[小説]微笑の暗殺者2(2)

小説/本文

「桐島さんが『某ライバル会社』に脅迫されてる!?何それっ!?」

島崎の話を聞いた沙織が驚愕する。
「実はですね~、全くの偶然だったんですが、この間の日曜日に
桐島さんが突然実家に帰るという話を耳にした恭一郎さんが、
『桐島くんは絶対お見合いに行くのだ!そんなことは絶対にさせん!
私より若いのに私より先に結婚するなど言語道断!
哲哉くん、桐島くんについていって見合いを邪魔しに行ってきてくれたまえ!』
…というご依頼を受けましてねぇ~はっはっはっは」

「お父さん…そこまでして他人の幸せを邪魔したいの…?(汗)」
「で、それはお見合いじゃなくて脅迫だったっての?」
「そうです。某ライバル会社は桐島さんを、過去の罪をネタにゆすり、
彼に恭一郎さんの発明を盗むことと、
在素さん、あなたを連れ戻すことを要求してきました」

「私を?でも私、上総さんに何もされなかったわよ?」
キョトン、とする在素。
「彼は要求を飲むつもりなど絶対に無いでしょうね。
私が思うに、過去のあの事件以来、自分の罪を全て許してくれた
恭一郎さんや会社に対する忠誠心は、並々ならぬ物であると言ってよいでしょう」

「けど…要求を飲まなきゃ罪をバラすって言ってんでしょ?
だったらどうするつもりなんだい?」

沙織は心配そうに問う。
沙織の問いに、島崎は少しだけ沈黙する。
だがすぐにいつもの調子に戻って、淡々と言葉を続ける。
「…………
昨日の深夜、ちょっとだけ研究室に忍び込ませて頂いたんですけどね~。
桐島さんが造っていた物は、『細菌兵器』だと思われます。
それも、かなり強力な物ですね~。」

「!…えっ、それじゃまさか……!!」
在素と沙織が同時に席から立ち上がる。

「そうですね、彼は自らも死ぬつもりで某ライバル会社に乗り込むつもりでしょう」

話を終えた3人は、イタリア料理店から出ると、3人とも別々の方向へと向かっていった。
在素は社員達を集めに、会社へ。
島崎はどこに行ったのか分からないが…
そして沙織は、タクシーに乗り、島崎に教えてもらった道順で、
敵のアジトの一部でもある喫茶店『some』へと向かっていた。

島崎、そして久我恭一郎は、沙織が
亡くなった上総の妻にそっくりな人物であると言うこと、
そして、沙織が少なからず彼と関係を持っていることも知っていた。
島崎と在素の食事会に、沙織のバイト先を指定したのも久我であった。
上総が自分が不在の間に何か事を起こすだろうと予測していたのだろう。

そして、『上総が過去に事件を起こした理由』を、島崎により初めて知らされた。
上総が『事件』を起こしたのは、沙織が入社して間もない頃だった。
その頃の沙織は、上総との面識はまだ無かったため、
上総がどんな理由でそんな事件を起こしたのかは知らなかったのだ。
久我恭一郎が、妻を殺した犯人だと信じ込んでいたがために、
久我の大切な者…娘の在素や、仙波継人の命を奪おうとした。
確かに、上総のやったことは、決して許されることではなく、正しいことでもない。
だがそれでも皆が上総を許したのは…
全ては、上総が妻を想う『一途で純粋な心』が引き起こした事件だと、認めたためであろう。
島崎から全てを聞かされた後、沙織は彼にこう告げられた。

 ”彼を止められるとすれば、おそらく沙織さん、あなただけでしょうねぇ”

(でも…あたしは…そんな桐島さんの奥さんの『よく似た女』でしかない…
……あたしに……あの人を止める力なんてないかもしれないけど……)

あの人はあたしが守らなきゃ。
沙織に、何故かそういう気持ちがわき上がる。
だがそれは今に始まったことではなかった。
上総に出会い、自分が上総の妻にそっくりな人間であると彼自身から告げられ。
彼の心の弱い部分を目の当たりにしてから、ずっとそう思っていた。
ただの同情なのかもしれない。哀れみなのかもしれない。
ましてやこの気持ちが恋かどうかなんて、分からない。
けれども……どうしても、放ってなどおけない。
(……頼む……桐島さん、早まんないで!!)

だが、焦る沙織の気持ちとは裏腹に、
タクシーは非情にも週末の渋滞に巻き込まれ、一向に先には進まなかった。
「~~~~ああっっ!もういいっっ!!!運ちゃん、サンキュ!ツリはいらないから!!」
沙織はタクシーの運転手に紙幣を渡すと、タクシーから飛び降り、歩道を走りだした。

再び、喫茶店『some』。

トランクのふたを開けた上総。
その中には…
ぐっすりと眠りこけた『久我在素』がいた。
「アリス…やっと私たちの手に戻ってきたのね…フフフ…」
茉莉亜はトランクから『アリス』を抱き上げる。

だが、抱き上げた瞬間、茉莉亜が叫ぶ。
「……なっ…何よこれ!」
『アリス』は、ただの精巧に造られたマネキンであったのだ。
「久我在素…アリス草薙を返還しろ、っていうのが約束だったのよ?
アリスは元々私たちの『所有物』、返してもらって当然なのに…
あなた、自分の罪が公になってもいいって言うの?」

「…一人の人間を『物』扱いする人達に、
久我博士の大事なご息女を渡すわけにはいきませんよ」

「ふん!その大事なご息女を、前に殺そうとしたヤツが良く言うな!
まあいい、久我恭一郎の新発明も入手したし、
後はお前のやったことをマスコミにでもタレ込めば
ねぎ秘密結社の評判だってガタ落ちだ!ハッハッハッハ!!」

「……ハッ…ハハハッ…」
勝ち誇ったように言い切る京介に、上総は失笑する。
「…何がおかしい?」
「『それ』が、本当に久我博士の新発明だとでも思ってるんですか?」
「!?」
上総は、嗤いながら京介の持つ試験管と同じものを取り出す。
「試験管を持っている手の平を見て下さい」
「何を言って……なっ!!何だこれは!!??」
試験管を持つ京介の手は、赤紫色に変色していた。
興奮していて気付かなかったが…気付いた瞬間、手の平に激痛を覚える。
「なっ……何をした…貴様……!!!」
「この薬は…気体だけでも皮膚に付着すると、肉体に壊死を起こさせるんです。
もしここに…これをばらまいたら…例え象一頭でも数分で腐敗するでしょうね」

そう言って、自らの手も赤紫色に染めながら、上総は淡々と言う。
「な……!それじゃあなただって死ぬじゃない!何考えてるのよ!?」
焦る茉莉亜。そして、上総の顔から笑みが消える。

「僕が犯した罪が…久我博士や、ねぎ秘密結社…
そして大切な人達の発展や幸せの枷になるくらいなら…僕は死を選びます。
……けれども…その時は貴方がたも道連れですよ」

そう言うと、上総は手から試験管をゆっくりと、離そうとした…その時。

「こんの大バカ者おぉぉっ!!!」

バコォォオッッ!!!!
突如、店内に乱入した沙織が、上総の下顎を思い切り殴りつけた。
同時に上総の眼鏡と、手に持っていた試験管が吹き飛ぶ。

パリン!

試験管は、重力に従い床に落ち、割れた。
気味の悪い色をした霧が、ゆっくりと、フワフワ立ちこめ始める。
「うわ!なんて事するんだこの女は!」
「誰だお前は!!」
「っていうか早く逃げろ!このままじゃ腐って死ぬぞ!!」

混乱する某ライバル会社の社員達。
だが、逃げ道など無かった。
店内の出入り口は、上総が前もって全て塞いでしまっている。
一人、また一人と倒れて行く某ライバル会社社員。

「さ…………蔵石さん?どうしてここに……」
突然現れた沙織に、今の事態をも忘れてキョトンとする上総。
そんな上総の胸ぐらを掴み、怒鳴る沙織
「島崎さんに全部聞いたんだよ!あんた、こいつらに脅迫されて…
で、一人で解決しようとして…一人で死ぬつもりで変な発明して…
ここに乗り込んだって……何バカなことやってんだよ!!」

「…………全て僕の罪が引き起こした事なんですから……
この位は当然なんです…もう二度と…貴女や…社員の皆さんにご迷惑を掛ける訳には」

「それが迷惑だって言ってんのよ馬鹿野郎っ!!!」
「!?」
「…誰が…あんたが命捨ててまで、こいつら倒して…会社が守られたって…
……誰が喜ぶって言うのよ…!?もっと他に方法があるはずでしょ?
なんで、そうやって何もかも一人で背負おうとするわけ!?
なんのための会社よ…なんのための仲間なのよ!!
確かに…あんたが過去にやった事は、立派な犯罪だし、普通なら許されることじゃない。
…けど…それでも、久我さんや在素ちゃんや…社員のみんながあんたを許したのは、
みんながあんたのことが好きだから…あんたのことを分かってくれてるからでしょ!?
それを…今ここで死んだら、あの時のみんなの気持ちを裏切ることになるんだよ!!」

いつの間にか、沙織の瞳は涙でいっぱいになっていた。
「頼むよ…お願いだよ……あんたを慕う仲間が……いることを、忘れないで……
……それに……あたしだって………」

沙織の言葉が、徐々に途切れ途切れになる。
室内に広まる細菌により、身体が下半身から赤紫色に変色し始めている。
研究中に少しずつ細菌に触れていた上総よりも、効き目が早いのだ。
「く、蔵石さん!!貴女だけでも逃げて………っ!」
一瞬めまいを起こす上総。彼にも菌が回り始める。
「…ダメだよ…あたしは……」
「!?」
「…死んだあんたの奥さんのためにも…あんたはあたしが…絶対守る…
……だから……逃げるんならあんたの方だ……」

「何を馬鹿な事を…!!」
「バカはどっちだよ……いいかい……
あたしが…証明してあげる……あんたに命掛けられるほど…
あんたを…大…切に想う人間がここにいることを……
だ…から………もう……自分から死ぬなんて…バカなことは……」

そう言い残し、閉じられた瞳から涙が一粒、流れる。
「く……蔵………………沙織さん、沙織さんっ!!」
呼んでも返事はない。
「……くっ……」
沙織を抱き起こし、店外へ出ようとするが、
すでに彼にそんな力は残されていなかった。
「…す…いません……すいません……っ……沙織さん………」
確かに自分は愚かだ。
自分のあまりの愚かさに、上総は大粒の涙を流し始める。

そしてそのまま…先に倒れた沙織に覆い被さるようにして、
上総も意識を失った。

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