[小説]微笑の暗殺者2(3)

小説/本文

「あっ、島崎さんっ!来て来て!!目を覚ましたわよ!!」

聞き覚えのある少女の声。
重たい瞼を、ゆっくりと開けると…
愛らしい少女が、自分の顔を覗き込んでいるのが見える。
在素である。
「大丈夫?ちゃんと起きてる?」
少女の後ろには、シャンゼリゼ島崎。
「はっはっは。おはようございます、桐島さん。
ちなみにあなたがこの病院に運ばれたのは3日ほど前になりますね~。
という訳で3日ぶりのおはようございますですね」

と、頼まれてもいない解説をし、いつものようにのんきに扇子をパタパタさせる島崎。
「……僕は……」
「全く…私が駆けつけなかったら、危なかったんだからね!もう!!」
どうやら、倒れた後に駆けつけた在素に助けられたようだ。
「! そういえば………さ………蔵石さんは……」
尋ねられた在素は、隣のベッドのカーテンを豪快に引く。
隣のベッドには、心地よさそうに寝息を立てている沙織がいた。
「まだ眠ってるわ」
横目で沙織の無事を確認すると、上総は安心して、ふっ と溜息をつく。
「お父さんはいないし、私一人で症状を解決できるかどうか心配だったけど…
まあ、大丈夫そうね。壊死も治ってきてるみたいだし」

「……えっ?」
そう言われ、上総は布団の中からゆっくりと両手を出す。
細菌の効果による壊死により赤紫色に染まっていた手が、
すっかりと元の健康な皮膚に治っている。
上総は再度、沙織の方に目を向ける。
上総よりも少々症状が重かったのか、沙織の方は少しだけ痕が残っている。
「まだ少し痕が残ってるけど…しばらく治療すればきれいに治るわ。」
(……さすがは……久我博士のお嬢様……敵わないな……)
かつて、自分が命を奪おうとした少女に救われるとは。
どう感謝の気持ちを表現してよいのかすら分からず、
「すいません……そして……ありがとうございます……」
そう言うのが精一杯だった。
「まあ…お礼なら私よりも………っと、まあいいわ。
それじゃ、私はちょっと行くところがあるから。安静にしてて頂戴ね、二人とも。」

「それでは、私も失礼させていただきます。はっはっはっはっは。」
上総が意識を取り戻したことに安心したのか、
突然二人とも病室を去った。

上総は細菌で痛めた体を無理矢理起こし、去って行く二人に
深々と頭を下げた。

二人の姿が見えなくなったのを確認すると、
上総はゆっくりと病室のドアを閉じる。
そして、在素がカーテンを開けたままにしていった、
沙織のベッドに足を向ける。
額や、頬、首筋などに残る壊死の傷跡が痛々しい。
だが痛みはないのか、心地よさそうに寝息を立てていた。
「本当に…申し訳ありませんでした……」

”…あんたを慕う仲間が……いることを、忘れないで…”

ふと、沙織が倒れる間際に言った言葉を思い出す。
今回も、上総のした事は、結局は皆に迷惑を掛けるだけで終わってしまった。
…だが、事が大事にならずに済んだのは、彼を慕う仲間がいたからである。
そして、ここにいる沙織だって、命を張ってまで彼を守ろうと、
敵のアジトへ単身乗り込んできたのである。
(何故…貴女は……僕の為にここまでしてくれるのですか…?)
以前、亡くした妻…奏子にそっくりな沙織を見るたびに、
どうしても妻を思い出してしまうため、なるべく顔を合わせないよう、
話さないよう、心がけてきた上総。
だがそれも長くは続かず…ついに耐えきれずに、
彼女に、亡くした自分の妻にそっくりな人物であるということを告白した。
(貴女は僕の妻じゃない。僕だって…もしかしたら貴女を
妻…奏子の代わりにしか見ていないかも知れないのに…なのに…何故…)

「それはあんたのことを放っておけないからでしょ」

!?
「沙織さんっ!?」
上総は、目の前に沙織がいるのに、背後から沙織の声がしたことに驚く。
勢い良く後ろを振り向くと…
「『沙織さん』だなんて…いいことだね、あたしのこと忘れてきてるじゃん」
そこには…沙織と同じ顔と声…だが沙織とは全く別の女性がいた。
「か……奏子……?」
「そ。元気そうでなによりだね。全く…見た目大人しそうなのに
たまにとんでもないことしでかすのは相変わらずじゃん、上総」

「ご、ごめん!べ、別に君の事を忘れたわけじゃ…!!」
「いいんだよ、それで!いつまでも死人の思い出にしがみついてちゃ
ダメだって言いたくて来たんだからさ!
あたしの声をそこの『沙織さん』と間違えた、ってことはさ、
あんたの心にはもう沙織さんが住みついてるって証拠じゃん!」

「でも僕は君の事だって…」
「あーのねえ、死んだ人間のこと、いつまでも好きでいたってしょうがないでしょ!?
そりゃ、完璧に忘れられたらさびしーけどさ、あたしを亡くしたせいでずっと苦しんでる
あんたを見るあたしの方こそ、結構キツい思いしてんだよ?」

「…奏子…」
「沙織さんだって、こうやって体張ってあんたを助けてくれたんじゃない。
同情心だけじゃ、ここまでは出来ないよ?
まあ本人はまだ同情だと思ってるかもわからないけど。」

突然現れた妻の言葉に、上総は言葉も出なかった。
本当に?…本当に自分の心は沙織へと向いているのか。
そんな上総の心境を悟ったのか、奏子はそっと、上総の頭を撫でる。
「大丈夫、あんたのその気持ちは本物だから。
…確かに、きっかけは『あたしに似た女』だったからかもしれないけど、
今はそれだけじゃないだろ?彼女のいいところはさ。」

そう言って微笑むと、奏子は突然、消えた。
「か、奏子!?」

「早いトコ、沙織さんと幸せになりなよ。
それがあたしへの供養だと思ってさ。」

!!

「……あ、あれ……?」

一瞬、ボーッとしていた上総は、
何かを確かめるかのように、左右に首を振り、病室を一望する。
目の前には、ベッドに横たわる、沙織。
(……変な気分だな……一瞬だけボーッとしてただけなのに…
何か、とても懐かしいような、せつないような…夢を見ていた気分だ…)

だが不思議と、混乱していた自分の気持ちが、妙に落ち着いている。
上総は、奏子が自分の意識に問いかけてきたことを忘れ去っていた。

「……沙織さん……」

沙織は、変わらずに眠り続けている。
”あんたを…大切に想う人間がここにいる”
それを、体を張って証明してくれた、沙織。
上総は、気持ちよさそうに眠る彼女の髪に、そっと触れる。
艶やかで細く、柔らかい沙織の髪。
それに触れただけで、上総の心は締め付けられるほど、せつない想いに駆られた。
”あんたはあたしが、絶対守る”
その言葉通り、沙織は上総を守り、救ってくれた。
「今度は…今度は…、僕が、貴女を守りますから…」

うわごとのようにそう呟くと…
心地よさそうに寝息を立てる唇に、そっと顔を近づけた。

「………何しようとしてんのよ?」

!?
「ぅうわっ!!」
突然目を覚ました沙織に、上総は驚いて5mほど後ずさりする。
「うわ、じゃないよあんたは!あたしが寝てるのをいいことに、
なーに真っ昼間から夜這いまがいのことしてんだよっ!!」

沙織はいったいいつから目を覚ましていたのか。
それがすごく気になったが、そんなことを聞く余裕などなかった。
「い…いや……あの……そのっ…ぼ、僕は…(汗)」
「あーあーショックだなー、真面目ないい男で通ってる桐島さんがさー、
こーんなやーらしい男だったなんてさー」

魔が差した。
…理由はまさにそれだけだったのだが…
自分を軽蔑のまなざしで見る沙織に、
どうすればよいのか分からずに、ただひたすら頭を下げる上総。
「この沙織さんに無断で手を出そうなんて…
(許可を取ればいいのか?・笑)
まーいいよ。あたしも鬼じゃないからね。ビンタ一発で許してやろう。
さあさあ、壁に貼り付いてないでこっちに来る!」

おずおずと沙織の手の届くところまで歩み寄る、上総。
「よし、素直でよろしい。さーいくよ?……せーのぉ……」
「!!」

目を閉じた上総に襲ったのは、ビンタではなく、沙織の抱擁だった。
「………!?」
「…無事で良かったよ。安心した。
あたしは死ぬ覚悟だったけど…やっぱみんな無事なのが一番だよね!」

そう言って、沙織は上総の背中をポンポンと叩く。
「本当に…すいませんでした…
さ……………蔵石さん……」

「…前から思ってたけど…いちいち言い換えなくってもいいっつーの。沙織でいいよ」

沙織に抱きしめられ、沙織の体温を感じながら、
お互い無事に生き延びたこと、そしてそれが、仲間の協力で出来たことに、
上総は、

『僕は一人じゃない』

その時初めて、実感した。

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