に凄まれた青年は、目を潤ます。

「まあ、落ち着け」
突然、二人の前にもう一人、男が現れる。
どうやら、この工事の現場監督らしい。
「なかなか、面白いことを言うじゃないか、あんちゃん。
一体なんだってこの木を切るなというんだ?」

作業員よりは落ち着いた、しかし妙に威厳のある現場監督に、
青年はびくびくしながらも抗議を続ける。
「この木のてっぺんに、鳥の巣があるんです…
まだ孵化して間もない、鳥の雛がまだこの木にいるんです」

木には葉がびっしりと生い茂っていて、
こんな大きな木のてっぺんに鳥の巣があるかどうかなど、
ハシゴでも使って昇ったりでもしないと、確認することなど不可能だ。
どうしてそんなことをこの青年が知っているのか。
「…よーし、面白い。今からオレがこの木に登って、
巣があるかどうか見てきてやろう。
…もし、巣がなかった時は…業務妨害で警察に行ってもらうからな」

数分後……

「……な、なっ……あっ…あった!!巣がある!!」

青年の言うとおりに、巣を見つけた現場監督は驚愕する。
周りの住人達からもざわめきが起こる。
現場監督の視線の上には、ピィピィと鳴く雛の声。
しばらくして、巣の異変に気付いた母鳥が巣に戻ってきた。
「わぁ、ハクセキレイですね。この辺りでは珍しいじゃないですか」
母鳥の姿を見た青年は、にっこりと微笑む。

しばらくして、現場監督がハシゴから降りてくる。
「おわかり頂けましたか。せめて、あの雛達が巣立ちするまで、
切るのを待って欲しいと、この木は言っているんです」

完全に青年にしてやられた現場監督は、苦笑いする。
だが、ここで木の伐採を強行したら、
謎の青年に感心している周りの住人の反感を買いかねない。
「…わかった、どうせこの辺一帯工事をやるんだ。
この木のある付近の工事は後回しにしてやろう」

住人達から歓声が上がる。
雛の安全を確保した青年は、ホッ、と胸をなで下ろし、
その場をそっと立ち去ろうとする。
「それじゃ、よろしくお願いいたします」
「待てよ、あんちゃん。
あんたのこと、結構気に入ったぜ。名前くらい教えてくれよ」

突然名を問われ、顔を真っ赤にする、青年。
「な、べ、別に名乗るほどの者じゃないですよ」
「…そうか、まぁいい。
……ところで、その手に持ってる植木鉢は何だ?この時期にチューリップかい?」

「ええ、僕の大事なお花です。ビビアンって言うんですけど」

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